それがこの呪い騒動の犯人です

 青年の証言から呪いの真相に気付いた彗梨は、一人で麗子の下に戻って列に並び、占いの順番を待っていた。無論、目的は占いではない。


「彗梨……大丈夫か?」


 別れる直前、尾鷲が見せた心配そうな顔を思い出す。


「大丈夫です」

「でも」

「尾鷲さんは過保護すぎます。別に危険なことをするつもりはないので、一人で行かせてください。二人で並ぶと同じ人が来たと思われて警戒されてしまうかもしれませんから」


 少し苦しいかもしれないと思いながらも、彗梨はそのような口実で尾鷲から離れた。

 本当の理由は別にある。

 尾鷲がその場にいてはできない話をするためだ。


(……すみません、尾鷲さん)


 あの心配そうな顔を思い出すと、罪悪感が胸を刺す。

 だが、どうしても気になるのだ。こうなってしまえば彗梨は止まれない。


 ――貴方にこそ占いが必要だと思うけど。

 

 あの言葉の真意を、あの尾鷲の表情の意味を、彗梨は確かめなければならない。

 深い意味などなかったのかもしれないけれど、もしもそうでなかったら……


 答えの出ない問いに頭を悩ませていると、いつの間にか彗梨の番が迫っている。

 彗梨には時折このようなことがあった。つまらないことをいつまでも考え続けて、時間が溶けたようになくなってしまう。ただ、一人で行列に並んでいた今はむしろ都合がよかった。


 そして彗梨の番が来た。


「あら、早速来たわね」


 彗梨の顔を見るなり、麗子が言った。

 あの一瞬で顔を覚えているなんて、流石としか言いようがない。


「どうしても訊きたいことがあったので」


 彗梨はそう答えてパイプ椅子に座った。

 黒地の布で覆われた横長のテーブルを隔てた向こうに座る麗子は、彗梨と目を合わせると微笑を浮かべた。


「そう。では今度こそちゃんと占いましょうか。あなたの悩みを」

「いいえ、それはいいんです」

「え?」

「昨日尾鷲さん……私と一緒にいた男性に言っていましたよね。『貴方にこそ占いが必要だと思う』と。覚えていますか?」

「ええ、もちろん」

「あの言葉の意味を、教えていただけませんか」


 麗子の顔から微笑が消えた。


「尾鷲さんは……正直、私の目には、占いを必要としているようには見えません。馬鹿なことを言うときも、真面目な顔をするときも、いつもまっすぐで……私のように悩んだりする人には見えません。そんな人に、占いが必要というのがわかりません。もしも必要だというのなら、それは……」


 続きを言うのを、少し、躊躇した。

 麗子はそんな彗梨をせかすことなく、優しく落ち着いた声音で訊いてくる。


「それは?」

「……それは、私が尾鷲さんのことをまるで理解していないということでしょうか?」


 改めて声に出すと、それはとても恐ろしいことのように感じた。

 おかしなことを言っている自覚はある。自分すらも自分がわからなくなるのが人間なのに、他人を理解しようだなんて傲慢だ。

 それでも、わからないのは恐ろしい。

 知りたいと思ってしまう。それはきっと、防衛本能にも似た感覚だった。


「……さて、どう答えたものかしらね」


 言葉とは裏腹に、麗子は困っている風ではなく落ち着いていた。


「前提として、私があの言葉の真意をあなたに伝えることはないわ。あれは彼に向けた言葉だから。それはわかる?」

「……それでも、知りたいんです」

「……あなた」

「呪いの正体を教えます」

「え……?」


 虚を突かれたように固まる麗子。彗梨は間髪入れずに言う。


「麗子さんにまつわる呪いの噂。あれが根も葉もない噂ではなく、悪意によって仕組まれた造り物の呪いであることを暴きます。それと交換条件にはできませんか」


 これまで動揺を見せなかった麗子の両目が、ゆっくりと見開かれた。


「呪いが……仕組まれた?」

「あなたの記事を見直しました。呪いの噂が出始める前の、マイナーなウェブメディアの占い師特集から。……あなたの占いは、よく当たるという評判を受けたことは一度もなかった。むしろ記事の中ではほとんど当たらないとか、気休めなんて言い方をされていることもありました」


 ですが、と彗梨は続ける。


「あなたの人気は伸び続けている。呪いの噂が出回るずっと前から、今に至るまで」


 それを考えたとき、彗梨が気になったのは動機だった。


「正統派の占い師として人気が伸びているのなら、呪いの占い師などという不名誉な肩書はむしろマイナスイメージにつながります。それをあなたが望んだとは思えません。単純に非合理ですから。では、噂が広まって得をしたのは誰でしょうか」

「……同業者とか?」

「かもしれません。でも、営業妨害のために人を殺すというのは、いささかやりすぎに思います。ですから逆に考えてみたんです」

「逆?」

「殺すことそのもの……あるいは呪いの噂を流布することそれ自体が、犯人の目的だった」

「噂を流布すること自体が、目的……?」


 怪訝そうに眉を顰めた麗子は、次の瞬間彗梨の言わんとすることを察した顔をした。


「待って、それじゃあ犯人は」

「はい」


 彗梨はしっかりと頷いて、真相を告げる。


「麗子さんを呪いの占い師だと報じて注目を集めているウェブ記事のライター。それがこの呪い騒動の犯人です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る