過激なタイトルですね


 彗梨は尾鷲と二人でベンチに座り、クレープを食べていた。

 占い待ちの行列は今なお健在だが、もう一度並ぶ気にはならない。


「思いのほかうまく探れなかったなー。占い師だけあって話術が巧っつーかさ。露骨に呪いの話はしたくないって感じだったよな」

 尾鷲の声音は妙に軽かった。「気にすんな」と言われている気がした。

 彗梨も同じ調子で返そうとしたが、どこかぎこちなくなってしまう。

「……そうですね。会話の主導権を握られっぱなしだったのが敗因かと」

 嘘だ。

 理由はそれではない。ただ単に、彗梨が別ことに気を取られていただけだ。


 ――本当は、貴方にこそ占いが必要だと思うけど。


 あの言葉の真意は何だろうか。何故、尾鷲にあんなことを言ったのだろうか。特に深い意味がないならいいが、それにしてはあの時の尾鷲の表情が気にかかる。


「これ食べたら帰るか。麗子さんも呪いで人を殺すようには見えなかったし」

「……」


 はい、と言えなかった。

 一度気になってしまったら、彗梨はそれを見て見ぬふりすることができない。

 何故尾鷲はあんなことを言われたのか。

 それを確かめなくてはならない。そのためには……


「彼女の異能が知りたいです」

「え?」

「どのような異能を用いて人を占っているのか。それがわかれば、呪いの正体がはっきりします」


 嘘をついた。呪いなんてどうでもいい。

 だが彼女の言葉の真意を知るには、結局のところそれが一番早い。


「あの人は自分を異能者だと言っていました。でもどのような異能かは言いませんでした。もしかしたら、知られると都合の悪い事情があるのかもしれません。それ次第では呪いというのもありえない話ではないでしょう」


 確かめるのだ。

 そうしなければ彗梨は気が済まない。


「……でも確かめるって、どうやって」

「実際に占ってもらった人の話を聞くんです。尾鷲さん、確か呪いのことはインターネットで話題になっていると言っていましたよね」

「ああ、そういうことか」


 彗梨の言っていることを察した尾鷲が、スマホを取り出す。


「ほら見てくれ、これ」


 画面に表示されているのはウェブメディアの連載記事だった。サイトは大手のニュースメディアではなく個人ブログのような作りで、いくつもの広告が貼られている。

 並んでいる記事の見出しには、例えば次のようなものがあった。


・【殺人】呪いで人を殺せる!? 噂の占い師を徹底調査

・【情報求む】殺人占い師の噂は本当なのか?

・【検証】殺人占い師の呪いについて調べてみた


「……随分と過激なタイトルですね」

「過激な方が目に付くから仕方ないんだろうな。記事なんて見てもらえなきゃどうにもならんし。広告収益だってついてるだろ」


 記事を開いてみる。視界に飛び込んできたのは、殺人を非難する執筆者の主張をひしひしと感じる文面だ。

「正義感……というのでしょうか、こういうのも」

 悪人を糾弾することに酔っているようで、彗梨は少し引いてしまう。だがこれは物事の善悪にさほど関心がない自分がおかしいのかもしれないとも思う。世の中の人はもっと正義を愛し悪を憎む人が大半なのかもしれない。実際、コメント欄には執筆者に賛同するような過激な書き込みがいくつか見受けられた。 


「まあ、この手の記事はちょっと思想の偏った人が集まりがちではあるよな。でも、内容は結構しっかりまとまってるんだよ」


 その点は尾鷲の言う通りだった。

 主に実際に呪いを依頼した人物の証言に基づく事実が簡潔にまとめられている。証言者は一人ではなく、証言の内容も多彩だ。

 例えば、舞台役者が同業者に嫉妬して依頼をしたら数日後にその同業者が自殺したという事例。パワハラ気質な上司に耐えられずストレスを吐き出すつもりで呪いを依頼したら、その上司が通り魔にあって死んでしまったという証言。恋人にイライラして呪いを依頼したら、一週間後に恋人が崖から落ちて死んでしまい後悔することになった男の話……ほかにも様々な人たちによる呪いの体験談が綴られている。


「……これ、全部本当ならとんでもないことですね」

「ああ。そして事実そのうちの何件かは本当っぽい裏付けが取れてる」

「というと?」

「例えば……」


 と、尾鷲が彗梨が持ったスマホを横から操作し、別の画面を表示する。


「これ。呪いの被害者の一件目、舞台役者の自殺。実際に死んだ役者がいるのは劇団から公式発表されてるんだよ。呪いがどうとかって話は、さすがに公式には出てないけどな」

「……それなら、呪いのせいとは限らないのでは。呪いでもなんでもないのに、この記事の執筆者が勝手に呪い扱いしているだけという可能性もあります」

「一件だけならそうだけど、こっちはどうだ」


 と、今度はSNSのページを開く尾鷲。それはどうやら、呪いで恋人を死なせてしまったという男のアカウントであるようだった。絶望感をひしひしと感じさせる投稿の数々は、見ているだけで気が滅入ってくる。


「この人だけじゃない。ほかにも記事になってる内容について語ってる当事者らしき人が結構いるんだ」

「だから妄想だけで書かれたデタラメな記事ではない……というわけですね」

「ああ。それにその記事、読者からの情報提供も募集してるだろ。呪いを依頼したという読者からの情報提供をもとに、実際に呪いが現実になるか検証なんてことまでしてるんだ」

「その結果、呪われた人は本当に死んでしまっているのがわかったというわけですね」

「そういうことだ。本当なら大事件……なんだが」


 尾鷲はそこで言葉を区切り、小さく吐息した。


「どうも麗子さん、呪いの占い師って感じじゃなかったよなぁ。実際に異能で呪いを現実にしているなら、とっくに警察が動いてるとも思うし」


 麗子の人柄はともかく、警察の件は彗梨も気になっていた。

 一連の死は呪いではないかもしれない。

 だが彗梨としては、呪いの真実などより麗子の異能が知りたいのだ。

 だからこそ警察の動きは気にかかる。麗子の異能が呪いに関するものであるなら、とっくに逮捕されていてもおかしくない。そこには麗子の異能を探るヒントがある。


「おそらく彼女の異能は、少なくとも表面的には、呪いと直接結びつかない何かなのでしょう。しかし、呪いが異能によるものでないとは限りません」

「……どういうことだ?」

「異能者を名乗って活動している以上、彼女はその異能を届出しているはずです。警察が調べれば異能で人を呪い殺していることは簡単にわかる……それは尾鷲さんも思っている通りです。でもそれは、異能で殺しを行っていないという意味ではないんです」

「……なるほど。自分がやったという証拠が残らない何らかのトリックのために、異能を利用している可能性はあるってことか」

「そういうことです」


 もっとも、それはまだ想像の域を出ないひとつの可能性でしかない。


「ひとまず今日は出直しましょう。でも近いうちにもう一度彼女に会って、今度こそその異能を探ってみます」

 彗梨が言うと、尾鷲は何故か微笑を浮かべた。

「……なんで笑ってるんですか?」

「いや、別に。彗梨が興味を持ってくれたみたいでよかったと思ってさ」

「……そんなに私が引きこもりがちなのが気になりますか」

「ん? いや、違う違う」


 尾鷲はおかしそうに笑って彗梨を見た。


「やる気出してるときの彗梨、かっこよくて好きなんだよ」

「……そうですか」


 彗梨は動揺を悟られないようさらりと返した。心臓はバクバク鳴っていた。

 ……まったく、どうしてそんな台詞が簡単に言えるのか。

 麗子に占われた通りだ。彗梨はどうすればいいかわからなくて戸惑うしかない。焦ってはいけないと言われたが、結局答えは教えてくれなかった。いやそもそも、あの言葉を信じていいかどうかも不明なのだが。

 

 何はともあれ、まずは麗子の異能を解き明かすことだ。

 そう自分に言い聞かせる彗梨だが、それが決意を固めているのか、それとも動揺から意識を逸らしているだけなのかはわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る