貴方にこそ占いが必要だと思うけど
問題の占い師は駅前の広場にいるらしい。
尾鷲に連れられて駅前までやってきた彗梨を待ち構えたのは長蛇の列だった。
「……な、なんですかこの人たち」
ざっと数えて数十人。最後尾から列の先頭が見えないほどの大行列。
並んでいるのはほとんどが若い女性で、明らかに浮足立った雰囲気である。
「まさかこれ、全員件の占い師がお目当てなんて言いませんよね……?」
「……たぶんそうなんじゃねえかな」
想像を絶する光景に彗梨は息を呑む。尾鷲も同じような反応をしていた。
有名人のサイン会でもやっているんじゃないかと疑いながら列に並んでみると、目の前に並んでいた女子高生グループの会話が耳に入ってくる。
「めちゃ混んでんね、麗子さん人気すぎ」
「でもほんと当たるらしいよ。ヒナも麗子さんの占いで宮島くんと付き合えたって」
「え、まじ? やば。ガチじゃん」
「ねえどうしよ緊張してきた」
「ぼろクソ言われたらどうする?」
「無理。死ぬわ」
「早まんな」
「でも麗子さんって呪いで人殺せるらしいじゃん?」
「お前それ心中ってこと? やばすぎ」
……どうやら占い師を目当てに並んでいるのは確かなようである。呪いの噂もそれなりに広まっているようだが、会話の内容からは純粋に占ってほしいだけの人が多い印象を受けた。呪いが目当てならこのような明るい雰囲気にはならないだろう。
「とにかく順番を待つしかありませんね。……しばらくかかりそうですが」
彗梨がげんなり気味に言うと、尾鷲が心配そうな視線を送ってきた。
「大丈夫か。必要なら買ってくるぞ、椅子」
「人をなんだと思ってるんですか?」
「虚弱体質」
「……否定はしませんけど」
なんだかちょっと面白くない。
あまり侮られるのも気に障るのだ。それが事実だとしても。
彗梨が複雑な内心でいると、今度は優しい声で尾鷲が言う。
「とにかく、辛かったら言えよ。無理してまで立ってる必要はねえからさ」
「わかってます。……ありがとうございます」
まあ、悪気はないのだろう。ただ心配してくれているのだ。
彗梨がそう思い感謝を口にすると、
「本当に辛かったら言えよ。俺はいつでも彗梨をおんぶできる心構えでいるからな」
「その心構えは早急に捨ててください」
「なるべく密着する感じで背負われてくれ」
「絶対に意地でも耐えてみせます」
……まったく。ちょっと感謝したらこれである。
呆れる彗梨だが、どういうわけか嫌な感じはしなかった。
いや、もちろんおんぶをされたいわけではないのだが。……そのはずなのだが。
なんとなく考え込んでしまっていると、不意に尾鷲が声を発した。
「そういや、人気スポットに行くカップルほど別れやすいって俗説知ってるか?」
「いえ。どういう理屈なんですか、それ」
「俺もあんま覚えてねえ。確か人気スポットほど待ち時間が多くなりやすいから、退屈で不満が溜まりやすいとかってやつ」
彗梨は怪訝な思いで首を傾げた。
「そもそも待ち時間を退屈に感じる人と付き合うのが……なんというか、ちょっとよくわかりませんね。私ならそもそも一緒に外出なんてしないと思います」
「だよなぁ……俺も彗梨の顔を見てればいくら待っても退屈しねえし」
「それはちょっとおかしいと思いますけどね」
何気なくそんな会話をしていて、ふと思う。
もしかして今、すごく恥ずかしい話をしているのでは……?
特に何かを意識して話していたわけではないが、これでは今尾鷲といるのは退屈に感じないからだと言っているみたいではないか。そんなつもりで言ったわけではないのだが、わざわざ訂正するのも変だ。実際退屈とは思っていないのに嘘を吐くことになってしまう。でもこのまま変に納得されても困る。
「お、尾鷲さん、今のは別に深い意味はなく……」
と、彗梨が弁明を口にしようとしたときである。
「ふざけてんじゃねえぞ! この人殺しが!」
思わず身を委縮してしまうほどの大声が響いた。それまで騒がしかった行列に、刹那の静寂が降りるほどの怒声だった。
「な、なんだ今の……」
「前の方から聞こえましたよね……?」
尾鷲と顔を見合わせる彗梨。周囲のほかの人たちも同様だった。
だが列が長すぎて怒声の主の姿は見えず、その正体は謎のまま列は進んでいった。
そしてとうとう彗梨の番が来た。
占い師は思いのほか落ち着いた雰囲気の女性だった。細い長身に黒のドレスが似合っていて、どこか妖艶な雰囲気を醸し出している。もっと胡散臭い恰好をしているかと思ったが、印象としてはセレブな大人の女性といった感じだ。
名は麗子。本名なのか占い師としての芸名なのかは不明だが、印象にピッタリの名だと思った。
「あら、かわいらしい子。それに素敵なお兄さん」
「素敵な……?」
彗梨は首をかしげるが、尾鷲はまんざらでもなさそうな顔をしていた。
「……何デレデレしてるんですか尾鷲さん」
「し、してねえよデレデレなんか。俺は彗梨一筋だ」
「ふふ。……本当にかわいらしい。いいわねぇ、若いって」
口元に指をあてて微笑する麗子。その所作のひとつでも上品な感じがした。
「あの、よく当たると聞いてきたんですけど」
「ええ。何しろ私は異能者ですから」
麗子ははっきりとそう言い切った。
実のところ、この手の商売人は異能者の存在が表沙汰になってから急激に数を増している。それまでは根拠のないオカルトとされていた占いだが、今の時代は必ずしもそうではないというわけだ。
「とはいえ、私の見る未来はあくまでも可能性。実現されるか回避するかは、あなたの行動次第です。その上で……さて、今日は何を占いましょうか?」
本音を言えば、占いが気にならないわけではない彗梨である。
だが今日の目的はそれではない。
「すみません。占いの前に、ひとつ訊きたいことがあります」
「何かしら」
「呪いで人を殺せるというのは、本当ですか?」
失礼なことを訊いている自覚はあった。
だが麗子は目元を僅かに細めて、どこか切なげな表情で問い返してきた。
「あなたも誰かを殺したいの?」
「……いいえ。ですが」
「なら別のことを占いましょう。……そこの貴方、少し後ろを向いていなさい」
と、麗子は尾鷲に視線を向けた。
「え、なんで俺が」
「乙女の秘密は覗くものではないわ。あとで貴方も占ってあげるから」
「……まあ、別にいいけど」
尾鷲が背中を向ける。
すると麗子は、彗梨の耳元で囁いた。
「あなた、恋に悩んでいるわね」
「……っ」
「どうすればいいかわからなくて戸惑ってる。そうでしょう?」
「……」
一瞬動揺してしまった彗梨だが、落ち着け、と自分に言い聞かせる。
彗梨くらいの歳ならば恋愛に関心があるのは普通だ。こんなものは異能がなくとも言い当てられる。それにこの占い師の異能が呪いに関するものならば、その力で心を見通せるとは思えない。
「焦っちゃ駄目よ。恋愛はゆっくりと時間をかけて育むものだから。すぐに答えは出さなくていい。特に、あなたたちの場合はね」
「……」
「気になるようなら、隣の彼がいないときにまたいらっしゃい。今日はただの相談ってことで、無料にしてあげるから」
それだけ言うと、麗子は彗梨の耳元から顔を離した。
「お兄さん、もういいわよ」
「お、おう。……随分早かったですね」
「そういう場合もあるのよ。安心して、次はお兄さんも占ってあげるわ」
「あっ、いえ、俺はいいです。付き添いなので」
「えっ」
彗梨は思わず驚きの声を漏らした。
今日は尾鷲が彗梨を強引に連れてきたのだ。付き添いはむしろ彗梨の方である。それなのに何を言い出しているのか。
「ずるいですよ尾鷲さん」
「いや、俺は本当に占いなんて」
「あら、つれないわね。……私は、貴方にこそ占いが必要だと思うけど」
「まさか。俺に悩みなんてありませんよ。俺てきとーですから」
本当にお気楽そうに尾鷲は言った。
だが、気のせいだろうか。
今一瞬、尾鷲が虚を突かれたような顔をしたように見えたのだが……
「自分の本心には気づきにくいものよ。まああなたにその気がないのなら、強制はしませんけどね」
どうしてだろうか。
何故か彗梨は、足元が崩れるような不安に陥った。
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