呪いと占いの謎について

呪いの占い師……ですか?


「呪いの占い師……ですか?」


 清掃係の尾鷲のいかにもな話に、彗梨は思わず問い返した。

 尾鷲は「ああ」と頷いて、


「誰かを呪うようお願いすると、そいつは本当に呪われて死んじまうらしい」

「……それは、また」


 彗梨はなんとも嫌な気持ちになり、視線を落とした。

 ここは彗梨の親が管理するマンションの一室だ。彗梨はこの部屋で一人暮らしをしており、片付けの苦手な彗梨に代わって掃除に来てくれているのが尾鷲である。いつも感謝はしているし、尾鷲が来てくれることを嫌だと思ったことは一度もない。

 ただ、話題のチョイスがなんというか……少しアレだ。


「その手の界隈じゃ今結構話題みたいでさ。流石に眉唾だとか親切にしてもらったって声も多いんだが……」


 彗梨がげんなりしているのにも気づかず、尾鷲は噂を語り続ける。

 ちなみに今日の尾鷲は頭にバンダナをつけて掃除に励んでいるのだが、これは本人曰く「その方が気合が入るから」ということらしい。いつも通りの銀髪とピアスにバンダナをつけた姿は、なんとなくシュールな雰囲気を醸し出している。


「……ほら、呪いってさ、今じゃ必ずしも眉唾とは限らないだろ?」

「……ええ、そうですね」


 現代において、超常現象の存在は公に認められている。

 個人の抱えるコンプレックス……複雑で強い心のはたらきが物理法則では説明できない超常現象を引き起こす。そうした力を有する人々は異能者と呼ばれている。


「仮にその占い師が異能者で、故意に呪いを使用していた場合……そこには因果関係が認められるかもしれません」

「つまり殺人……ってことだよな」


 彗梨は「はい」と頷く。

 まったく物騒なことだ。話していてあまり楽しいものでもない。


「ではまた進展があったら教えてください」

 彗梨がそう言って話題を変えようとすると、尾鷲は彗梨の方に体を向けた。

「何言ってんだ。今から調査に行くぞ、一緒に」

「え」


 思わぬ話の展開に固まる彗梨に、尾鷲はどこか熱のある口調で言う。


「この間の一件で確信した。彗梨はもう少し外に出た方がいい。体力不足だ」

「……それはまあ、はい」

「よって今から俺とデートに行く必要がある。健康のために……!」

「確かに健康を考えると……ん?」

「せっかくだからなるべくかわいい服装でいこう。……やっべすげえ楽しみになってきた」

「ちょっと待ってください尾鷲さん」


 思わずストップをかける彗梨である。


「ん、どうかしたか?」

「どうもこうも途中から本音が駄々洩れすぎます。デートってなんですか」

「恋人同士が一緒に出掛けることだな。俺と彗梨みたいに」

「定義を訊いたわけではないです。というか私と尾鷲さんは恋人ではないです」

「あ、そうか。恋人じゃなくてもデートはするよな」

「確かにそうですけどそこは論点ではなくてですね」


 と、そこで尾鷲は急に真面目な口調で言う。


「もし本当に呪いで人が死んでいるなら殺人だ。放っておけないだろ」

「……」


 なんという突然の正論。彗梨は思わず押し黙った。

 特に反論の言葉は思い浮かばず、やがて小さく息を吐いた。


 ……まったく。

 チンピラみたいな外見のくせに意外と正義感が強いのだ、この男は。


「仕方がありませんね」

 正直あまり気乗りはしないが……何故だろうか、嫌だとは思わない彗梨がいた。

 いや正直に言えば、理由はなんとなくわかっていた。ただ認めるのは少し癪だから、わかっていないことにしておこう。そんな思いだった。


「よっしゃ、決まり! 実はうまいクレープ屋を見つけたんだが」

「呪いの話はどこ行ったんですか」


 そうして彗梨は出かけるための支度を始める。

 ふと自分の気持ちが弾んでいることに気が付くと、少し顔が熱くなった。

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