そういうこと言うのやめた方がいいぞ
彗梨の背後でガタッと物音がした。
振り向くと、眼前には崩れ落ちる無数のDVDのパッケージが迫っていた。
状況はすぐに飲み込めた。
異能で存在感を消して室内の調査をしていた美咲が、平積みされていたDVDを崩してしまったのだ。
咄嗟に両手で顔面を庇う。
そのとき、
「あぶねえ!」
岸根が素早く身を乗り出し、彗梨を庇うように腕を伸ばした。DVDのパッケージのいくつかは岸根の腕に当たったが、怪我人は出なかった。
「あ、ありがとうございます……」
そう口にする彗梨は、緊張に冷や汗をかいていた。
……今ので美咲がいるのがばれたかもしれない。
心臓の鼓動が止まる思いで、岸根の反応を伺う。
「悪いな、落ちるような置き方したつもりはなかったんだが……地震でもあったか?」
岸根は不思議そうに言いながら崩れたDVDを元に戻した。
彗梨はほっと胸をなでおろす。
どうやら美咲には気づいていないらしい。一安心だ。
「岸根さん、案外優しいんですね」
そう言葉にする彗梨の脳裏には、どうしてだか尾鷲の顔が浮かんでいた。粗暴な言葉遣いの割に優しいところがあるというギャップからの連想ゲームだろうか。
……これはあまり考えない方がいいかもしれない。
彗梨が脳裏に浮かぶ面影を振り払おうとすると同時、岸根が奇妙なことを言った。
「……あんたの容姿でそういうこと言うの、やめた方がいいぞ」
「え?」
きょとんとする彗梨に、岸根はわざとらしくため息を吐いた。
「勘違いの元になる。……いるんだよ、そういう態度振り撒いておいて『勘違いされたー』とか言い出すクソ女。俺が二番目に嫌いなタイプだ」
「……えと、すみません」
どうやら何か間違えたらしい。
いや、何がよくなかったのかはなんとなく察せられた。しかし人付き合いの希薄な人生を送ってきた彗梨には、少し難しい話だった。
それにしても、二番目とは。
「あの、一番目に嫌いなのは?」
「……あんたに教える理由はねえな」
そう言って岸根が不機嫌そうに顔を逸らしたとき、インターホンが鳴った。
尾鷲だろうか。
そう思ったが、岸根が玄関を開けると聞こえてきたのは若い女の声だった。玄関に続く通路へのドアを閉められたおかげでその姿は見えないが、二人の会話はしっかりと聞こえた。
「ハヤト。買い物連れてってよ」
「来る時は連絡しろっつったろ。今立て込んでんだ」
「えー。じゃあ車だけ貸してよ。友達と行ってくるから」
「ちっ……ぶつけんなよ」
「はいはい、わかってるって。それとさ」
「後にしろ。立て込んでるって言ったろ」
「誰か来てるの?」
「誰も来てねえ。……大学の課題だよ」
「うっわ。まじめすぎ」
「うるせえよ。早く買い物行け」
「はいはーい」
と、そんな調子で岸根は女を追い返してからリビングに戻ってきた。
そして彗梨の緯線に気付くと、どこか気まずそうに目を逸らした。
「……悪いな。邪魔が入った」
「今の方は?」
「気にすんな。美月の件には関係ない。……あいつと美月に面識はなかった」
「でも、親しげでしたよね?」
岸根と美月は恋人だった。この部屋で一緒に暮らしていた。
そして今の女と岸根も、おそらくはそれなりに親しい間柄にある。
彗梨にはそれが無関係とは思えなかった。
「……そうだな。確かに俺とあいつが知り合ったのは美月が死ぬ少し前だ。そういう意味じゃ、疑わしいのはあいつだ。……もしくは俺か。だが少なくとも、あいつと美月が二人で顔を合わせる機会は一度もなかった。それでどうして殺せる?」
「……それは」
「顔も知らない。この部屋に侵入することもできない。不可能だ」
だから彼女は犯人ではない。
岸根のその言葉を彗梨は否定できなかった。
「悪いがあの二人が戻ってきたら帰ってくれ。俺も暇じゃないんでな」
二人。どうやらもう美咲のことを思い出している。
残念だが、この辺りが潮時のようだ。
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