犯人は異能者かもしれません


 尾鷲が戻るのを待ち、美咲も一緒に三人で岸根の部屋を後にした。

 既に日は暮れており、比較的快適な夜だ。微かに吹く風が首元を撫でた。


「どうでしたか、美咲さん」


 彗梨は岸根の部屋での調査の結果をそう尋ねた。

 美咲はじっと地面を見つめており、口を開くまで幾ばくかの時間を要した。


「……証拠らしいものは何も。ただ、これが寝室のクローゼットの中に落ちていました」


 美咲はポケットからハンカチを取り出し、中に包まれていた物を彗梨に見せた。


「これは……ヘアピン、ですよね。随分と派手な……」

「お姉ちゃんの趣味ではありません。だからもしかしたら、今の彼女さんの趣味なのかもしれないんですけど……クローゼットの中に落ちていたって、変だと思うんです。自分の部屋ならともかく、恋人の部屋のクローゼットの中なんて」

「……言われてみれば」


 ありえなくはないにしろ、状況が想像し難いのは確かかもしれない。

 だがそれが何を示しているのだろう?

 何かの証拠になるだろうか?

 美咲は何かを感じ取ってこのヘアピンを回収してきたようだが、彗梨には美月の死との関連性は見い出せなかった。もしも証拠になるなら回収せずそのままにしておくべきだったとも思う。これがなんらかの証拠になるのだとしても、持って帰ってきてしまった時点でその有用性は著しく損なわれてしまったのではないか。


「それと……」


 と、美咲が続けて言う。


「……同じく寝室の引き出しの中に、お姉ちゃんの写真がありました」

「写真、ですか?」


 付き合っていたならそれくらいはあってもおかしくない。

 これも何かの証拠になるとは思えず問い返す彗梨だが、美咲は次のように続けた。


「その写真、ビリビリに破られて引き出しの中に入ってたんです。……お姉ちゃん、幸せそうに笑ってて。それなのに」


 その声には悲痛な思いと怒りの感情が滲んでいた。

 死んだ姉の写真がビリビリに破られていた。美咲にしてみればそれは耐え難いほどに苦しく、許せないことに違いない。

 だが彗梨の頭に浮かんだのは悲しみでも怒りでもなく、疑問だった。


「何故、捨てなかったんでしょうか」

「え?」

「普通、そこまでしたなら捨てるのではないでしょうか。わざわざとっておくなんて、私には理解できません」


 もう見たくないというなら捨てればいい。憎んでいたのなら尚更捨てるだろう。

 だが岸根はそれを捨てることなく、引き出しの中にしまっていた。

 やっていることがチグハグだ。


「複雑な感情があったんじゃねえか。付き合ってたんだろ」

 尾鷲が言った。


「……付き合うって、そういうものですか?」

 彗梨には交際経験がない。尾鷲の言葉にはいまいち実感がわかなかった。


「まあ人によるとは思うが……愛情と憎しみが同時に成立するなんて珍しくもないだろうよ。俺の彗梨への気持ちは愛情一〇〇パーセントだが」

「いえ私たちは付き合ってませんけど……でも、そうなんですね」


 言われてみれば、物語の中で描かれる恋愛も甘い感情ばかりではない。

 少なくとも、もっ茶というワードにあれだけ露骨な反応を見せた岸根が、美月の死に対して何の関心も持っていないということはないだろう。その死に彼自身が関わっているにしろ、そうでないにしろ。


 岸根はどんな気持ちで写真を破り、引き出しに入れていたのか。

 その感情に思いを馳せたとき、彗梨の思考はある可能性にたどり着いた。

 

「犯人は異能者かもしれません」


「え?」

 唐突な彗梨の言葉に、尾鷲と美咲が同時に驚いた顔をした。


「誰もあの部屋には侵入できなかった。岸根さんにも犯行は不可能だった。でもそれは異能者の存在を考慮しなかった場合です」

「彗梨、それは無理があるんじゃないか。異能の届出は義務になってる。異能者が関わってるなら警察もわかるはずだ」

「届け出てない人もいます。未届の異能者の犯罪は昨今の社会問題のひとつになってるじゃないですか」


 異能者が犯人なら、なんでもありだ。

 不可能は不可能ではなくなる。


 その上で考えるべきは、どのような異能なら美月を自殺に見せかけて殺すことが可能なのか。そして、それをやったのは誰なのか。


 思わず立ち止まり思考に耽る彗梨。


 そのとき突然、背後からの衝撃があった。頭に固い何かがぶつかって、カランと地面に落ちたそれはジュースの空き缶だった。

 振り向くと、派手な恰好をした大学生くらいの若い女がそこにいて、ものすごい形相で彗梨を睨みつけていた。


「最低! 人の彼氏の家に上がりこんで! このクズ!」

「……はい?」

「あんたみたいなセリフ言う女、隼人は大っ嫌いなんだから! もう今後一切隼人に関わんないで!」


 それだけ捨て台詞のように言い残し、女は走り去っていった。


「お、おい彗梨、大丈夫か?」

「はい、たぶん。ありがとうございます尾鷲さん」

「たぶんって……」


 尾鷲の表情から、本気で心配してくれているのが伝わる。

 それが少し申し訳なくて、でも、それ以上に彗梨は高揚していた。


 何しろ、今の女の声には聞き覚えがあったのだ。

 さっき彗梨が岸根と話しているとき訪ねてきた訪問者の声である。


「くそ許せねえ……なんだったんだ、あいつ」

「いいじゃないですか。おかげでものすごい収穫がありましたよ」

「え?」


 頭の上に「?」を浮かべる尾鷲の様子を愉快に思いながら、彗梨は言う。


「犯人がわかりました」

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