何か間違っていますか?
「犯人はあなたですね、美咲さん」
その瞬間、そこにいる全員が息を呑む気配がした。
言葉を発した彗梨だけが動じることなく。ただ静かに美咲を見つめている。
「……何を言い出すんですか。どうしてわたしがお姉ちゃんを」
平静を装うような言い方。だが僅かな声音の震えがその動揺を伝える。
「美咲さん、あなたも岸根さんのストーカーをしていたのではありませんか?」
「そ、そんなことしてない。ストーカーはそいつでしょう……?」
美咲は伊野を指差すが、彗梨は意に介さず続ける。
「あなたも異能でストーカーをしていたからこそ、同じく異能で彼の部屋に侵入していた伊野さんに気が付いた。おおかた、寝室のクローゼットの中に潜んでいるのを見つけたというところでしょう」
異能で存在感を消していた美咲に、伊野は気づかなかったのだろう。だから美咲だけが一方的に伊野の存在を知ることになった。
「伊野さんが不法侵入の常習犯であると確信した美咲さんは、ある計画を企てました」
「計画って?」
訊いてきたのは尾鷲だ。
他の面々は、既にその内容を察したかのような面持ちで彗梨の言葉を待っている。
「岸根さんの恋人である美月さんを殺し、伊野さんを犯人に仕立て上げる計画です」
「な……! そんなことできんのかよ!?」
「ええ、それも極めて単純な方法で」
彗梨は尾鷲に向けて説明する。
「睡眠薬を仕込んだもっ茶で美月さんを眠らせ、伊野さんが侵入してくるのを待ってベランダから落とす。ただそれだけです。岸根さんが飲み会で帰りが遅くなる日を選べば岸根さんは容疑者から外れ、代わりに勝手に侵入してきた伊野さんが犯人になってくれる。気配を消す異能を有する美咲さんなら難しいことではありません」
「待てよ。もし伊野さんがその日に限って侵入してこなかったらどうすんだ」
「そのときは延期するだけですよ。美月さんもまさか自分が睡眠薬を飲まされたなんて気づかないでしょうから、痕跡が残ることはありません」
「な、なるほど……」
尾鷲が納得したように呟いた。
すると今度は美咲は言葉を発した。
「……私の異能は五分程度しか持続しないのは、彗梨さんもご存じですよね。それなのにお姉ちゃんを眠らせた状態で伊野さんが来るのを待つなんて、私ならしませんよ。五分以内に伊野さんが来てくれなければ、それでアウトじゃないですか」
「そんなことはありません。美月さんは眠っていたはずですから、伊野さんが普段どこから侵入してくるかを把握しておけば、異能を使わずとも部屋の中には潜伏できます。そして伊野さんが来たら気づかれる前に異能を使用し、そこから五分以内に美月さんをベランダから落とせばいい。異能を使うのは最初の侵入時と美咲さんを落として逃げるとき、それぞれ五分だけでいいんです」
「……」
言葉を失ったように黙り込む美咲。
もはや抵抗の意思があるかどうかは不明だったが、彗梨は「もっとも」と続けた。
「美咲さんには誤算がありました。伊野さんが異常に気がつき、すぐに現場から逃げてしまったのです。これにより警察は事件を自殺として処理。このままではせっかくの計画が水の泡。そこであなたは、どうにか伊野さんを犯人に仕立て上げる方法はないかと考えました」
そこで、珍しく察しのいい尾鷲が「まさか」と声を発した。
彗梨はうなずく。
「そのまさかです。美咲さんには自分の存在感を消す異能がありますが、五分間の時間制限故に、できることには限りがある。でも、その時間制限を取り払う方法があれば話は変わる」
それを実現する方法がひとつだけある。
「美咲さんが宝玉を手に入れようとした真の目的は、伊野さんを犯人に仕立て上げるための工作活動に使えると思ったから。そのために私の部屋に侵入したんです」
「そういうことだったのか……」
深く納得した様子の尾鷲から美咲に視線を戻し、彗梨は言葉を続ける。
「私に伊野さんのヘアピンを見せたのはやりすぎでしたね。警察も調査を終えたであろう岸根さんの住居にあったこのヘアピンが証拠になると考えるなんて、どう考えても不自然です。伊野さんを犯人に仕立て上げようとしているとしか思えませんでした」
おそらく彗梨に異能を看破された美咲は、逆に彗梨を利用しようとしたのだろう。美咲の異能を見抜いた彗梨なら伊野の異能も見抜けるかもしれない、そうすれば伊野を犯人に仕立て上げるのに役立つかもしれない、と。
それが結果的に破滅を招いた。
「どうですか、何か間違っていますか?」
美咲は俯いたまま何も言わない。
静寂を破ったのは、岸根だった。
「証拠は? さっきあるって言ってただろ」
「はい。岸根さんのマンションの防犯カメラの映像を見れば一発です」
「……カメラの映像は警察が調べたはずだ」
「もう一度確認すれば結果が変わります。美咲さんの異能には、その力を知っている人には作用しないという弱点がありますから」
壁をすり抜けられる伊野と異なり、美咲はただ存在感を消せるだけだ。故にカメラのない通路だけを選んで侵入するというわけにはいかない。必ず映像に残ってしまう瞬間がある。警察が調べたときにわからなかったのは、その時点で美咲が容姿者として浮上していなかったからだろう。
彗梨の説明を聞いた岸根は、ゆっくりと視線を美咲に向けた。
「どうなんだよ。今の、本当なのか?」
「……」
「しつこく俺に声をかけてきたのは、美月の死の真相を解明するためだったんじゃなかったのか」
「……」
「なんとか言えよ、おい」
「……」
岸根の声音は決して激しくはなかった。だが、静かな怒りを孕んでいた。
しばらくして、美咲が口を開いた。
「……ごめんなさい」
「は……?」
「……私、幸せそうなお姉ちゃんが羨ましくて。そこにいるのが私だったらどんなにいいだろうって、そう思って」
「何、言ってんだ……?」
意味が分からない。理解ができない。そういう反応だった。
「裏切られたと思ったんだぞ……美月に」
岸根は言う。
「俺を置いて一人で自殺して、……愛し合ってると思ってたのに、俺を裏切って、俺より自分が大事になって死んだんだって、そう思ったんだぞ。お前のせいで、俺は美月を嫌いになるところだったんだ。それなのに」
「知ってますよ。……ラッキーだなって、思ってました」
美咲の口元には微笑が浮かんでいた。
「計画通りにはいかなかったけど、岸根さんがお姉ちゃんを嫌いになってくれたのは、私にとって都合がよかったですから」
絶句。
岸根はもはや怒りの感情を示すこともできないようだった。
他の者も同じだった。
誰も言葉を発することができず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
無抵抗に立ち尽くす美咲ただ一人が、口元に微笑をたたえていた。
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