愛憎と転落の謎について

出かける支度をします


「姉の美月みづきは自殺した……ということになっています。一か月ほど前のことです」

 セーラー服の少女、初川美咲は緊張気味にそう切り出した。


 尾鷲以外誰も訪れない彗梨の部屋に来客用の備えなどあるはずもない。話をするにあたって美咲はカーペットに腰を下ろし、彗梨はベッドの上に。そして尾鷲はせっせと床に放られた書物の片付けに勤しんでいた。


「……ことになっている、というのは?」

「自殺じゃありません。姉が自殺するなんて、ありえません」


 静かながらも胸の内の強い感情を感じさせる口調だった。


「何故、そう思うんですか?」

「姉が死んだのは、当時姉が彼氏と同棲していたマンションの傍でした。四階のベランダから飛び降りたことによる転落死だそうです。警察の捜査ではそういう結論になりました」

「それなのに、自殺ではないと?」

「姉は死ぬ前に大量の睡眠薬を飲んでいたそうなんです。室内にあったペットボトル……もっ茶という姉がいつも飲んでいた飲み物から、その睡眠薬の成分が検出されました。そんなの、絶対怪しいじゃないですか」


 ……確かに。

 だがそれならば、なぜ警察は自殺と断定したのだろう。


「警察は睡眠薬について、何か言っていましたか?」

「オーバードーズしようとしたんだろう、と。姉はそんなことする人じゃなかったのに。……それなのに、自殺をするような精神状態ならありえなくはないと言われました」


 なるほど、警察の言うこともわからないではないと彗梨は思った。

 自暴自棄になって薬を飲むのも、ベランダから飛び降りるのも、精神的に追い詰められた人が衝動的に取る行動として違和感はない。不意に死にたいと思うようなことは、誰にでもあり得ると思う。


 だが、今はそれは言わずにおく。彗梨はこの少女の話が聞きたかった。


「仮にあなたの考えが正しいとしましょう。でもその場合、犯人は……」

「当時の姉の彼氏だと思います。ほかに睡眠薬を飲ませられる人はいませんから」


 彗梨も同意見だった。

 同棲していた部屋で薬を飲まされ、ベランダから落とされた。順当に考えればほかの犯人は想像しづらい。あくまでも他殺とすればの話だが。


「殺される前、二人の関係は悪化していたようなんです。マンションの近くで二人が喧嘩をしていたとか、男が女を殴っていたという目撃証言もあります」

「動機はあったというわけですね」

「しかもあの男、今はもう別の女を連れ込んでいるんです。姉が死んだばかりなのに、気にした様子もなく。同棲までしていたのに」


 言葉をつづけることに、美咲の口調はヒートアップしていった。

 そこにあるのは怒りという名の激情にほかならない。


「あの人が姉を殺したんです。でも証拠がありません。それどころか……」

「……アリバイがあった?」

「……はい」


 そう肯定しながら、美咲は悔しそうに歯がみした。


「……その時間、あの男はサークルの飲み会に出席にしていたらしいんです。でも、きっと何かトリックがあるに決まってます。だから私はあの男を監視して、そのトリックの正体を掴みたかった」

「そのために、あなたの異能を強化する宝玉の力を欲したのですね?」


 美咲は首肯した。


「私が存在感を消せるのは長くても五分だけなんです。それにさっき彗梨さんに気づかれてしまったように、その力もとても微弱です。あの男を長時間監視するには足りません。だから……」


 段々と話が見えてきた。

 美咲は姉である美月と同棲していた男を疑っており、その身辺を探ろうとしていた。宝玉があれば今以上に強引な調査が可能になる。そういうわけだろう。


 しかしまだわからないことがある。


「美咲さんは、いったいどこで宝玉のことを知ったんですか?」


 彗梨が保有する宝玉の存在は、世間一般には知られていないものだ。

 普通の少女が知る機会などそうそうないはずである。


「姉のことで色々聞き込み調査をしていた時に知り合った人が、たまたま知っていたんです。異能の力を強化する宝玉を、糸継彗梨という人が持っていると」

「……よく信じる気になりましたね。そんな話」

「もちろん最初から信じていたわけではないです。でも尾鷲さんが道端で彗梨さんの名前を口にしていたので、もしかしたらと思って」


 彗梨は片付け中の尾鷲に半眼を向けた。


「尾鷲さん……いったい何を言っていたんですか」

「特に何も言ってねえよ。ほらあれ、好きな子の名前がつい口から出ちゃうやつ」

「あれとか言われてもわかりませんが……尾鷲さんだし仕方ないですね」


 彗梨は軽く嘆息した。

 以前の自分なら追及したかもしれないが、そのあたりを「尾鷲なら仕方ない」と片づけられるようになった辺り、少しは成長しているのだろうか。


「要するに、声をかけられた尾鷲さんが迂闊にも全部喋ってしまったと」

「そういうことになりますね」

「え、もしかして俺が悪いの?」

「そんなことありませんよ。尾鷲さんにそこまでの期待はしていません」

「……おい、俺じゃなければ凹んでるところだぞ」

「別に凹んでも構いませんけど、少し外に出ていてもらえますか?」

「は? なんでいきなり」

「出かける支度をします」


 彗梨はおもむろに立ち上がり、言った。


「初川美月さんの死の真相、確かめなくては気が済まなくなりました」

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