この方とはどこでお知り合いに?
「そうですよね。必死に棚を漁っている異能者さん?」
その視線の先に――いた。
セーラー服を着た女子高生。さっきまで存在を認識されていなかった第三者が。
「あーっ! お前は!」
尾鷲が大声で叫んだ。彗梨は驚きで肩を跳ねさせつつ、マンションが防音だったことに安堵する。
「やっぱり知ってるんですね、尾鷲さん」
「ああ。名前は確か……
「ちゃん……?」
彗梨の引っかかりに気づいた風もなく、尾鷲は続ける。
「俺、この子に彗梨のことを紹介してくれって言われてここに来たんだ。……でもなんでだ。俺はすっかりこの子のことを忘れてた。棚が開けられているのにも気が付かなかった。いくら異能者でも、ただ透明になれるってだけじゃ説明がつかねえぞ」
「そういう能力なんでしょう。何をしていても気にされなくなる。他人の意識をすり抜ける能力。コンプレックスはそのまま影の薄さ……存在感の希薄さでしょうか」
そう説明すると、尾鷲は納得したような顔をした。
「……そうか、物理的に消えていたわけじゃねえのか」
「はい。だからこちらが明確に意識しただけでその存在を知覚できたんだと思います。あくまでも影が薄いだけですから。違いますか?」
否定の言葉はなかった。
セーラー服の少女は顔を青くして黙り込むだけ。肯定を意味する沈黙だ。
「ところで尾鷲さん、この方とはどこでお知り合いに?」
「普通にその辺歩いてたら話しかけられただけだが」
「怪しいと思わなかったんですか。女子高生に話しかけられるなんておかしいでしょう」
「ばかお前、俺だってまだ二十二だぞ、それくらいの可能性は普通に」
「ありませんよ尾鷲さんには」
しょうもない話が続きそうになったのを強制的に打ち切り、彗梨はセーラー服の少女――初川美咲に問いかける。
「さて異能者さん、お尋ねしたいことはいくつもあります。『宝玉』を私が持っていることをどこで知ったのか。尾鷲さんが私の知り合いだとどうやって知ったのか。そして、何故『宝玉』を欲しているのか」
「待てよ彗梨。なんでこの子の目的が『宝玉』だってわかるんだ?」
「ここにある希少品なんてあれくらいですから。目的が別のものなら、わざわざオートロックのマンションに侵入したりはしないと思うんです」
彗梨は目の前の美咲をじっと見つめる。
静まり返った室内に、誰かが喉を鳴らす音が響いた。
「さっきの……『宝玉』は棚にあるって……あれは嘘?」
美咲が訊いてきた。声は緊張からか掠れていた。
「尾鷲さんは嘘をついていませんよ。私が隠し場所を変えていただけです」
美咲は悔しそうに歯噛みした。
その表情は、彗梨の思考に疑念を生じさせた。
どうしても確かめなくては気が済まない、呪いのような衝動を。
「何故、こんなことをしたんですか?」
「……」
「いくら異能があるからといって、他人の家に侵入してまで盗もうとするなんて。私には、並大抵の覚悟とは思えません。……そこまでして宝玉を欲した理由を、教えてくれませんか?」
こんなこと、訊いても意味はないかもしれない。
たいした理由もなく他人の所有物を盗める人もいるのかもしれない。そもそも理由など関係なくその行為を糾弾すべきなのかもしれない。彗梨が求めている答えを、この少女は持ち合わせていないかもしれない。
それでも、
「何か、特別な事情があったんじゃないですか?」
彗梨は、そう尋ねずにはいられなかった。
「教えていただければ、今回のことは警察には通報しません」
「お、おい彗梨、いいのかそれで」
「構いません。どうでもいいことですから」
本心からの言葉だった。
彗梨には昔からこういうところがあった。一度気になったことはとことん追求しなければ気が済まないのに、興味のないことにはまったくの無頓着。
他人の罪を糾弾することに何の意味があるのかわからない。
それより今は、この頭の中を埋め尽くす疑問の答えがほしい。
「……」
美咲が沈黙を破るまで、幾ばくかの時間を要した。
「……本当に、警察には通報しないでもらえますか?」
「はい。約束します」
眉根を寄せる美咲。まだ疑っているのだろう。
彗梨はベッドの上のスマホを視線で示した。答えなければ通報するぞ、という意思表示。
それで観念したのか、少女はゆっくりと静かに口を割った。
「姉の死の真相を、確かめたいんです」
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