第6話 団欒


  

 仙人が、除霊を行っていた日の夕方。1人の女性が帰路についていた。

 小さな買い物袋を下げ、疲れた表情で歩く人は暁月 幸恵の姉 絵美えみである。



「(病棟から外来に変えてもらって、漸く慣れてきたかな。それと……)」



 買い物袋の中身を見る。そこには、プリンが2つ入っている。



「(毎日買うのが習慣になっちゃたな。あの子が、いつ元に戻ってもいいように。いつか一緒に食べたいよ)」



 思わず泣きそうになるのを、頭を振って打ち消す。前を向くとそこには



 「お父さーん」



 呼ばれ足を止めて振り返る男性 暁月あかつき 隆司たかし 若干くたびれた様子ではあったが、手を振る娘の姿に気付き笑顔になった。



「絵美も今帰りか。珍しく帰りがあったな」



「そうだね……大分疲れてるけど、大丈夫?」



「無理言って出張のない業務に変えて、定時に上がらせて貰っているんだ。それで、給料は変わらずだからな」



 心配かけまいと笑うが、疲労の色は隠せていない。



「絵美こそ大丈夫か? 中学卒業して直ぐに、看護師の学校に5年行って病院に就職しただろ。部署変わってバタバタしていないか」



「病棟から外来ね。定時に帰れるようになったし、病院の方々は親切な人ばかりだから大丈夫。それに、まだまだ若いですから」



 両腕の力こぶを入れて笑う絵美。そうこうしている内に家が見えて来た



「ん? あれは何だ、バイクと車だな。うちの前に駐まっているのは」



「そうだね。バイクは見たことないけど、あの車はもしかして……」



 どこの車か気付いた絵美は走り出した。側まで行った時、家から出て来て、トランクを開ける人物を見ると声を掛けた



「希望さん! 幸恵に何かありましたか」



 呼ばれて振り返る看護師の女性 柏木かしわぎ 希望のぞみ



「あら、絵美ちゃんそれに隆司さんもお帰りなさい」



「はい、ただいまです。ではなくて……」



「ありがとうございます。で、娘に何かあったのですか」



 妹の事になり少しテンパっている絵美に代わりに聞く隆司



「あの……落ち着いて聞いて下さい」



 言われて、最悪の状態を想像したのか、顔色が悪くなる2人に対して希望は柔らかく微笑むと



「安心して下さい。幸恵ちゃん正気に戻りましたよ。目を覚ましたんです」



「「……えっ」」



 言われて一瞬分からずに固まった2人だが、直ぐに



「そ、それは本当ですか?! 希望さん!」



 希望の肩を摑んで揺すりながら聞く絵美



「ほ、ほ、本当だから~。何時もの、落ち着いた絵美ちゃんに戻って~」



 揺すっている途中で手を離し、家の中に走る絵美。


「あっ絵美! ごめんなさい、柏木さん」

 


「大丈夫です。ありがとうございます」



 バランスを崩して、倒れそうになる希望を慌てて支える隆司である。



「あ、お婆ちゃん! 幸恵は部屋に居るの? 元に戻ったの?」



「おかえり。ええ、幸恵は正気に戻って先程まで、高畑たかはた先生に見て貰っていたの。今は、お母さんと一緒にお風呂に入っているのよ。そろそろ上がる頃のはずよ」



 言われて靴を脱ぎ捨て風呂場に行こうとしたら、話し声が聞こえてきた



「お母さん、私もハンバーグ食べたいよ」



「まだ駄目。先生も暫くはお粥を食べてと、仰っていたでしょ」



「せっかく食べられるのにー。仕方ないか」



 浪江に支えられながら歩く幸恵。



「ゆ、幸恵……」



「あ、お姉ちゃん……あっと、その」



「幸恵!!」



「わわっ?!」



 幸恵の姿を見て感極まって抱き着く絵美。幸恵の後ろから支える浪江。



「……良かった……本当に……よかった」



「お姉ちゃん、心配かけてごめんね。それとありがとう」



 幸恵を抱きしめたまま、涙を流す絵美。幸恵も浪江に支えられながら、何とか抱きしめている。



「幸恵……本当に……戻ったんだな」



 絵美達を見ていた登美子は、後ろから声が聞こえて振り返って見る。隆司が唇を噛み締め、大粒の涙を流していた。

 静かに向きを戻した登美子である。暫く泣き続けていたが、落ち着いた所で仏間に移動した。

 そして録画したビデオカメラを、隆司と絵美に見せて説明をする登美子と浪江。

 因みに、希望は高畑と一緒に見ているので、知っていた。全ての説明が終わって



「本当に取り憑いていたなんて。しかも、あんな者が幸恵の体に……!」



 「あなた……」



 奥歯を噛み締め怒りを露わにする隆司。隆司の腕に手を添えて、声を掛ける浪江。

 ゆっくり首を横に振り幸恵を見ると、ハッとして表情を戻す隆司。



「でも、大丈夫なの?」



 幸恵の隣に座って、ずっと手を握りながら言う絵美に



「大丈夫よ。しっかり除霊して頂いたから」



「えっと、そうじゃなくて、そこは大丈夫と思う。私が言いたいのは、お祓い代、お金は幾ら掛かるのか聞きたいの」



「「……あっ」」



 お金の事を聞かれて、お互いの顔を見合わせ同時に声を上げる登美子と浪江



「そう言えば、聞いてませんねお義母さん」



「ええ、幾ら掛かるのかしら」



 聞き忘れていた事を思い出す2人。



「今までの、壺や水晶などと違って本物の人だからね。一千万以上とか……」



 絵美が一千万と言って驚く隆司



「幾ら何でも一千万は……行くのか? 今まで、金を使っているからな。俺の給料と絵美の給料を合わせても……うーむ」



「その時は、分割にして貰えないか聞かないとね」

 


 話をしていると



「ごめんなさい。私のせいで……ごめんなさい」



目に涙を溜めながら頭を下げる幸恵。慌てて絵美が



「幸恵のせいじゃないのよ。悪霊のせいだから。運が悪かったのよ」



 座椅子に座っている幸恵の肩を優しく撫でる絵美。隆司が



「所で、高身仙人さんだったか? 今何処にいるんだ。外に駐まっているバイクはその人が、乗って来た物だろう」



「仙人さんなら、庭で除霊に使った道具の処理をして頂いているわ。それと、結界を張って貰っているの」



「「結界?」」



 同時に聞く隆司と絵美



「何でも今の幸恵は、体力は勿論のこと生命力などが極端に落ちていて、悪霊なんかが、取り憑きやすい状態らしいの。だから、入って来れないように、塀の四隅に施して結界を張るそうなの」



「そんな事まで出来るなんて凄いね。ホントに幾ら掛かるんだろう……」



 浪江の話を聞いて驚いた2人。幾ら掛かるのか心配になる絵美であった。


 その頃仙人は、四隅へ塩と燃やした札の灰を使い結界を張った。

 今は、除霊に使った道具と幸恵が寝ていたベッドを、捨てる為の処理をしていた。全てをお祓いし、それぞれのゴミに纏めている。

 全て纏め終わると、軽く背伸びをして、ポケットからひびの入った竜の置物を取り出した。



「(これに掛かっていた封印の力を、あの悪霊に使うには強力過ぎる。これを作れる人物ならば、あの程度簡単に祓えるだろう。もっとも、これのお陰で、簡単に体から取り除く事が出来たが

 だとすれば、もっと強大な何かを封じていた筈。あの悪霊は、たまたま巻き込まれたのか、それとも……この近辺で、強い力は感じないので、移動したかもしくは……)」



 そこで、目を閉じて軽く息を吐く。ポケットに仕舞い直して皆が居る部屋に向かった。



「すみません、全部終わりました。少しいいですか」



 縁側から声を掛ける仙人



「はい、ありがとうございます。どうぞ、お入り下さい」



 頭を下げ部屋に入る仙人。そこで、知らない顔があるのに気付いた。



「すみません。こちらの方は?」



「ご挨拶が遅れました。幸恵の父で暁月 隆司と申します。娘を助けて頂きありがとうございます」



「姉の暁月 絵美です。妹を助けてもらいありがとうございます。どうぞ座って下さい」



 それぞれ挨拶をする2人。仙人は勧められて、登美子の反対側の席に正座で座る



「既に、お聞きかも知れませんが、高身 仙人と言います。間に合ってよかったです」



 それぞれ挨拶をしている間に、浪江はお茶を用意して仙人の前に置いた。登美子の横に座り直す



「ありがとうございます。早速ですが、結界は無事張れました。

 体力が回復するまでは、外出はしない方がいいでしょう。

 それと、ベッドも含め使用した物は、全てお祓いをしています。分けていますので、ゴミとして出して下さい」



 お茶のお礼を言って、庭でしていた事を話した。



「ゴミとして出して大丈夫ですか」



 浪江が不安そうに聞いてきたので、



「大丈夫です。全て処理済みです。後は、燃える・燃えないで出して大丈夫です」



「分かりました。ありがとうございます」



 頭を下げる浪江。今度は登美子がおそるおそる



「……あの、すみません。つかぬことをお聞きますが、お祓い代ですか、料金はお幾らぐらいでしょうか」



 「お祓い代は結構です」



 お祓いにかかった金額を聞かれた仙人は、即答で必要ないと応えた。



「「「「……えっ?」」」」



 幸恵以外、同時に驚いて同じ声を出した。



「いや、そう言う訳にはいきません。娘を助けて頂いているのに……可能な限り、言い値でお支払いします」



「そ、そうですよ。出来る限りお支払いしたいです」



 隆司と絵美が慌てて言うと



「そう言ってもらえて有難いです。ですが、今回は約半日ほどで終わりましたから。

 道具も身近な物で事足りました。1週間以上掛かって、大掛かりになれば別ですが……」



 顎に手を当て考え込む仙人



「是非、孫を助けて頂いたお礼をさせて下さい」



「そうです。仙人さんが、居なければ娘は助かりませんでした。お礼がしたいんです」



 登美子と浪江もお礼がしたいと言われて



「分かりました。では、ガソリン代など実費をお願いします。金額は……」



 実費だけお願いした仙人。金額を聞いた登美子と隆司が、お金を取りに席を立った。



「では、実費代を頂いたらお暇します」



「えっ?! もう帰られるのですか? この後、何か用事でもありますか」



「特に用事はありません。折角、娘さんが戻ったのに、私が居たら邪魔になりますから」



 そろそろ帰る事を話すと、驚いて聞く浪江。用事がないと分かったら



「でしたら、是非夕飯を召し上がって下さい。それに、大分暗くなって来ましたから、今日は泊まっていって下さい」



「それは、ご迷惑になるのではありませんか」



「全然迷惑じゃないです。妹を助けて頂いたんですから。感謝してもしきれません。

 それに、今日一晩居て貰えたら心強いですし」



 浪江からのお誘いに、迷惑が掛かると思った仙人。だが、絵美からも言われて少し考えて



「分かりました。今日一晩ご厄介になります」



「良かった。お婆ちゃんとお母さんは料理が上手なんです。楽しみにして下さい!」



「そうですね。腕によりをかけて作らせて貰っています」



 泊まることを、了承すると喜ぶ浪江と絵美。幸恵は、風呂から出て少し疲れているのか、話はしていないが、嬉しそうにしている。そこへ、



「仙人さんお待たせしました。此方をどうぞ」



 登美子が少し分厚い封筒を差し出した



「私達の感謝の気持ちも入れています。是非受け取って下さい」



 登美子が言うと、皆首を縦に振って仙人を見る。仙人は根負けして



「ありがとうございます。有難く受け取らせて頂きます」



 封筒を受け取り黒鞄に仕舞った。仕舞っている間、絵美と浪江が登美子と隆司に今晩、仙人が泊まる事などを話していた。



「それは、腕に縒りをかけて作らないといけないわね」



「仙人さんはお酒は飲めますか。泊まりでしたらどうですか」



「お誘いありがとうございます。お酒は飲めますが、不測の事態に備え飲まないようにしています。申し訳ありません」



 泊まると聞いて気合いを入れる登美子。隆司は酒を勧めるが、断る仙人。その横では、



「そうそう幸恵。先程高畑先生に聞いたんだけど、プリンなら食べてもいいそうよ」



「ホント?! じゃ、お姉ちゃんと一緒に食べたい。それと、お粥以外も!」



 プリンは食べていいと言われて大喜びの幸恵。他にも食べたいた言うが、其れは駄目と浪江に言われしょんぼりする幸恵。そんな幸恵を慰める絵美。

 そこには、この1ヶ月以上ずっと望んでいた家族の団欒があった。祖父は亡くなったが、取り戻す事が出きた家族の温もりを。


 その中で、楽しい一時を過ごした仙人。その日の深夜、仙人は仏間で寝ていた。ふと頭の上に気配を感じて、目を開けると健蔵が立っていた。

 上半身を起こして向き合う仙人。すると、健蔵は微笑んでゆっくり頭を下げた。ゆっくり頭を上げると、健蔵は後ろにある仏壇に向いた。

 そして、音もなく動いて仏壇に消えた。仙人は目を閉じて合掌をすると少し頭を下げた。

 合掌が終わると、眠りについたのだった。







 

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