第5話 決着

 

 部屋の中に入ると、幸恵の右手を両手で握る浪江の姿があった。

 幸恵の顔は、下りる前より少し生気が戻っていて、2人が楽しそうに話しを為ている。

 部屋に入った仙人を同時に見る浪江と幸恵。



「その2つが必要な物ですか」



 仙人が持つ姿見と竜の置物を見て聞く浪江



「ええ、そうです。これから除霊の準備をしますので、そのままお待ち下さい」



 嬉しそうに顔を見合わせる浪江と幸恵。

 仙人は姿見を裏向きに置いて、マジックペンで経文を書き始めた。

 小声で唱えながら上から書いていく。その間に登美子は、どうしてこうなったか、話そうとしたが



「その話は全てが終わった後にしましょう。今は、負担をかけない方がいい」



「あっ……そうですね。ごめんなさい」



 話しを止めた仙人。気付いた登美子は仙人に謝るが、首を横に振って、集中する仙人。

浪江と幸恵は気になったが、今は聞く時ではないと思い、違う話しを3人で話し出した。

 元気になったら、あれを食べたい、遊びに行きたいなど、他愛もない話しをしていた。

 登美子は久しぶりに孫と話せた喜びで、泣きそうになっていた。

 姿見の裏表に経文を書き終えた仙人は、姿見を部屋の端に持って行き、3人に鑑が見えるように置いた。



「それには、何が書かれているのですか」



「裏には般若心経を、表の端には札に書いた経文を書いています」



 浪江の質問に答えながら、黒鞄から取り出した物差しを、ズボンの左ポケットに入れる仙人。

 幸恵の側に行き



「これから、除霊を始めます。まずは、娘さんの意識をもう1度沈めて、悪霊を表に出します」



「えっ?! いやだ……嫌です……このままで除霊して下さい」



「そんな、このままでは駄目なのですか」



 また前の状態に戻ると言われて、嫌がる幸恵。そんな娘の姿を見たのと、取り憑かれた姿を見たくなくて聞く浪江。



「お気持ちは分かります。ですが、確実に除霊する為にも必要なんです。そのお守りを持っていれば、奴は一切手を出せない。それと、ずっとお母さんと、繋がっているので、1人ではないよ。もう暗闇にはならない。大丈夫だから。これで、終わらせる」



 少し黙って考えていた幸恵は、子供ながら覚悟を決めた表情で



「分かった、お願いします。お母さん、絶対手を離さないでね」



「もちろんよ。絶対に手を離さないわ。ずっと握っているからね。仙人さん、宜しくお願いします」



 力強く頷く仙人。表情を更に真剣なものとして



「始めます。目を瞑って枕の上に頭を置いて下さい」



 枕に頭を沈めて目を瞑る幸恵。札の上から幸恵のおでこに触れて少しの間、目を瞑る仙人。

 目を開けると、ゆっくりおでこの札を外した。その、途端



「ぐはぁ?! はぁ、はぁ……てめぇ、ふざけんなよ! 何しやがだた?! このガキには、触れねぇし、体が動かないいでぇ?!」



 嗄れた声で、怒鳴り声を上げる悪霊。所々、呂律が回っていない。

 触れなくて、動かせなくなっているのを、聞き少し安心する浪江と登美子。

 浪江が手を握っているのにも、気付いていない。

 悪霊の怒鳴り声を無視して、仙人は右手に持った竜の置物を見せ



「これが、何か分かるな」

 


「ぐっ?! それは……ぐふ、ぎゃふ……ギャハハハハハ! 俺を閉じ込めていたものだな! アホか?! てめぇばぁ! 割れてて使えねぇなぁ!」



 驚いた顔で仙人を見る浪江。だが、仙人は慌てる事なく、不敵に笑みを浮かべ



「確かに、封印することは出来ない。だが、その体からおまえを “引き剥がす” ことは、充分可能だ」



「がが?! ふざげるがぁ?! やめ、やめ、やぶぇぇ?!」



 途端に、表情を変え必死に抵抗を試みるも、体はおろか頭さえも動かせなくなっていた。

 仙人はおでこに竜の置物の裏側を当て



「阿昆羅吽欠蘇婆訶」



 唱えた瞬間、目玉が飛び出そうになるほど見開き、若干全身が震える。

 それも一瞬で、直ぐに止まって糸が切れた人形のように動かなくなる。

 すると、素速く竜の置物の裏側を鑑につけ



「阿昆羅吽欠蘇婆訶」



 唱えると、竜の置物が淡く光り、鑑の中に悪霊が放り出される。

 初めて見ることが出来た姿は、色は全身灰色で、髪は殆ど抜けていて目は白く濁っていた。

 口からは絶えず涎が垂れている。体には下半身から上に幾つも顔が生えていて、全て女性であり苦悶の表情を浮かべている。

 手と足は骨と皮だけになっていて、初めてその姿を見た浪江は



「これが……こいつが!……娘の中に……!!」



 最初は、驚いたが直ぐに怒りの表情になり睨み付けていた。登美子も同じ表情で睨み付けている。

 悪霊は必死に鑑から出ようと、内側から叩いたりしている。だが、ビクともせず何かを叫んでいるが、声は外に聞こえなかった。

 仙人は鑑から数歩離れ、左ポケットから物差しを取り出した。左手の人差し指と中指で、はさんだまま顔の前で構える。 



「古より武士もののふ達の守護をせし摩利支尊天よ。実を滅さず悪幻を滅する力を陽光に変え我に宿らん」



  「唵阿爾怛摩利制曳莎訶オンアニチヤマリシュイソワカ



 唱えた瞬間、物差しを光輝く炎がつつみこんで、1本の炎の矢になった。左手の平の上に浮かべやり投げに似た構えをとる仙人。

 炎の矢を見た悪霊は、更に慌てて暴れるが、無駄に終わった。



「覚悟はいいか」



 言うと同時に、矢を放った。矢は吸い込まれるように、悪霊の顔に突き刺さり中に入る。

 一瞬、悪霊の動きが止まり次の瞬間、何カ所も体の内側から、光が突き破っていく。光は悪霊の内から外に出ると、炎に変わり悪霊の体を、内外から燃やし尽くした。

 完全に燃やし尽くすと、幾つかの光の玉が、鑑から出て来て、少し仙人の回りを漂った後、消えていった。

 全て消えたのを、確認した仙人の前にあるのは経文が書かれた姿見と、その前に落ちている物差しだけである。

 そして、後ろに振り返り浪江と登美子に向き直った。2人から怒りの表情が消え、代わりに驚いた表情のまま固まっていた。浪江が



「い、今のは……除霊は……あの、光の玉はいったい?」



 目の前の出来事に追い着けず、訳が分からないいまま聞いてきた。



「まず、除霊は成功しました。あの、光の玉は悪霊に取り憑かれ亡くなった女性達の魂です。取り込まれていたが、悪霊は消滅したので解放されたんです」



 説明を受け、少しずつ落ち着きを取り戻す2人。今度は登美子が



「では、取り憑かれたままだったら、幸恵は殺されてあの悪霊の1部になっていたのですか」



 頷く仙人。息を飲む浪江と登美子



「除霊はすみましたが、娘さんは深く眠ったままです。今呼び起こします。手は握ったままお願いします」



 握ったまま娘の顔を見る浪江。

 仙人は、薬缶の水をコップに注ぎ、口に水を1滴垂らした。

 そして、ゆっくり目を開ける幸恵。



「幸恵! 分かるお母さんよ!」



「おばあちゃんですよ」



 それぞれ幸恵に声を掛ける2人。幸恵はゆっくり頷きながら



「うん、うん。分かるよ、お母さん、おばあちゃん。それに、体がスッキリしてる。私……助かったんだよね。お母さん、ずっと握ってくれてありがとう。心強かったよ……すごく……グスッ……明るくて……温かかっ……」



「良かった……本当に……当……然……よかっ……た……」



 その瞬間、3人の目から涙が止め処なく流れた。言葉よりも涙が出てしまい、泣きながら幸恵を優しく抱きしめる浪江と登美子。

 実感が湧いてきた幸恵も、抱きしめられながら泣いたのだった。




 






 


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