第4話 親子

 


 

 仙人と登美子が1階に下りた頃、浪江と幸恵はぽつぽつと話していた



「お母さん……私、どうなってたの?」



 浪江の目を見て聞く幸恵。浪江は、一瞬言い淀むが話し始めた



「おじいちゃんが亡くなって49日をしたのは、覚えてる?」



「うん。その時は、まだ何ともなかったよ」



 何ともなかったの言葉に、一瞬顔を顰める浪江だが、幸恵は気付いていない。



「其れから少しして、おかしな言動が始まったの。夜に変な声を出したり、暴れ出したり、2階から飛び降りようとしたり、段々激しくなってね。今まで、1ヶ月ほど、続いたけど覚えてないのね」



 無言で首を縦に振る幸恵。何か話そうとして口籠もりを繰り返す幸恵。

浪江はそんな娘に、できる限り優しく微笑んで、何も言わず手を握り続けていた。

 途中5分が経ち、水を1口飲んだ所で、幸恵がぽつぽつ話し出した。



「あのね……ある夜、急に体が、動かなくなったの……そしたらね、ぬるぬるした気持ちわるいのが……その……」



「纏わり付く感じ?」



「うん、それ……そんな感じ」



 言葉が出なくて、言い淀む幸恵の代わりに、言う浪江。



「……体全体に纏わり付いたら、その、ゆっくり……体の中に……入って来たの」



 話しを為ている内に、少しずつ何かを堪えるように話す幸恵。浪江は、体の中に入って来たの発言で目を開き息を飲む。



「……さらに、気持ちわるくて……不思議なことが起きたの……なんだろ、海の中にゆっくり入る……抑えられる?……沈められるのかな、息が苦しくなって、どんどん回りが暗くなるの……で、回りが完全に、真っ暗になって体もぜんぜん動かなくて……すごく……恐くて……苦しくて……」


 堪える表情から、苦しそうな表情になる幸恵。浪江は、必死に表情を戻して、少し力を込めて娘の手を握る。



「そうしたら……そうしたら……ね、私を抑えていたのが、分かったの……見えたの……真っ暗なのに……か、顔が灰色で髪が……ボサボサで目が……真っ白……で……体に顔が……ついていて……う、うでが……」



「うん、分かったわ。もう、分かったから。もう、話さなくていいわ」



 顔を段々恐怖に引き攣らせて、言葉が詰まっていく娘に話しを止めさせたい浪江。

だが、幸恵の目は、浪江ではない何かを視ていた。



「……す、す、姿が……見えたら……いき……いきなり……お、お、襲わ……れ……て……ひっ……う……う……」



「分かった!! 分かったから!! もう、話さなくていいの! ごめん……ごめんね……」



 恐怖に顔を引き攣らせ、涙を流し口を震わせて、上下の歯が当たり音を鳴らす幸恵。

浪江は、右手は握ったままで、左手を首の下に入れて抱きしめた。ときおり、左手で肩を撫でたりも為ていると、幸恵は少しずつ落ち着いてきた。

 落ち着きを取り戻したのが、分かると浪江は体を離して、また両手で幸恵の右手を握る。



「お母さん……私……死んじゃうのかな」



 少し天井を見つめていた幸恵が、感情が一切ない声色で呟いた



「っ?! 何を言ってるの? そんなことはないわ。必ず助かるもの」



「でも、1ヶ月もこのまんま……だよね」



「……確かに、この1ヶ月はお医者様に見てもらったり、お祓いをしてもらったり、お札や効果があると言われ、壺なんかも買ったりもしたわ。」



「でも、全然、駄目だったよね……私は……真っ暗な所に居て何も分かってないけど」



 言われて、顔を少し俯かせ、悔しそうに唇を噛む浪江。少し力を入れて、幸恵の右手を握ると顔を上げ



「今までは、駄目だったわ。でも、今は違うの。幸恵に取り憑いている霊は、弱くなり抑えられて幸恵と話が出来るまでになってるわ。だから、必ず助かる。もう少しだから、お母さんも側に居るからね。」



 微笑んで、頭だけ動かし頷く幸恵。浪江も、笑い返した。



「5分たったわね。お水を飲みましょう」



「えっ? もう5分過ぎたの? しょっぱいよね、これ」



 コップを取りながら言う浪江。何とも言えない顔でコップを見る幸恵。 



「そんな顔しないで、大事な水だからね」



 顔の表情と裏腹に、素直に1口飲む幸恵。浪江が気になることを聞いた。



「この水は、しょっぱいだけかしら? 他には、何か感じない?」



「う~ん……何となくだけど、体が軽くなるような、落ち着くような……かな」



「そうなんだ。わかったわ、ありがとう。じゃあ、ちゃんと飲まないとね」



 首を軽く捻りながら考える幸恵。聞いて、納得する浪江。


「分かってるってば。私、生きたいもん。だから、もっとお話しようよ」



「そうね。色々お話しましょう。じゃあ……」



 仙人と登美子が戻ってくるまで、話していた浪江と幸恵であった。



  その頃、1階に下りた仙人と登美子は



「それでは、何を用意しますか」



「まずは、玄関から入って左手にある部屋から行きます」



 言われた登美子は、驚いた表情で仙人を見た。



「入るのは、駄目な部屋ですか」



「いえ、そんなことはありません。行きましょう」



 部屋の入り口にまで来た仙人と登美子。登美子が入り口のふすまを見ながら



「この部屋は亡くなった主人が、書斎代わりに使っていた部屋なんです。今は物置部屋代わりになっていますが」



「なるほど……入ってもよろしいですか」



 登美子の話しで納得する仙人。登美子は仙人に言われて、頷いてふすまを開ける。

部屋の中は物に溢れかえっているが、整理されていた。仙人は入った真正面に置いてある物を指差して



「あの、姿見を使っていいですか」



「はい、どうぞお使い下さい。他に必要な物は有りますか」



 登美子も長方形の姿見を見て答える。



「後1つあります。押し入れの中です。場所は下の左側ですね」



 左横にある押し入れの、襖を指差して言う仙人。指差す方に顔を向け不思議がる登美子



「そこは、主に主人の遺品が入っていますが……もしかして今回のことは、主人と何か関係があるのですか?!」


「落ち着いて下さい。関係があるのは、ご主人が、亡くなられる1ヶ月ほど前に、旅行に行かれたことです」



 幸恵に憑く者が、亡くなった健蔵に関わることだと思い、驚く登美子。



「ええ、その頃に家族全員で、旅行に行きましたけど。主人に聞いたのですか」



「はい。正確には、ご主人の記憶と、お孫さんに憑いている者の記憶から分かったことです。旅行の時、ご主人が買われた物の中に、悪霊が封印されていた物があったのです」



 健蔵が、購入した物の中にあると言われ、目を見開いて驚き暫し絶句していた登美子。



「そんな……土産物屋にそんな物が、置いてあるなんて……」



「普通の土産物屋ではなく骨董品などを扱う店だと思われます。立ち寄ってませんか」



 登美子は、少し考えて思い出したらしく



「寄りました。主人が1人で入り私達はそれぞれ違う店に行っています。ああ、こんな事に為るんだったら行かせなかったのに……」



「仕方ありません。その時はこの様なことが、起きるとは想像も出来ないですから。それで、探したい物は木の彫り物です。形は岩の上に、両手で宝玉を持つ竜の彫り物で置物の形になっています。襖を開けていいですか」


 仙人の話しを聞いて、襖を開ける登美子。幾つかある段ボールの内、迷わず大きめの段ボールを出す仙人



「その中にあるのですね。主人が亡くなり入れていた時は、気付きませんでした」



「亡くなられた後に、仕舞われたんですね。気が動転していては、気付かないものです」



 探す仙人と登美子。1番下から桐箱が出て来た。

仙人が許可を取り、蓋を開けると中には布に包まれた竜の置物があった。



「これに、封印されていたのですね」



「はい、そうです」



 仙人は、布を外し手に取ると裏側を確認した。台座部分の所にひびがはいっており、欠けている所もあった



「恐らく、ここにひびが入ったせいで、封印が解けたのでしょう。しかし……」



「そんな……では、もう封印は出来ないのですか」



 裏側を見せながら話す仙人。登美子は表情を曇らせながら聞いた



「今は、封印出来ません。ですが、使い道はあります。これで、用意はできました。すみませんが、片付けは後に回して、除霊に入いらせてもらいます」



「分かりました。戻りましょう」



 仙人は右脇に姿見を抱え、左手に竜の置物を持ち、登美子と一緒に2階に上がった



 


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