第3話 憑依
用意を終えた3人は、仙人を先頭に階段を上り、部屋の扉の前まで止まる
「では、行きます。いいですか」
仙人の問いに緊張した面持ちで頷く2人。静かに扉を開け中に入る
そこは、ベッドが1つ在るだけの殺風景な部屋。他には何もなかった。理由が分かる仙人は、特に驚く事もなくベッドに近付く
浪江はビデオカメラを設置して、登美子は入って直ぐの所で立っている。
ベッドの右横まで来た仙人は、ベッドの上で横になっている女の子を観察していた。両手両足は縛られていて、パジャマからのぞいている左腕は、痩せ細り点滴が刺さっている。
そして、女の子顔は生気がなく頬はやつれている。目は窪んでいて、その目は濁り、はち切れんばかりに開いていた。不気味な笑みを浮かべ仙人を見て
「くくくくくっ、あの、ババアまた懲りずに寄こしたかぁ。ギャァハハハハ!」
嗄れた声で下品な笑いをあげ、楽しんでいる“何か”には応えず静かに視ている仙人。
「あっ、だんまりか? くくっ、それともこの体を狙っているのか。前に来た奴は、そこのババアにばれないように、色々やってたぜ。ギャッフフハハハハハ!」
更に大きな声で笑う“何か”を苦々しい顔で睨む浪江。部屋に入ってから、一言も発していない仙人だったが
「……なるほどな」
「あっ?」
一切表情を変えず、納得したような仙人に怪訝な声を上げる“何か”。
仙人は1歩離れ、持ってきた黒鞄を開け、中からマジックペンと、何も書かれていない短冊サイズの紙を数枚取った。
それを、不思議そうに見る浪江と登美子。仙人はある経文を書いていく
【
全ての紙に書くと、指でなぞりながら唱える。
「阿昆羅吽欠蘇婆訶」
「なっ?! てめえ!」
その時、初めて女の子に取り憑いている“何か”が慌てて出した。今まで見た事がない態度に驚く浪江と登美子。
札を作り終わると、1枚持って横に立つ仙人
「娘さんの顔に触ってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
浪江に顔を向け、触る許可を取る仙人。浪江は頷きながら言った。
「離れろや! 近付くんじゃねぇ! こいつがどうなってもいいのか?! あぁ!!」
ひたすら荒げた声を出し、自由に為らない手足をばたつかせる亡霊。
「黙れ」
冷たく言い放ちおでこに札を貼り付けた。札の上に右手を置き静かに目を瞑る。
「あがっ、あががっ、や、が、離せ、はなせぇぇぇ」
目を見開き口を何とか動かすが、体は痙攣を起こして震えている。暫く何も言わず、じっとしている仙人だったが、徐に札を取り外し
「全て分かった。お前の正体もな。過去の亡霊よ」
「ふざけんな! 俺は、この体から離れねぇぞ! 俺のもんだ! 何かしたら一緒に道連れだ! 分かってんのか?!……」
全てを見抜かれわめき散らす亡霊は、その顔には焦りの表情が浮かんでいた。
尚も、何か言っている亡霊だが、仙人は無視して薬缶と洗面器の水に塩を入れて、順に水面へ指を当て
「阿昆羅吽欠蘇婆訶」
唱えながら水面に文字を書いていく仙人。それを見た亡霊は、顔を引き攣らせ言葉を失う。
唱え終わると仙人は、洗面器から手で水を掬って、おでこに垂らした。
「?! ギャヒイィィィィ?! 熱いぃぃあぢぃぃぃ!! いでぇぇえ?!」
垂らした所から肉の焼ける音がして煙が上がる。熱さと痛みで悲鳴を上げる亡霊。
「な、何をしているの?!」
慌てて仙人と娘の間に入る浪江。水が垂れた所を見ると
「えっ……何も、なってない?」
肌は乾燥して荒れているが、何もなっていなかった。驚いた表情で仙人の顔を見る
「これは、先ほど用意して貰った水と塩で作ったものです。体には一切害にはなりませんよ」
言われて気付いた表情になる浪江
「確かにそう……ですね。では、一体何が起こったのですか」
「人には一切影響はありません。ですが、娘さんに憑いている者には劇薬以上の効果があります。なので、今みたいな事が起こったのです」
言っている事は分かっても、理解が追いつかず固まる浪江。
「この水と札を使って、まず、娘さんの体から剥がして行きます。その際、水を多少強引に飲ませます。もちろん、気管には入らない様にします。」
「必要な事ですよね……分かりました。お願いします」
少し落ち着きを取り戻した浪江は、答えてからビデオカメラの位置まで下がった。なお、登美子は入口の所で、何も言わずじっと見ている。
「ふざけんじゃねぇ! 何かしてみろ! こいつもろと……ぶへぇ?!えげぶびゃゴボゴボ……ギベベベベ」
仙人を睨み付けて顔を横に振る亡霊。対して仙人は、右手で顎を摑み口を広げコップの水を、器用に流し込む。
亡霊は体を痙攣させ目を白黒させる。コップの水を全て流し込むと、再びおでこに札を貼る。
「ぐがが……こうなったらこのガキを道連れに?!……ふざけんな?! 何しやがった?! 反応がががが?!」
「頭の札がある限りお前は何も出来ない」
自分のおでこを指さして言う仙人
「くそ! くそが! ふざけんならららら! いるとががずべ!」
段々、呂律が回らなくなる程、焦る亡霊
「次は、これを流す」
仙人の手に持った薬缶を見て顔を引き攣らせる亡霊
「ふざけんな! 誰が、そんなごばぼぼぼぼ?!」
構わず右手で顎を摑み、薬缶の注ぎ口を口に入れ流し込む仙人。
「ぶは?! もう、もう、止めてよ……お母さん、何で、こんな非道いことするの?」
女の子の声で浪江に話しかけた。久しぶりに聞こえた娘の声に、驚いて娘を見る。
そこには、痩せこけたとは言え、かつての娘の顔があった。思わず、近づこうとすると
「浪江さん」
静かに呼び止める仙人。呼ばれて仙人の方を見て、始める前に言われた事を、思い出した浪江。
仙人は浪江を見て顔を横に振る。
浪江は口を噛み締め、ゆっくり元の場所に戻り顔を俯き目を閉じる。そして、再び薬缶の水を流し込む仙人
「……げぶぉ! がほ! ふ、ふざけんな! クソばばぁ! 何で、止めにぇ?!」
亡霊の嗄れた声で怒鳴られ、顔を上げ目を広げる浪江
「仙人さんの言う通りね」
入口付近で正座で座っている登美子が言うと、浪江は振り向き頷いた
ある程度残して薬缶の水を流し込んだ仙人。水が入るたび、徐々に声が出なくなり、ぐったりと動かなくなる亡霊。仙人は浪江を見て
「浪江さん。憑いている者を祓うのに鎖骨の間・臍の上・肩の付け根・肘・手首・膝・足首に、札を貼ります。その為に、体全体を洗面器の水で清めさせてもらいたい」
「えっ? 札は分かりますが、清めるってどうやってですか」
「頭の横に置いてあるタオルで濡らして、頭から拭いて下さい。拭くのは、浪江さんがして頂いて大丈夫です。拭き終わったら札を貼ります。くれぐれも頭の札は、外さないようにお願いします」
そして部屋を出て、扉のすぐ横で待つ仙人。浪江は札に気をつけ、パジャマをずらしながら体を拭いていった。全て拭き終わり
「拭けたのでもう大丈夫ですよ」
言われて部屋に入ると、札を貼る部分だけパジャマを捲ってある。
捲っているのを、確認して札を貼る準備を始める仙人
「……最近暴れて、まともに体が拭けていなかってので、良かったです」
仙人が準備をしている間に、ぽつりと寂しそうに呟く浪江。
「これが、終われば風呂も一緒に入れますし、食事も出来ますよ」
言われて思わず涙ぐむ浪江だが、必死に凝らえる。
「よし、出来た。浪江さんはこれを、持って下さい」
浪江にある物を渡す仙人
「これは……お守りですか」
「はい、私が今作ったものです。この、除霊が終わるまで、持っていて下さい。では、札を貼っていきます。体触りますね」
頷いて、お守りを両手で持つ浪江。それを見てベッドに向き直り、鎖骨の間から札を貼っていく仙人。札を貼るたび
「阿昆羅吽欠蘇婆訶」
唱えながら貼り続ける仙人。全て貼り終えて最後に、頭の札を上から軽く抑え唱える。
ただ、他の札と違い長く唱える仙人。唱え終わると、先程と違い女の子は静かに目を瞑っていた。
もう1つ作ったお守りを、女の子の右手に握らして
「浪江さん、娘さんの右手を、お守りごと両手で持って下さい」
言われて娘の右手を握る浪江。祈るように、自分の頭を娘の手に当てる。それを、見た仙人は女の子の口にコップの水を1滴かけた。
すると、女の子は静かに目を開けた
「お……お母さん」
ゆっくりとだが、女の子の声が聞こえ顔を上げる浪江。仙人の顔を見ると、静かに首を縦に振った。
その瞬間、涙が溢れる浪江。気付いたら登美子も側に来ていた
「幸恵! お母さんが分かる?!」
涙を流しながら顔を見る浪江。娘の目には光が戻っていた。
「お母さん……お母さん、変なのが、体の中に……いるの。助けて、もう嫌だぁ」
泣く娘の言葉に驚き仙人を見る
「体の中にいるって、除霊は済んだのではないのですか?!」
仙人はゆっくり首を横に振って
「視た所、1ヶ月近く娘さんの体に憑いています。娘さんの魂と癒着が非道いので、いきなりは出来ません。いや、除霊は可能ですが、その場合は娘さんの魂が引き摺られ、ぼろぼろになり廃人と化します」
言われて絶句する浪江と登美子
「そんな……では、如何するのですか」
「時間をかけて剥がします。札で奴の動きを抑え、娘さんとの繋がりを断ちます。そして、水を使って少しずつ魂の間に浸透させ剥がします」
仙人の話しを黙って聞く浪江と登美子。話しを続けていく
「1つ浪江さんにお願いしたい。コップの水を5分ごとに、1口ずつ娘さんに飲ませて下さい」
「それは、構いませんが、仙人さんはどうされるのですか」
仙人から右手でコップを、受け取りながら聞く浪江
「除霊に向け、最後の準備をやります。用意したい物がありますので、登美子さん一緒にいいですか」
「分かりました。何なりと、仰って下さい」
幸恵の側を離れ仙人の前に立つ登美子。
「では、一旦1階に下りましょう」
静かに頷くと、先に部屋を出る登美子。続いて部屋を出る途中、後ろから
「お母さん、この水しょっぱい」
「わがまま言わないで、大事なものだからね」
「は~い」
親子のやり取りが聞こえ、思わず顔が綻ぶが、直ぐに引き締めて部屋を出る仙人であった。
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