3話 学園祭

井伏との密談サウナから一週間後、あいつからは連絡も無く独りで悩み込む毎日が続いた。


「最近、ぼ〜としてるよ?」

心配そうに俺の顔を覗き込む幼馴染役の女。

……もうそんな目でしかコイツを見れなくなった。

しかし、鏡花(監視係)に俺が以前の記憶を思い出そうとしていると気づかれたらどうなるか分からない。井伏の予想では“ヤバい”と言っていたな。国家レベルでヤバい事をされると考えると、コイツには絶対にバレないようにしなくてはいけない。


そのせいか俺は

「え、まぁ最近夜更かししててな、そのせいだろ」


と上手く誤魔化した。と言っても嘘では無い。知りたくなかった現実に向き合いたくない一心で音楽を聴いていた。


「ダメだよ。健康に悪いし、勉強遅れちゃうよ」

鏡花はいつもの鏡花だった。

でもコイツは井伏の言うとおり監視係なんだ、そう思うとこのやり取りは虚構で茶番だ。バカらしい……。

「ごめん、ごめん」

夜更かしのせいで気だるげになっているという設定の俺と幼馴染という設定の俺を監視する女は自分のクラスの教室に着いた。

「おいおい、相変わらず仲良しこよしだなお前ら」

俺たちを茶化してくるクラスメイトの阿川。お調子者でクラスでは発言権がかなりある人物だ。


「俺たちはただの幼馴染だっての」

いつもようにそう返すが、心做しか自分でも投げやりな返事になってしまった。


「ん? なんか今日は元気無いな」


阿川が不思議がっていると鏡花は“至は不健康な生活をしてるから疲れてるの”と俺の方をチラ見しながら小馬鹿にしてきた。


あのことを知らなかったら、きっと……。

素直に笑えていたと思う。


「よしなさいって」

昔懐かしのツッコミをするので精一杯だった。



鐘が鳴り、気づいたら6限目に突入していた。


「はい、じゃあ何やるかって話だけど。俺はお化け屋敷が良い、断然にな」

黒板の前に阿川が立っている。

黒板には出し物と書いてあった。

「あ、至起きた? 今学園祭の準備してるの」

隣から鏡花の声がした。そういえば席、隣だったな。


「え、ああ……」

口にヨダレが着いていた。

(寝てたのか、俺)


鏡花が言うには今、学園祭でのクラスの出し物を決めている最中らしい。

黒板に目をやると、演劇やら喫茶店やらダーツバーやら輪投げやら、色々と案は出揃っていた。


「至はどれがいい?」

「俺はなんでもいいよ、それにどーせ声のデカイ阿川がやりたいようにやるんじゃね?」

「まぁ、確かに……。鶴の一声みたいなのは阿川くん得意だもんね」

「だよな……はは」

気づくと俺はいつものように鏡花と会話してしまった。なんでだろう、あんな事を知ったのにまだ笑えるのかよ。


「どうしたの?」


いつもの会話の最中に急に険しい顔になったであろう俺に鏡花は首を傾げる。


「いや、なんでもないよ」


根本的に間違えていたんだ。


「それより今日の1限から5限までの授業ノート見せてくれ!」


鏡花よりも最近出会ったばかりの井伏の方を信じるなんてな。


「もう、しょうがないな」

怒ってはいるが満更でもない様子で机からノートを取り出した。


「じゃあ、お化け屋敷って事で!」

結局、阿川の鶴の一声でうちのクラスはお化け屋敷をやる事になった。


いつの間にか下校時間になり、学校には部活動に励む生徒しか残っていない。

「ごめん、緊急で委員会が開かれたから先帰ってて!」

忙しそうな鏡花を横目に俺はそそくさと下校した。しかし、いつものルーティンのせいか気づいたら中庭のベンチに座っていた。

この下に手紙を置くと井伏は言っていたが、まだ一度も手紙を見ていない。

(今日もどうせ無いんだろ……)

ノールックでベンチの下に手を伸ばすと、何かあった。

(あっ)

手紙があった。

中庭には監視カメラがあるかもしれないから、手紙はこっそりと靴の中に入れて大浴場の中で見ろと井伏が言っていたのを思い出した。


「風呂の時間に見るとするか……」

鏡花を信じようとしていた矢先に信じたくない相手からの連絡、俺はこの手紙の内容でまた迷ってしまうのだろうか。

あいつを信じると決めたのにな……。



脱衣所で服をロッカーに入れ、大浴場の扉を開いた。フェイスタオルを右手に収め、仕切りなっている流し場でフェイスタオルを広げた。

さっきこっそりと靴からフェイスタオルへ手紙を移動させておいたのだ。

四つ折りになっている手紙を開いて、内容を確認する。

手紙にはこう綴っていた。


・森に気づかれたかもしれない


要約すると、最近の井伏の行動が監視係の森に怪しまれているという内容だった。

──僕は何とか騙し通す、そしてここを抜け出そうと思う。ここにずっと居たらどうなるか分からない。生かされるか殺されるか不明なまま此処にいるのは怖い。僕は此処を抜け出す。

ショーシャンクみたいな事をしようとしているが彼は一応有罪である、無実の罪で閉じ込められている訳では無い。

そして最後に


・この手紙はちゃんとバレずに処分してくれ


と綴られていた。


ある程度風呂を満喫した後に脱衣所の缶のコーラを飲み干し、その中に手紙を小さく折って入れ、ゴミ箱へ捨てた。


大浴場を後にし、学生寮への道をのんびりと歩く。

真実を知りエスケープする井伏と現実逃避する俺、どっちが正解なのか分からない。


もう少しすれば結果が見えてくるなと他人事のように思っている。

もしも井伏が監視係、そして国家にバレたら俺の事も自供して俺も共犯って事で何かされるのかな……、とぼんやりと最悪のシナリオを浮かべる。すべて杞憂で終わるといいなと少し肌寒い秋の夜風と少し星が見えやすくなった夜空を見上げながら考える。


翌朝、いつも通り鏡花と教室へ入ると何だかクラスが盛り上がっていた。朝なのにみんな元気で和気あいあいの渦中であった。黒板に目をやると学園祭の出し物であるお化け屋敷の役割分担が書かれていた。主体的に動くと面倒なので俺は何でも良かったし、下っ端で結構だった。俺の名前を見ると、

・買い出し 江藤 国木田 三浦

(俺は買い出しか)

買い物に行くだけなので基本的に楽は楽だが、街へ行くのが面倒だな。

何せこの学園は山の中にあり、山を出ても田んぼ田んぼのオンパレード。そこから30分くらい歩いて電車へ、そこで一時間くらいで街へ着く。

(少しばかりの大冒険って事で、まぁいいか)

俺が心の中で許容した所で、鏡花が阿川の所へ駆け寄る。

何か話しをし始めた。

「あー三浦? お前そうだったのか、ゴメンな」

阿川が俺の方を見ながら申し訳なさそうに謝った。

どういう事だ?

鏡花が何か言ったのか。

鏡花の方を見てみると話を合わせてくれとウィンクをしていた。



「至が江藤と国木田の事を怖がっているから違う役割にしてくれ」

鏡花は阿川にそう言ったらしい。

「何でそんなことをすんだよ」

正直予想はつく。

外の世界を見てしまったらどうなるか分からないからな。

記憶が戻ってしまうかもしれないし、それに半日俺を監視できなくなるしな。

そんなことが分かってもなお、俺は鏡花に聞いてみた。この道化師が何て言って俺を誤魔化すのか気になる。

「えー……」

コイツは恥ずかしそうに言葉を絞り出した。

「いやぁ、まあ。一緒にいたいじゃん」

井伏と出会わなかったらキュンキュンしていた。

残念ながら俺は真実を知っている。しかし、またもや考えてしまう。


井伏の方が道化師なのでは無いか?


いや、ダメだ。雑念が入りすぎる。

とりあえず照れた振りでもしよう。

「なーに言ってんだっての……」

照れる振りのつもりかマジデレのデレを出し、リアリティを演出するのに成功。俺は井伏のように気づかれたりしない。

「まぁ本当はね、私の担当がメイク班でね……」

本当は同じメイク担当班の子と鏡花が仲が悪く気まずかったので俺を入れることにより気まずさを緩和させたかったらしい。

先程のは冗談だったのか。

「ホントはそれかよ……」

「なに、期待してた?」

鏡花はイタズラな笑みを浮かべるが、これは果たして偽物なのか。

この顔、この瞬間だけは本物であってほしい。


放課後、メイク担当になった俺たちは買出し班に必要なものを伝え、その日は作業終了した。

喉乾いたなと、鏡花を始めメイク担当の奴らが言い出した。自動販売機でジュースを買いに行く流れになり、せっかくならジャンケンで買いに行く人を決めようとなった。

結果から言うと俺がぼろ負けし教室から中庭の端にある自動販売機へ一人で向かった。

(烏龍茶、コーラ、ソーダ、力水……)

全て買い終えると、そういえば中庭にいるのだから井伏の手紙があるかチェックしようと思い、休憩がてらベンチへと腰かける。

まぁ、滅多に手紙は無いからな。この前のでやっと来たからな、と思いながらベンチの下へ手を伸ばす。

手紙はあった。


また大浴場まで我慢するのか。

流石に学校内は監視カメラが無数にあるだろうと思うので、また大浴場で読むとしよう。




ジュースを教室へ運び、班のみんなで和気あいあいと仲を深めあった。


その後、夜中脱衣所にてフェイスタオルに手紙を忍ばせ、流し場で人目が無いか確認してから手紙を開く。


───俺は知りすぎた


赤黒く塗られた箇所が多々ある手紙、殴り書きしたような筆跡。


まずいことになった……。

井伏が言っていた。

最悪、殺処分されるかもしれない、と。




最悪のシナリオが始まるかもしれない……。






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