2話 三浦至
大浴場に着いた。
男子生徒のガヤガヤとした声が聞こえてくる。脱衣所のロッカーに衣服と貴重品を詰め込んで、いざ入浴。
(はぁ〜……)
体を洗い終えて、浴場へ浸かる。
先程の謎が少しどうでも良くなってきた。今だけは何も考えずに疲れを取ろう、夢の中の映像と鏡花の事は後でフルーツ牛乳を飲みながら考えよう。
「……三浦至くんだよね?」
俺が浴場でくつろぐ中、見たことない男子生徒が俺の隣に座ってきた。筋肉質で少しばかり圧があるような雰囲気だ。
「な、何?」
「僕は井伏マサシ、隣のクラスだよ」
井伏……。名乗られても知らない、俺は社交性の無い人間であるからして、隣のクラスであろうと覚えてはいなかった。
「ごめん、俺君のこと知らない……」
正直に話すと彼はにっこりと笑う。
「そっかそっか、まぁ体育と芸術選択しか一緒にならないしね、覚えてなくても無理は無い」
「それで、何か俺に話でも?」
この友達の少ない俺に話しかけるのは大体鏡花を紹介してくれという仲介業者さながらの頼みばかりだ。
「いや、その……。ここだと人目に付くからサウナへ行こう」
にこやかな顔から打って変わって、真面目な表情に変わり俺の手を掴んだ。
「誰も見てないよね……」
周りを警戒しているのか、キョロキョロと辺りを見渡している。こいつも今日の鏡花のような隠し事を背負っている感じがした。
「ささっ、入って」
塩サウナルームへ誘導されていた。
「フィンランドサウナルームはいつも混んでいるし、塩サウナならいつも閑古鳥だからね、じっくりと話せる」
“じっくりと話せる”に色んな意味が含まれるのでは無いかと、この時俺は感じ取った。
「じゃあ、まず何から話そうか。えーと……」
井伏は話したいことが沢山あるようで、頭の中で整理整頓をしていた。ある程度、整理出来た所で神妙な語り口で俺に問うた。
「君は、どこまで知ってる?」
「ん?」
まず、分からない。もし仮に井伏が今日の俺の夢の中を知っていたら、多分それに関する事だと思うが、まだ確信が持てない。
「いや、ごめん少し抽象的すぎたね。はは」
自分の問いのつたなさを自嘲した後、彼はもっと具体的な事を聞いてきた。
「君は以前の記憶を思い出したかい?」
確信が持てそうだと、この時俺は思った。
「その顔は、どこか心当たりあるんじゃないか?」
顔に出ていたのか、彼に見破られたらしい。
「いや、まぁ正直に話すと俺は今日の夕方、夢を見たんだ。未成年の犯罪のニュースかな、それとカメラのフラッシュ音と……」
俺は井伏に夢の内容を全て話した。正直、全部話していいのか迷った。さっきの鏡花のように適当にはぐらかして、冗談に持っていくのも良かったが、彼の顔を見ると何故か信用出来るというか、同じ匂いがした。
「なるほどね。やっぱり」
井伏は眉間に利き手の人差し指をくっ付けて、考え事をしていた。俺の発言でパズルのピースが一つハマったようだった。
「僕の事についてまず話しておくよ」
井伏の独白が始まった。
・井伏マサシという記憶を持っているが、本当の自分(以前の自分)の記憶は別にあり、ずっと忘れていた。
・この前、本当の自分の記憶を思い出した。調理実習の時、焦げた魚と包丁で誤って指を切ってしまったクラスメイトの血を見た時に脳裏に身に覚えのある映像が再燃焼された。微かに思い出した血塗られた手、近くには凶器であろう金属バット。
・井伏マサシ。いや、以前の記憶である 村上アキヒト(15)はクラスメイトを殺害した。
・事件の内容は詳しくは思い出せていないらしいが、いじめられっ子の村上アキヒト(井伏) はいじめを終わらせたい為にいじめっ子3名を殺害した。
・おそらく記憶を変えられ、植え付けられてここの生徒として生活させられている。
「……なんて言うか、その」
俺は鳥肌が立った。目の前にいるのがそんな残虐でおっかない奴だと知ったから、
「びっくりしただろ? でも君もその部類だ」
(ん……)
井伏の話を聞いているうちに俺もそうじゃないかと勘づいてはいた、だが、
「俺も……犯罪者なのかな」
認めたくは無かった。自分が井伏のような事をして、記憶を変えられ、こんな所にいて生活しているのがもう……。
「初めはびっくりするよね」
井伏は慰めの言葉を投げ掛けてくれるが、俺はそれどころじゃない。あれは俺なのか。
「────この井伏マサシの記憶と村上アキヒトの記憶が同居しているけど、このままで済むのかな」
「ど、どういう事だよ?」
意味深な事を言うな。怖いだろ、もう既に怖いけど。
「井伏の方の記憶が消えて、僕が完全なる村上アキヒトに戻ったら僕は逮捕されるのかな」
「逮捕? 」
「だって僕は殺人の経験があるから記憶を消されて、ここに居るわけだ、だったら記憶が戻ったら誰かに逮捕されるのかな」
「誰かにって誰だよ……」
「政府かな」
まさかの敵に驚いた。あまりにも大きすぎる敵だ。
「……政府、は?」
「スケールが大きくて頭が混乱しそうだけど僕もそうだ。でもね、こんな事ができるのは国家レベルだと僕は思うんだ」
井伏の考察が始まる。
「まず、僕らのような犯罪者を国家は邪魔に思っていて、記憶を消した。そして、新たに記憶を植え付けた、以前とは違う殺人衝動の無い平和な人格付きでね。そこでこの学園に閉じ込めて観察している、というのが僕の考えだ」
井伏は自分の少し不思議な考察を難しい顔で聞いているであろう俺に続いて説明する。
「観察するのは、主に監視カメラだ」
「え、って事はここ監視カメラあるんじゃ……」
「安心して、以前4回に分けて調べたけど無かったよ、流石にお風呂はプライバシーだから無いね」
「そっか」
ホッと、俺が安心していると釘を刺す用に井伏は鋭い一言を言う。
「そして、監視カメラとは別に監視係がいる」
その言葉から連想されたのは信じたくないものだった。いや、まだそう思いたくは無い。
「監視係?」
「いつも一緒に行動している人、周りにいないかい? 恐らくそいつが監視係だよ」
確かに新しい記憶という言葉から“あいつ”の存在に疑念を少し抱いていたが、まだ信じたい。
「僕は周りにいる。一人ね、同じ部活の森豊太郎って人。いつもくっ付いて、二人で馬鹿やってるよ、井伏マサシとしてね」
「……」
俺の周り……。
「記憶を思い出した後、ずっと今日の予定とかを毎日聞いてきた森が妙に怪しいと感じてね。先月、僕は森が委員会だと言うから先に部活へ行ったフリをして、森の後をつけた。なーに、監視カメラに気をつけてね」
そこで偶然廊下の突き当たりでとある女子生徒と話をしていたんだ」
とある女子生徒……その言葉に不安を覚えながらも俺は話を聞き続ける。
「遠目見ていたけど、どこのクラスか分かったよ。その子も怪しいと感じた森の仲間だと思ってね、それでこっそり後をつけるとその女子生徒は君と仲良く下校していた」
!!
いや、まだ驚くところじゃない。
話を最後まで聞くんだ、まだ“あいつ”は関係……ないんだ。
「そうそう、小山鏡花だよ。君の幼馴染の」
最後のこの一言で顔から汗が止まらなかった。嫌だ、監視する為に俺に近づいていたのか、監視する為に幼馴染を演じていたのか。
「この小山鏡花について僕は調べた、というか聞き込みをした」
「いつも幼馴染の三浦至にべったりとくっ付いていて、世話女房で絵に書いた幼馴染だとみんな言っていた」
「なに、怪しまれないように僕が小山鏡花を気になっている体で聞き込みをしたから大丈夫」
何が大丈夫だよ、と思ってしまったが彼は俺のためを思って言っているので何も言えず、ただ現実に心を一部くり抜かれ、ぽっかりと汚い形の穴が空いたような後味の悪い現実の知り方だった。
「そこで小山鏡花を怪しく思っていた僕は森同様彼女も監視係だと思って、いつも一緒にいる君と接触を図った、そして今に至るんだ、三浦至くん」
最後のはダブルミーニングを交えた言葉遊びのつもりだろうが俺は知らなくていいことを知り、悲しい気持ちでいっぱいだ。また顔に出ていたのか、井伏は俺に言葉を掛ける。
「僕に打ち明けてくれて良かったよ、以前の記憶が戻ったと、監視係に言おうものなら君はヤバかったかもしれない」
「ヤバい?」
俯いた俺に続けて彼は忠告した。
「監視係に記憶が戻ったと勘づかれたら僕らは最悪殺処分されるかもしれない、最悪の場合だがね、でも気をつけるんだ」
確かに相手は国家だからな……。
はぁ……。
井伏という友達が出来たが、それにより失うものがあった。
鏡花……。
サウナ後のシャワー室で井伏から最後に伝えられたのが
「これからは手紙でやり取りしよう、スマホでは多分バレる。ネットワークが監視されてるかもしれないからね」
何かあれば井伏は中庭の一番右側のベンチの下に手紙を置くと言われた。
これからは中庭に行くのがルーティンになりそうだ……。
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