1話 寄宿学校

夕焼けに染まる教室の中で、俺はただ一人読書をしている……というよりも本を開いて、ぽかんとしていた。太宰治の「人間失格」と俺はにらめっこをしている、昔の小説だからか知らない言葉、知らない職業が書いており、さっぱり分からないのだ。

読書に集中していないせいか、外から部活動に勤しむ少年少女の掛け声が聞こえる。

(部屋に戻るとするか)

「人間失格」を閉じて、机の中にしまい、教室を後にした。その後、階段をある程度下ると、下駄箱が見えた。上履きからスニーカーへ履き替えると、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。

「いたる〜、待って!」

俺のところまで駆け込んできたのは俺の幼馴染である小山鏡花だった。

「委員会終わったの?」

そういえば、今日こいつ委員会だったよな。

「うん、ちょうど今終わったから帰ろうと思って」

それなら一緒に帰ろうか、という誘い文句無しで俺たちは一緒に帰れる間柄だ。なぜなら幼馴染だから。これほど素敵な間柄は無い、義理の妹の次に素敵な間柄だ。いや嘘、本当はスクールカースト一軍と三軍の格差の中での愛を育む間柄!

「なんかキモイ事考えてる?」

俺たちは下校した。



とは言ってもここは寄宿学校。

彩色清学園、山を開拓して建てられた高校だ。

そのせいで周りは森に囲まれている。それだけではなく森を抜けたところで、見えてくるのは辺り一面田園風景だ。

娯楽が無いと最初の頃は感じてはいたが、いや、正直あまり覚えてはいないが、生徒会の政策により学校内にカフェテリアが出来たらしい。俺はまだ行ってないが、なかなか好評だと鏡花が言っていた。

「そういえば、あのカフェって何があんの? コーヒー以外に」

思い出したついでに聞いてみる事にした。

「えーとね、最近はドーナツとかシュークリームとかあるよ」

「へぇ」

頑張ってるな、学校も。

「今度行ってみる?」

鏡花は目を輝かせて俺を誘う。

「まぁ、混んでなかったら」

「おっけ〜」

高校一年の秋、こんな風に過ごしている。正直、友達は少ないが幼馴染のコイツが居るおかげでどうにかなっている。社交的な鏡花の周りにはいつも人がいる。その縁で俺も仲良くなったりしていて、まぁ何とか高校生活は“楽しい”の部類には入ると自分では思う。



男子寮と女子寮の分かれ道で俺たちは“また後で”と交わした。

自室に入りベットへダイブした。時刻は5時半くらい。食堂の晩飯開始時刻まで1時間くらい時間があるので一眠りしようと目を閉じた。



「カチャカチャカチャカチャカチャ」

無数の光と共に緊張感の走る音が体に染みる。大勢の人が俺に興味津々な映像が流れてくる。その後、白い部屋に優しそうな大人と凄く怖そうな大人が交互に現れた。

(は? なんだこれは)

不思議な空間に俺はいて、何故かそれを自然と受け止めている。そうか、これは夢だ。そう確信した俺は続けてその夢を観測しようとした。面白半分ではあるが、その実この空間から見える映像に何故か懐かしさがあるというか既視感があった。

じっくりと眺めている内に気づいてはいけないものが見えてしまった。

「少年複数が​───」

「​───と供述しており」

「未成年(15)未成年(17)未成年(16)未成​───」

ニュースの画面が見えた。

最初映った無数の光とあの音は、マスコミのカメラのシャッター音、あの白い部屋は鑑別所か……どこか忘れてしまったが、とにかく俺を更生させようとした所だ。

(やばい、まずは早く起きないと)

夢の中で起きようとした瞬間、いつも横になる時に見る風景が見えた。ベットの横にあるテーブル、その上には昨日飲んだジュースの空きペットボトル。起きれたんだと思い、立ち上がろうとするも身体が動かない。

(金縛りかよ……ったく)

こんな時に金縛りにあっている訳にはいかない。早く調べなければならない、あの夢の中の映像とそれに関与している俺、そして俺は……俺は何なんだ?

身体が動かない中、考える事しか出来ない為、夢の謎は俺の頭を駆け巡った。

あのニュース画面とカメラのシャッター音とその光の体験をしているだけで俺がそのニュースの容疑者だとは簡単に結びつけるのは安直だが、ニュース画面に映っていたバックの背景には見覚えがあった。新しくなった駅やビルだけが進化して、商業施設はシャッター街になり寂れた側面を見せるようになったあの街、俺は以前ここに住んでいたような気がする。

そもそもだ、高校に入るまで俺はずっと何かを中途半端にやって、途中で投げ出して、何も成し遂げられない、何も吸収できない男だった。正直今もそうだが、のほほんとテキトーに暮らしていた。でもそんな記憶とあの街は全然俺の中ではリンクしない。噛み合わないのだ、記憶が。

分からない、いつもの俺はどうしてたんだ。あの街にいたのだろうか。それで中途半端に暮らしていたのだろうか。中途半端に暮らして時々俺を叱ってくれて慰めたり、どこか遊びに誘ってくれた​───あいつ……。



小山鏡花、俺の幼馴染のはずだよな?

一度疑ってしまったら、もう手遅れだ。

何なんだあいつは俺の記憶にいたのか?

それともなんだ、あれが俺の前世の記憶で、俺は前世で犯罪を犯したのか?

誰の記憶なんだ、一体……。


疑念に抱かれ続かれた俺はいつの間にか眠りについた。


ポツリ、ポツリ


と音が聞こえた。

目を覚まし、音の先を辿ると部屋の窓に視線がいった。窓に小石が投げられている。


窓の外を見ると、鏡花がいた。

外は暗くなっていて、スマホを確認すると時刻は午後8時を過ぎていた。

鏡花は俺に何かを伝えようとしていると察し、窓を開けた。

「ご飯終わっちゃったよ〜」

あ、しまった。あれからもうそんなに経ったのか。

「やっちまった……。飯抜きナイトになっちゃった」

俺が後悔していると、鏡花は不敵な笑みを浮かべている。

「じゃじゃーん!」

鏡花はリュックからビニール袋を取り出し、俺に見せびらかした。

「パンとヨーグルトとジャム持ってきたよ」

どうやらそのビニール袋の中に入っているらしい。

「おお、ありがとな」

正直、セレクトが朝食っぽいのは気になるが、俺の為に取っておいてくれたのはありがたい。

「ここに置いとくから、お風呂行く時に拾って」

時刻は午後8時43分、男子の風呂の時間は9時からだ。ここから男子の大浴場まで歩いて10分くらいか。

「今行くから待っててくれ」

地面に置かれるのは少々気にしてしまう。潔癖症では無いが、何か嫌なのだ。

部屋を出て階段を降り、男子寮の玄関に着いた。

「はい、これ」

鏡花から朝食風な晩飯を貰う。玄関前の下駄箱には大浴場に行く為に靴に履き替える男子達が何人かいたせいか、俺とコイツの取引現場をチラチラと見ていた。

「じゃあ、俺は風呂行ってくる」

男子達に見られるのが恥ずかしくなった俺は取引を引き上げ、大浴場へ向かう。

「あ、待って」

その刹那、鏡花は呼び止める。

「さっき食堂来なかったけど、どうしたの?」

鏡花は神妙な顔つきで言う。俺を心配しているのだと思った。

「いや、何か変な夢を見たというか……」

ありのままを話す俺にコイツは俺の顔を覗き込むように食い気味で、

「変な夢? どんな夢なの、」

そんなに真剣に聞く話では無いだろ、と思いつつ俺はザックリと夢の内容を話した。

「俺の前世を夢で見たんだよ」

「え?」

鏡花は目を丸くし、驚愕……とまではいかないが驚きを隠せないでいた。

「それがどうしたんだよ」

脳天気な返事を返したが、コイツの反応を見ると何か言ってはいけないことを言ってしまったと感じる。あの夢の中で、コイツは本当に幼馴染なのか疑問に思っていたが、この反応を見るに、少しばかり疑ってしまう。何か俺に隠していると俺は考え、この話をあまり大事にしたくなかった俺は、

「江戸時代で無事になって大政奉還に貢献する夢だよ」

芝居がかったように冗談っぽく、これが話でオチですよと分かりやすくふざけた。

「……」

「なーんだ、そんなことかっ」

鏡花は一瞬フリーズしたが、これがまるで安全な話だと分かるといつもの元気な女の子の顔に戻った。

「じゃあ、風呂もうすぐだから。行ってくるわ」

玄関先から鏡花と別れ、大浴場への道を歩いて頭の中を整理した。

鏡花、あいつはなにか俺に隠し事をしている。それは絶対だ。


後ろから視線を感じる気がする。

これを振り返ってしまうと俺は何かヤバい事に巻き込まれると思った。

風呂に浸かりながら、考えなくてはならない。



夢の中の映像と鏡花の隠し事について。





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