人の手を渡った物品Xの場合

【シュトラウス】

【ソノシート】

 >【太鼓】

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【アセアン】

 >【ヘシカズム】


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 これは、奈良のとある神社に奉納されているとある太鼓にまつわる話である。


 時は唐の時代、西域との境からはるばる長安までやってきた一人の青年がいた。青年には異民族の血が混じっているのか、彫りの深い顔に大きな鼻。そして漢人とはまた異なる、夜の砂漠を思わせる瞳をしていた。


 彼はいわゆる景教(キリスト教)徒である。その信仰は彼の父親の父親の母方の祖父から受け継がれたものであったが、その始まりはキリスト教ネストリウス派の宣教師である、父親の父親の母方の祖父の父からもたらされたものであった。つまり、彼の血と信仰のルーツはペルシアに有るわけだが、その来歴は伝えられることなく、ただ信仰のみが彼まで受け継がれていた。


 彼は景教徒として毎朝晩に祈り、戒律を守って生きていたが、さほど経験な信徒というわけでもなかった。実のところ、教理として伝えられた内容の半分も理解はしていなかったし、修行の実践も気が向いたときに限るといった具合であるから、もう少し熱心な景教徒であった彼の父母からは度々たしなめられていたし、この長安行きも大秦寺にでも行って修行に開眼めてこいという意味合いが強かったのである。しかし、若い彼にとって都の景色は景教の教義を忘れ去らせるのに十分なものであった。


 彼は瞬く間に都の喧騒の一部となり、ただ、李とだけ呼ばれるようになった。李は今で言うゴロツキのような一派とつるんでおり、殺人と姦淫こそ侵さなかったものの、その他のあらゆる悪徳に手を染め、故郷の砂の香りもすっかり忘れ果てていたのである。


 さて、李がどこから見てもまごうごとなきゴロツキと成り果てた頃、一人の僧侶に対して追い剥ぎを働いたことがあった。その僧侶は仏教徒であったが、都に信者の多い祆教(ゾロアスター教)や明教(マニ教)、そして景教の信徒に対しても彼らの言葉で等しく仏の教えを解こうとする実践者だったので、追い剥ぎを働いた李に対しても景教徒の言葉で諌めようとしたのである。


「若者よ、御仏の教えでは物を盗むことは未来を捨てて物を拾うことなのです。なのに、どうしてそのような酷いことをなさるのですか」


 僧侶が聞くと、李は鼻で笑って答えた。


「私は景教徒だ。主いわく、人を盗んではならないとしかおっしゃっていないのだから、お前の衣だけは勘弁してやる。せいぜい自分の仏様に感謝するが良い」


 そう言われた僧侶は悲しんでまた答えた。


「あなたの神が盗んだはならないと言った人とは、人の尊厳と自由のことと聞いております。しかし、あなたが今盗んだ仏具も、僅かな財も、私の周囲の人々との縁から生まれたもの。それを盗むことは、あなたの神が隣人と呼んだ人々が私に認めた尊厳を奪うことにほかならないのではないでしょうか」


 それを聞いてカッとなった李は腰に帯びていた剣を抜くと、僧侶を斬り殺してしまう。そうして、最も重い罪を犯してしまった李は長安の闇の中に消えていった。


 さて、これだけならばありふれた悲劇というだけなのだが、奇妙なのはここからである。


 李はねぐらに戻って目を閉じると、僧侶の言葉を思い返した。僧侶から奪った物品はねぐらの端に乱雑に放り捨てられていたが、それが僧侶にとっては縁から生まれたものであるとの言葉が頭から離れなかったのである。それを聞いて改心できるほど彼の人生は達観していなかったが、積み重なった物品を金品に変えてしまおうという気も消え失せていた。


 そこで、数日後。李は僧侶に奪った物品をまとめて布に包むと、夜も暗いうちに僧侶が住んでいた寺の門前において、次のような文を添えた。


「私はこの寺の僧侶から品々を盗んだが、彼の言葉が私からこの品々の魅力を奪ったことに敬意を表して返却するものである」


 そして、また長安の闇へと消え、それ以降の消息は誰も知ることはなかった。


 一方、寺の者たちが朝の務めを果たそうと門を開けたところに置いてあったその包を見つけると、寺は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。最初に見つけた小坊主に誰かそれらしき人影を見なかったかと住職達が問うたが、当然見ているはずもない。しかし、執拗に聞くものだから、小坊主も嫌になって、つい「天狗が空から炎になって落ちてきたかと思うと、炎が消えた後に包が残っていた」と嘘を吐いてしまった。この言葉に僧侶たちは色めき立ち、小坊主も最初は嘘を吐いたことにビクビクしていたが、やがて本当にそんなことがあったような気がして自分から天狗を見たと言いふらすようになったのである。


 そこで、盗まれた物品を包んでいた布を「天狗の包」と呼んで、宝物として保管した。この噂は少しずつ都に広がり、やがて遣唐使として倭国からきた男の耳にも入る。男の名は伝わっていないが、この男の品行の悪さは有名で、諍いを起こしたという記録がいくつか残っている。


 さて、この男が噂の天狗の包を見に行くと、なんともみすぼらしい布であったので、つい口に出してその布のみすぼらしさをなじってしまった。当然、寺の者には面白いわけがなく、男は寺から叩き出されてしまう。すると、その男は腹いせにと、夜中に寺に忍び込み、似たようなボロ布と天狗の包を取り替えてしまった。そうして天狗の包をありがたがっている者共を嘲笑ってやるつもりだったのだが、実際に天狗の包を入れ替えてもあまりにも何も変わらなかったので、仕返しが上手くいった達成感よりも馬鹿らしさのほうが強く、ネタバラシをすることもなくそのまま天狗の包を日本へと持ち帰ってしまった。


 そして、こんな物を持っていても仕方がないと手放そうとしたのだが、そこでまた碌でもないことを思いついた。そして、他の遣唐使仲間に布を見せて、さももっともらしくこう言った。


「これは天狗の包と言って、唐の高僧が天から降ってきた天狗を懲らしめると、天狗が詫びに置いてった布包なのだ。私はその高僧が建てた寺の住職と仲良くなり、これを持ち帰ることができたのだ」


 多くのものは最初は信じなかったが、何人かの遣唐使が天狗の包の噂を知っていたので、やがて色めき立ちこれは本当に本物かということで大騒ぎになる。その中心になった男は天狗になり、ああそうだとも、と布を見せびらかしたが、なにせ見てくれがボロ布であるから皆信じきれずにいた。


 そこで、話し合った結果、とりあえずは本物ということにして、話を書きつけた書をくるんで他の宝物に紛れさせておけば良いということになった。嘘ならば、もとがボロ布だから遊びで書いたものが紛れたのだろうということになるだろうし、真ならば、宝物に違いないからということである。


 そうして、李が適当に見繕ったボロ布は天狗の包として東大寺まで運ばれることになったのである。さて、これを読んでいる諸君はご存知と思うが、東大寺に天狗の包という宝物はない。では、偽物と捨てられたのかというとそれも少し違うのである。


 実は、この遣唐使たちの宝物が収められる前の保管所に、一人の盗人が入った。この盗人は小さな宝飾品などを盗むつもりで入ったのだが、欲をかいて懐に入る以上の品を持ち出そうとしたのである。そこで、なにか手頃な布をと思って手に取ったのがこの天狗の包だったのだ。そして、信じがたいことにこの盗人の犯行は大成功に終わったのである。


 泥棒が大喜びで品々を改めていると、天狗の包の書き留められていた文が転がり落ちた。泥棒は字を読めなかったが、いくらかの字を読める仲間が書に天狗の二文字を認めると、大騒ぎになる。当時、天狗は僧侶が堕落した恐ろしい魔物と思われていたから、盗んだ元が東大寺ということもあり、泥棒は恐れおののいた。


 そこで、近くの神社に来歴を伏せ、天狗の包を奉納することにしたのである。しかし、ただの布を奉納しては怪しまれるということで、泥棒たちは一計を案じた。それは、よそから盗んできた鼓の飾り布をこの天狗の包で仕立てて、曰くのある鼓と言って奉納すれば良いということである。そして、この鼓を天狗の鼓と言って近くの神社に奉納した。


 奉納された神職は鼓の見事さに比べて飾り布のみすぼらしさが気にかかり泥棒に訪ねたが、泥棒はあらかじめ考えてあってこう言った。


「この鼓は私の祖父の祖父の父が、山の中で天狗にさらわれ、食われそうになったのを踊りの芸で切り抜けた際、天狗から褒美として遣わされたものなのです。人に譲るまいと思っていましたが、このところ悪事が続き、もしやこの鼓の霊験なのではと不安になって川に流しました。ところが、何度川に流しても次の日には家に戻ってきて、鼓以外の部分がボロ担っていくのが恐ろしくなり、こちらを頼ったのです」


 それを聞いた神職は泥棒の語り口の上手さにすっかり信じ込み、天狗の鼓を引き取ってしまった。しかし、所詮はでまかせ話であるから、やがてその由来も伝わらなくなり、今ではその鼓がなんと呼ばれていたかもわからぬまま、その神社にはえらく古い鼓として収められているばかりになってしまったのである。


 そうして、その鼓は長いこと奏でられることもなく、皮肉なことに、景教徒が修行で目指したような静寂の中でただそこにあるのだという。


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 一言:みたいなことがあったら面白そうですね。

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