ハルカミライのSの場合
>【唯心】
>【鉄面皮】
【ノ・ムヒョン】
【ネルボ】
>【弁慶六指】
【フュージョン】
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ヘテロ・ジェネレーション・ネットワークに連なったサイバー・ボードゲーム・スペース上に2アカウントのプレイヤーが接続していた。プレイヤー・アルファは意識をネットワークに接続してからのクロックワイズ・エイジがおよそ5.314e+18 wcs、ビョウ-イヤー換算で 18年ほど経過したニュービー・クラス。対するプレイヤー・オメガはクロックワイズ・エイジ 1.635e+19 wcsとプレイヤー・アルファの 3倍ほどの時間を過ごしたベテラン・クラスである。
通常のアカウントが接続するベーシック・ネットワーク上ではこれほど異なったクロックワイズ・エイジのユーザーが敵対的インタラクティブを行うことは稀である。かつてあった原始的スピリット・ネットワーク・サーバー、当時の言語でSNSと呼ばれたコンテンツではアノニマス・ユーザーたちが粒度の低いイヤー・エイジによる大まかな区別の垣根を超えて異なるイデア・コミュニティ間の絶滅戦争を行っていたが、その野蛮さが人類から失われて久しい。
失われたと言うと語弊があるかもしれない。厳密に言うならば、この生得的な野蛮さをより管理された形で発露させることに成功したと言うべきだろう。サイバー・ゲーム・スペースもその手法の一つで、生体ニューロンネットワーク上のあるグループに属するモードはこのスペース上のインタラクティブ・アクションによって抑制される。
しかし、このようなサイバー・ゲーム・スペースは相対誤差10 %程度のクロックワイズ・エイジ間で共有されるのが常であり、ここにいるアルファとオメガのようなアカウントがマッチングすることはありえないことであった。ありえないことが起きる以上、そこには理由が存在し、ここでの理由はこのサイバー・スペースが通常とは異なるヘテロ・ジェネレーション・ネットワークに接続されていることである。
ヘテロ・ジェネレーション・ネットワークは本来教育的目的に用いられる WEB5.0の仕様で定められた集権型仮想単方向ネットワークであり、ゲーム・スペースのような敵対的イタラクティブ・アクションに使われるものではない。使われるものでないものが使われている以上、やはりそこには理由が存在し、ここでの理由はこのネットワークがいわゆるグローバル・イントラネット・システム上に構築された WEB3.0相当のダーク・ネット上に存在するエミュレーションであるためであった。
このような旧世代のシステムを使うものはギークかマフィアン・コミュニティであるが、今回の場合は後者である。形としては、プレイヤー・オメガが所属するマフィアン・コミュニティのイントラネットにプレイヤー・アルファがゲストとして招待された形だ。
「さて、ずいぶんと威勢の良いお嬢さんですが、元金はお持ちで」
「当然よ。御覧なさい」
プレイヤー・アルファがそう言ってプレイヤー・オメガに送りつけたヘッダー情報には彼女のデータ・クレジット・スペースに安い労働人種が平均実用寿命換算で 4.7個体買うことができるだけのクレジット情報が励起されていることを示していた。
「結構、それではゲームを始めましょう」
そう言うと、プレイヤー・オメガはボード上にヒラメのようなマス・ストラクチャーを形成した。このゲームはグルオ・ジュウロクムサシと呼ばれるゲームで、原始的グローバルネットワークが存在しなかった時代にある島国で流行っていた、ベンケイムサシ、あるいはジュウロクムサシと呼ばれるゲームに幾つかのルールを足したものである。追加されたルールの中には距離の概念が重要になるものも存在したが、根本のルールは子が親を動けなくすれば子の勝利、親が子のコネクションを切断し子を排除することによって子が閉じ込めの手段をなくせば親の勝利というバニラ・ルールから逸脱していない。
「ハンデとして、私が親を引き受けましょう。せいぜい皆さんを楽しませてください」
その言葉にプレイヤー・アルファは憤怒のアニメーションを送ったが、プレイヤー・オメガはどこ吹く風である。バニラのジュウロクムサシは零和有限確定完全情報ゲームであり、最善手による勝敗が子に収束することが早い段階で知られたゲームの一つであった。その傾向はグルオ・ジュウロクムサシにも引き継がれており、子が有利なゲームであることもまた知られている。
あえての不利を背負うプレイヤー・オメガにオーディエンス・ユーザーは湧き立ち、サイバー・ボードゲーム・スペース上にアップリケイトされたギャンブル・プログラム内のプレイヤー・オメガ・フォロー数は数倍へと跳ね上がった。それを反映し、プレイヤー・オメガの放つプレッシャー・エフェクトがプレイヤー・アルファのポピュラリー・パラメーターの相対値を急激に減少させた。
出足を潰されたプレイヤー・アルファも健闘し、一時はポピュラリー・パラメーター・レイシオをイーブン・モードまで押し戻したが、最終的には親を閉じ込めるだけのピースを揃えることができなくなり、ポピュラリーをすべて失い崩れ落ちた。既知のことであるが、ポピュラリーはネットワーク上でのアイデンティティ確率のために重要なパラメーターであり、それを失ったプレイヤー・アルファはエクジスタスを維持できなかったのである。
ネットワーク上からログアウトを強制されるプレイヤー・アルファをあざ笑うオーディエンスもいれば、同情的なオーディエンスもいたが、そのどちらもがプレイヤー・アルファを面白いモンキー・マワシのモンキーとしか見ていなかった。一方のプレイヤー・オメガはヒーローとしてオーディエンスからの称賛を受けていたが、それもまた、モンキーに向けるものと変わらない。
そうしてプレイヤー・オメガがログアウトすると横にはプレイヤー・アルファがリアルボディで立っていた。
「はい、おじさん。ちゃんとショーを成功させたんだから、クレジットお願いね」
その言葉にさも当然のように応えるプレイヤー・オメガ。つまり、なんのこともない八百長だったのである。しかし、プレイヤー・オメガの目には不満が燻っていた。
「あなたの腕前ならば、正規のショーレースで名を成す事もできるはずです。それなのになぜ、このような場所で八百長を行うのですか」
プレイヤー・アルファはその言葉に驚いた様子だったが、すぐに破顔して言った。
「だって、そのほうが楽じゃない。ケツモチもいるし、最低賃金も良いしね。おじさんもそうでしょう?あたしのアバター、鉄面皮だから八百長もやりやすいのよね」
親もいないから、ウデマエ第一ナノも助かるのよねと笑うプレイヤーアルファ、その言葉にプレイヤー・オメガは苦々しげに頷いたが、プレイヤー・アルファはクレジットの残高に頬を緩め、その顔を見ていなかった。
「それじゃ、またご贔屓に」
そう言ってハードウェア・ステーションから姿を消すプレイヤー・アルファ。その後ろを眺めながら、プレイヤー・オメガはため息を吐いた。
「ええ、あなたは鉄面皮ですよ」
そして、ハードウェア・ステーションに貼られた「明るい未来」のポスターを忌々しげに見やると自らも姿を消した。
人類が物質世界の発展を暴走させてから 2.5e+20 wcs後、その発展と没落を反映するように、人は精神世界へと逃げ込み、その精神世界もまた物質世界と同様に堕落していった。それに気が付かず、精神の活動を賛美し、心のあり方を盲目的に尊んでいる。
明るい未来と豊かな夢も昔の話。人類はその肉体も魂も穏やかに死へと向かっていた。
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一言:グルオ・ジュウロクムサシのルールはちゃんと考えてないです……。
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