夢の中で見たRの場合
【六ツ石山】
>【ワインレッドの心】
【大内山村】
>【長命寺】
【エンジャメナ】
>【モホス郡】
================
大河のある所に文明は生まれる。例えば黄河の文明、例えばインダスの文明、例えば、アマゾンの文明。アマゾン上流、ボリビア北東にあるモホス大平原には一見して草原に見える平地が広がっている。しかし、鳥の目を持っているならばここがただの草原ではないことが直ちに解るだろう。大地に引かれた縞模様、不自然に四角形の湖、そしてそれらを結ぶ「水路」の跡。この地には畑を耕し、湖を作るほどの文明があったのだ。
その影を求めて、モホス・プロジェクトと呼ばれる国際プロジェクトが立ち上げられた。そして今、モホスのロマ(居住地跡)を掘り起こす男たち。その中に一人の日本人がいた。作業員たちはロマの下へ下へと掘っていたが、日本人の男はそれに倣いつつもチラチラと農地跡の方角を気にしている。
そんな光景がしばらく続いて後、恰幅の良いゲルマン系の男が缶からを叩きながら作業員の後ろを通る。
「ほらほら、昼休憩だよ。さっさと飯食って昼寝したらまた働きな」
その声に、作業員たちは首にかけたタオルで汗を拭きながらホッと息を吐いた。中には、「監督、今日はもうやめましょうよ。人が働く気温じゃありませんよ」などと愚痴る剛の者もおり、そうだそうだと同調する声もあったが、監督とよばれたゲルマンの男が
「つまり飯抜きで良いってことか」
と何でもないように言うと、不満の声は愛想笑いに変わった。そんな光景が日常のように繰り広げられていたが、日本人だけはサッと食事を受け取りに行くと、一人で黙々と食べ進めていた。
「よう、ジャポーネ。相変わらず無愛想だな」
そう言ってフランス人の男が彼の肩をたたいて横に座っても、男は意に介さない。
「カジタよお、発掘はチームプレーなんだ。もう少し愛想よくしようとは思わないのかねえ」
問われても答えないカジタと呼ばれた日本人に、フランス人は処置なしと首をすくめて自分も食事を始める。
「うげえ、今日も豆の塩っからいスープかよ。いい加減ブイヤベースが恋しいぜ。お袋のカブ煮込みが絶品なんだ」
愚痴をいうフランス人に、カジタが目線を向ける。
「やはり恋しいものかい、ロベール」
「お、そりゃ恋しいね。ボリビアンの料理は豆、豆、豆。俺達の口には合わないさ」
ロベールと呼ばれたフランス人はカジタに顔を向けると、豆を口いっぱいに頬張りながら返す。それを聞いたカジタは視線を皿に戻しながら、唸り声で返事。それを聞いたロベールはカジタの肩を組みながら陽気に訪ねた。
「ジャポーネも国の料理が恋しいだろ。な?」
「ああ、僕も味噌の焼きおにぎりが恋しいな。祖母が味の濃い味噌を白いおにぎりに分厚く塗ってね。囲炉裏で表面がひび割れるまで焼いてくれるんだ。あの香ばしい匂い、懐かしいよ」
「おお、イロリ。日本の暖炉だな。俺達も栗を焼いたりするぜ」
それを聞いたカジタは頷いてロベールの腕の中からするりと抜け出す。あまりに自然なその動作にロベールがたたらを踏むが、カジタはそれに気を止めず、発掘作業と同じ農地跡の方を見た。
「ここの人たちもそうだったんだろうか」
避難の目を向けるロベールだったが、その言葉を聞くと疑問の表情に変わる。何の意図か尋ねるロベールにカジタは遠くを見つめながらつぶやくように言った。
「ここの土器の意匠はどの年代を掘ってもあまり変わらないんだ。つまり、ここで発展したのではなく、発展した文明がここに来たのかもしれない。どうしてここに来たのかは解らないけれど、こんな大規模な遺構が残るぐらいだから、それなりの人数がいたはずだろ」
「まあ、流入が正しければそうなるな」
訝しげなままのロベールに振り返ると、カジタは彼の目を見つめて言った。
「この土地に根ざした人々は何を食べていたんだろうか」
「何ってそりゃぁ、豆じゃないのか?ボリビアンと同じによ」
「どうしてそう言い切れるんだい」
そう聞き返されたロベールは言葉に詰まる。それを見てか見ずか、カジタは続けた。
「魚や貝、動物の骨の遺物は大量に出ている。けれど、人口湖が漁獲のためだけに作られたとは思わない。あれだけの物が必要な作物を作っていた気がするんだ」
「なんだ、トウモロコシでも育ててたってのか?マヤじゃないだぜ」
それにカジタは首を振ると、解らない、と告げた。
「今まで出た土器には付着物がなかった。農作地を掘っても、種は残っていないだろうし、農具で大雑把なあたりしかつけられないかもしれない」
けれど、と続けて
「もしもあの場所で葡萄を作っていたとしたら、ここの人々は」
「ローマ人が来てたって言いたいのか?」
「当時のローマは大国だ。この奥地まで進出していたとしてもおかしくはないだろ?」
「他に富んだ土地なんていくらでもあるのに大西洋すら超えてここまで?ありえないね」
鼻で笑うロベールだったが、カジタは特に反応もなく天幕へと入っていく。
「おやすみカジタ。せいぜいワイン色の良い夢を」
笑った声を背に、カジタは天幕をくぐると目を閉じる。そうして、故郷の長命寺参道の夢を、彼のワインレッドの心が見ていた。
================
一言:聖徳太子伝承キリシタン由来説はちょっと好きです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます