Bさんから聞いた少年の場合
【山崎製パン】
>【エメトフォビア】
【三重県】
【森田村】
>【薬包】
>【ニアメ】
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人の腹にあるものなど解らないと人は言う。しかし、少なくとも物理的にはそれを知ることなどワケはない。こうして腹を殴られれば、この通り容易く衆目の下へと引きずり出すことができるのだから。
周囲から聞こえるお決まりの嘲笑を子守唄に、今日も僕は午睡へと落ちていく。けれど。ああ、けれど君。世界地図を前に笑いあった君が、どうして同じ笑顔で今僕を笑うんだ。その理由が知りたいのに、瞼は僕の願いに逆らって闇をもたらした。
そして、僕は夢を見る。君と出会った頃の夢を。
あれは僕たちがハイスクールの2年目になった頃だっただろうか。クラス替えで級友の8割が見知らぬ顔になってから一月ほど、学校の図書館で書棚を探していると、隣りにいるのが同じ組の人間だとほとんど同時に気がついたのが縁の始まりだ。君は自分のほうが早く気が付いたといつも主張していたけれど、僕が思うに君のほうが2秒は遅かったはずだ。
これもなにかの縁といくらか会話をして、二人共が地理の課題に使う本を探していたと解ってからは、協力して課題を進めようということになるまでそれほど時間はかからなかったように覚えている。
そうして課題を完成させたころには、僕はすっかり君のファンになっていた。僕はクラスの片隅で本を読んでいる、陰気な男子だった。けれど、君は常に堂々として。同学年のみならず、上級生にも可愛がられ、下級生に頼られる人気者。だから、正直に言えば君のことは好きじゃなかったんだ。僕に持っていないものを全て持っている君が理由もなく嫌いだった。けれど、話をしてみて得心したよ。君には人を引き付ける魅力がある。そいつに僕もまんまとやられたんだ。
けれど、不思議だったのは、君があれから僕によく構うようになったことだ。昼休みになれば週に一度は僕を食事に誘ってくれたし、陰気な僕にちょっかいを掛ける級友を毅然として諌めてくれたこともあった。どうして僕に構うのかと聞けば、ほがらかに笑ってから僕を気に入ったからだという。
その笑顔を始めてみた地理の課題、ニジェールのニアメのレポートが僕にとってはどうしても印象に残ってしまうのは仕方のないことだろう?あのレポートから先、勉強も楽しくなって、この前のテストでついに、君は5位、僕は3位だ。この成績も君のおかげだし、僕がトップ3に入ったことを君は我がことのように喜んでくれた。
それなのに、君、ダニエル。どうして君がその笑顔で僕を殴りつけるんだ。わからない、わからないんだ。教えてくれダニエル。
そう思った所で目が覚めた。
瞼を開けば、黄ばんでしまった養護室の天井が見えた。
顔だけであたりを見回すが、当然ダニエルの姿はない。どうせ今回も病弱な僕が吐き気をもよおして気絶した事になっているんだろう。ダニエルは教師の信頼も厚いのだから。
寄宿制のこのハイスクールでは、体調を崩す人間のチェックはそれなりに厳しい。けれど、腹の殴られた痕を隠せる程度にはダニエルの人望が強いのか、僕の価値が低いのか。
「先生、寮に戻っても?」
奥で書類とにらめっこをしてる女教師に声を掛けると、生返事とともに手のひらが振られた。彼女のこのサインは「好きにしなさい」のサインだとここ数ヶ月の経験で身にしみていたから、挨拶をして養護室を出る。そのまま寮室への道を歩いていると、後ろから腕を軽く引かれた。そちらを見てみると、小太りの男の子がおどおどとした様子でこちらを見ている。
「君は確か、同じクラスの」
「うん、そうだよ。バウマーだ」
「ああ、バウマー。それで、なにか用?」
バウマーと名乗った彼は口をもごもごとさせていたが、 10秒ほど待つと意を決したように小声で僕に囁いた。
「君、テストで手を抜いた方が良いよ」
思わず僕はバウマーに聞き返した。何故って、彼にそんなことを言われる筋合いはないからだ。
「僕のテストは僕がやりたいようにやるさ。順位を上げたいなら、こんなことしてないで、自分で勉強しろよ」
「え?あ、うあ、違くて。その、……」
「なんだ、はっきりしない奴だな。もういいよ、じゃあな」
そうして後ろをふりむいた僕をバウマーの声が引き止めた。
「ダニエルのことなんだよ」
「なんだって?ダニエルがなんだって言うんだ」
そう問い詰めると、また口ごもるバウマー。いらいらしてこいつの肩を掴むと、彼は方を跳ねさせて、小声で話し始めた。
「ダニエルは、勝つのが好きなんだ。自分より上がいるのは知ってる。だけど、それはべつに良い。そのうち抜いてやるって思ってるんだ」
「ああ、ダニエルの魅力的なところさ」
「だけど、ダニエルは負けるのは嫌いだから、特に自分より下だと思ってるやつに負けるのは嫌いだから、そういうやつを痛めつけるんだ」
それを聞いて僕は何をして良いかわからなくなった。こいつが嘘つきだと決めつけて話を聞かないのは簡単だけど、そうしてはいけない気がして、どうすることもできなくなった。混乱する僕を尻目にバウマーは続ける。
「1年のころもそうだった。僕、同じクラスだから知ってるんだ。そのときの奴はすぐにクサって不良になっちゃったけど、君がずっと殴られてるのを見て、伝えておこうと思って。その、僕、それだけだから」
そう、言いたいことだけを言うと、バウマーは廊下の向こうへと遠ざかっていった。僕はそれを、何をするでもなく見送った。そんな迷子のような気持ちのまま自室に帰り、夕食を抜いてバウマーの言うことをずっと考える。馬鹿なことをと思いたい気持ちはあったが、それ以上に納得した気持ちが強いのが、僕を嫌な気分にさせる。
そんなとき、ふと校長の部屋においてある古いピストルが頭に浮かんだ。校長のコレクションの一つで、薬包といっしょの箱に飾ってあるやつだ。
それを思い出すと、ふと馬鹿げた計画が思い浮かんだ。あのピストルでダニエルを脅して、問いただす計画だ。幸い、もうすぐサマーバケーションで寄宿舎には人が少なくなる。あのピストルをどうにかして盗み出して、ダニエルを一人呼び出し、バウマーの言っていることが本当かをピストルを突きつけて聞く。そんな馬鹿げた計画だったが、このアイデアは僕の中にいつまでも残り、日を追うごとに具体性を増していった。
あれほどの友情を感じていたダニエルにこんな計画を建てられる自分が薄情に思えたが、それを行ったらダニエルのやりようも同じく薄情であることに今更気がつく。それに気がついてしまうともう歯止めは聞かず、バケーションが始まって二日目、僕はついにこの計画を実行に移すことにした。僕の名前で呼んでも彼一人では来ないだろうから、美人で評判の先輩の名前を使って校舎裏の物陰に呼び出す。果たして、彼はそこに来た。
「ダニエル」
「カート、お前なんでここに」
僕の名前を呼ぶダニエルに答えず、僕は質問した。
「ダニエル、君が僕を殴るのは、テストで負けたからかい」
「おい、何を言うんだ。そんなわけがないだろう?」
「ダニエル、ここには僕たち二人だけだ。かつての友情にかけて、本当のことを言ってくれ」
そう言われたダニエルはムッとしたが、すぐに笑顔に戻って言った。
「いや、そんなことは」
けれど、その途中で急に表情をなくすと少し黙る。
「ダニエル?」
「……ああ、そうさ」
いつもより低い声でダニエルは言った。
「お前が気に食わない。カート、お前は俺の引き立て役でいればいいんだ。そうすれば、俺達は友達でいられる」
この言葉で僕の心は決まった。
ダニエルは馴れ馴れしく僕の肩を抱くと、みぞおちに鋭い一撃を見舞う。思わず僕は嘔吐したが、その痛みも感覚も今は対して気にならなかった。
「な、こんな痛いのはお前も嫌だろ。賢い選択をしろよ」
ダニエルの言葉に僕はピストルの銃口を向けることで答えた。
「おい、カート、なんのつもりだ」
ダニエルがなにか言っているが、僕にはもう関係ない。口元の吐瀉物を拭うこともせずに狙いを定める。
「カート、冗談にならないぞ。やめろよ、おい、やめろって」
だんだんダニエルの顔が恐怖に染まっていく。
「やめろ、やめてくれ。頼む、やめてくれ、やめろって、やめろやめろやめろ!」
ダニエルの泣き声に僕の感情は何も動かなかった。
「ダニエル、君はこれで終わりだ」
そう言うと、僕は引き金を引き、炸裂音が響いた。
さて、その後のことを少し話しておこう。ピストルには薬包だけで、弾は入っていなかった。だから、ダニエルは今も生きている。けれど、銃声で集まってきた皆に失禁して気を失っている姿を見られ、そこから芋づる式にこれまでやってきたことが露見してすっかり立場をなくしてしまった。聞いた話だと、吐瀉物恐怖症(エメトフォビア)になったようだが、僕には関係ない話だ。
僕はといえば、引き金を引いてからすぐに逃げたので今のところは罰を受けていない。とはいえ、いずれ僕のやったことは露見するだろうし、なによりあの引き金を引いたことで僕のなかの大切な何かは死んで、一生戻らないんだろうという実感がある。
けれど、あの引き金を引いたことを僕は後悔していない。
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一言:舞台設定を書くのに時間をかけすぎた割には、何も伝わっていない気がする。
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