第3話

◇ 教室での胸騒ぎ



「知ってた? 明石諜報高等学校って全国各地から入学してくるんだって、凄いよね!」

「……てっきり関西だけだと思っていたが、そうなのか?」

「うん。私も東京出身でわざわざ、都内の進学校蹴ってこっちに来たんだもん」

「へぇ……」


 どこで見つけたのかわからない学校のパンフレットを親指でパラパラとめくっている。大々的に表紙を飾る『謀略』の文字に学校紹介はさすがにリアリティさを欠いていた。


「正直なところ、なんで京都に設立したのか意味わかんないんだけどね~。あーあ、東京だったら実家近いから寮に入らずにすんだのにな」

「……関係ないだろ? 結局、合格したらどこに住んでいるであろうと入寮は強制されているんだからさ」

「そういえばそうだったね」


「忘れてた」と語尾に付け加えると澤谷はてへへ、と可愛らしく頬を緩ませた。


 ──明石諜報高等学校は京都御苑の近くに位置している。

 少し下りればすぐ側に元離宮二条城があり、結構な街中にどっしりと鎮座しているのだ。かくいう自分も出身は京都ではないので、初めて京都の街並みを目にした俺は衝撃を受けた。

 果たしてこんなところに学校を建てて良いのだろうか、悪い意味で目立っているし、もう少し山の方に寄せるのがベストだと思うのだが……創設者の出身地でもない上に本当に何を考えているのか一切理解出来ない。もしかすればスパイに関係する重要な場所な可能性も否めなくはないが、その可能性は少なそうだ。

 加えて、生徒の入寮は強制。俺は関西圏に住んでいたのもあって我慢すれば通うことができる距離ではあったけれど、もはやそれ以前の問題だったらしい。

 齢15歳のガキが鞄を背負い、一人キャリーケースをひきづって地下鉄、烏丸御池からすまおいけ、丸太町を通過して今出川駅で降車。朝から同志社大学付近を闊歩する様子は、どこぞの家出少年のようで些か不可解に写ったことだろう。


「でも、入寮を強制する意味ってなんなんだろうね」

「何が言いたいんだ?」

「普通に家がこの辺だったら徒歩で来れるくない? なーんか、怪しくない?」

「スポーツ推薦で入学した生徒が学校から入寮を強制されるのと同じなんじゃないのか? 例えば、野球部とかサッカー部とかそれに限らずだが」

「ん~、確かに。私たちも推薦みたいなもんだしね」


 答えを窮した俺の返答に納得したらしい。


 しかし、あながちこの返答も間違いではなく、正鵠を射ていると言えた。

 と、いうのも俺たちが在学する明石諜報高等学校に入学するためには単純な一般受験や、推薦入試などの制度は存在しない。じゃあ、先祖がスパイの奴らしかいないのかと言われればそれは違う。

 毎年一度、政府が行う適正テスト──概要はIQ、心理戦において思考能力の有無の判定などスパイにおいての基礎能力、適合率を測定する為のものである。数百万人いる生徒の中、その年の上位100名が国から推薦されて、ランダムにクラスを振り分けられることになっているわけだ。


 良く言えば、選ばれし者。

 悪く言えば、囚われし国の子犬たち。


 ふと、気になった俺は訊いてみた。


「澤谷は何でスパイになりたいと思ったんだ?」

「…………えっ?」


 今度は澤谷が答えに窮したようで困惑を示す。

 んー、っと喉を鳴らして言い淀んでいる。


「いや、別に言いたくなかったら言わなくていいんだ! 単にこの学校よりも将来性はあるし、難関大学を多く輩出する進学校を蹴ってまでくる理由ってなんだろうと思ってな」

「んー、ちょっと言いにくいね」

「なんか、すまん……」


 野暮すぎる質問だったようだ。

 気まずい、変な空気になってしまったじゃないか……。さすがに踏み込み過ぎたか? そりゃあ、初対面相手にデリケートな部分は話しにくいだろう。


「思っているような尊敬に値する理由じゃないけどね。本当にしょうもない理由だから」

「そう謙遜するなよ」

「謙遜してないよ!」


 そういって、澤谷ははにかんだ。

 明らかに感じの良い雰囲気をまとっている。比べて、さっき雑言を俺たちに浴びせていた男とは大違いだった。人間、種族は同じなのにも関わらず、これほどまでに性格も異なるとなれば戦争や争いが生まれるのは致し方ないといえるな。


 教室も活気づいて、話し声で空気が満たされてきたところで前の扉の開く音がした。さっきの担任だった。

 気怠げな足取りでそのままおもむろに教壇へと立つ。そして、持っていた書類らしき紙を造作もない手つきで教卓に置いた。着任してから随分と経っているのだろう、何気ない所作が体に染み付いているようで意図せずとも反射的に動いているに違いない。言わば、ルーティン、古顔をしているだけのことはある。


 ンンッとひとつ、咳払いを挟むと、


「今日から担任になった、石堂晴衣いしどうはるいだ。だが、これ以上話すつもりはない。俺はお前たちをスパイにする、お前らは国のためにスパイになる。それ以上でもなくそれ以下でもない、この学校で学ぶものは友情などといった生温いものではなく──人を欺く手段だ」


 校長と言い、この人と言いなんて奇抜な自己紹介なのだろうか。

 尖っている、凄まじく。さらに気にかかる点は校長もこの人も目に光が一切宿っていないのだ。生気がないという感じ。


 教室を沈黙が支配する。

 びゅうっと、風の強い音が追い打ちをかけるように生徒たちの胸裡にさざ波を立てた。


 石堂は人差し指を立てて、こう告げる。


「今から、お前たちに簡単なゲームをこなしてもらうとする」


 すると、音はしなくとも教室内はどよめきで充足した。風は時期に似合わず、冷たかった。

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スクールメイトの謀略 〜心理戦はスパイの武器である〜 有瀬明奈 @Naeshiro

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