5. 大事な友達

あの事件があって私は酷く動揺していた。目の前でアイリが刺され、血が沢山出ていた。幸い一命は取り留めたけど、きっとトラウマになってしまうだろう。私がそばにいてあげなきゃと思った。助けてくれた大事な友達を支えていくのは私の役目だと思う。


「リク。ちょっと話そうか」


いつもの大人びていたアイリがさらに真剣な顔をして見せた。その雰囲気に少しビクッとしてしまった。一体なにを話されるのだろう。あの時言いかけていたことの真意を知れるのだろうか。


「うん。どうしたの?」


少しの沈黙。

深呼吸をしたアイリは口を開いた。


「私ね、未来から来たの」

「…はい?」


耳を疑った。今までも冗談を言うことはあった。でもアイリはこんな顔で冗談をいう子では無かったはずだ。

それに冗談を言っているような風には見えない。


「どういうこと?」

「私がいた未来では、リクはあの通り魔に刺されて死んでしまったの。それを助けるために私が来た。精神の入れ替えが行われたんだと思う。だから元々この体にいた私は…」

「え、待って。意味がわからないんだけど」


私は未来で死んでた?あの通り魔に殺されて?でも今私は生きてるし…じゃあこれってタイムパラドックスってやつじゃ、あれ?バタフライなんちゃらだっけ?

いやそんなことはどうでもいい。それより精神の入れ替え?今まで私と過ごしていたアイリはいない?なんで?意味わかんない。

じゃあつまり『私の代わりにアイリが消えた』ってこと?


「なんで?」


声が震えてしまう。怒りかも悲しみかも分からない複雑な感情が押し寄せてくる。


「なんでそんなことしちゃったの!?私はアイリがいなくなってまで助かりたくなかった!そもそもあなたは本当にアイリなの!?そんな保証はどこにもないじゃん!」

「リク、落ち着いて」

「無理!無理無理無理!…落ち着けるわけないじゃん」


事実として私は助かった。でもその代償にずっと一緒に過ごしていたアイリはいなくなった。そこまでして私は生きたくなかったよ、アイリさん。

思わず走り出してしまった。

私を呼び止めるアイリの声を振り切って病院を飛び出した。

受け止められなかった。信じたくなかった。ずっと過してきたアイリも未来から来たアイリもどっちも大事な友達だ。

それでも消えてしまったアイリは帰ってこないじゃないか。

アイリとの思い出の場所を巡る。思い出が頭の中を駆け巡る。私はどんな思いで生きていけばいいんだろう。

ねえ、アイリ教えてよ。

空も暗くなってきた頃、アイリから電話がかかってきた。

あまり話したい気分ではなかった。でも話さなきゃと思った。


「もしもし」

「よかった。出てくれた」


安心した声が聞こえてくる。


「アイリ、私どうしたらいいのか…」


未だに整理しきれていない私にアイリは語りかけた。


「まだ1年生だった頃さ、仲良し4人組で水族館に行ったよね」

「え?」


アイリは過去を振り返り始めた。


「飼ってたペットが死んじゃった時は私に通話かけてきて私が慰め……したよね。初めてのオシャレ……イルした時2人…見せあったよね。お互いにピアス開け合ったと……く騒いじゃっ…よね。2……お泊………た時の夜のお散……まるで別世界………よね」


所々でノイズが入り始める。上手く聞こえない。


「アイリ?なんか電波が悪いみたいだけど」

「そ…?病……んだけ…なぁ。もう終……なの…も」

「なに言ってるの?」


上手く聞き取れないけれど「終わり」という言葉はなんとなくわかった。でもどういう事かは全く分からない。


「都…で…説のこ…覚……る?」

「うん。あの時言ってた不思議なことでしょん」


大事なことを言っている気がする。絶対に聞き逃せない。これまでに無いくらい私は集中していた。


「よくお………るね。そう、私……れを使って来……。あの時言おうとし………」

「…アイリ?アイリ!?」

「…じゃあね」


通話は切れてしまった。

かけ直してもエラーでかからない。1度アプリを落としてかけようとする。


「あれ…?」


アプリ内の連絡先にはアイリの名前はなかった。履歴を見ても名前を検索してもアイリはいなかった。


「なんで?嘘でしょ?なんで?」


明日になればきっといつもみたいに話せるはず。朝早起きして病院に行こう。そしたら笑って迎えてくれるはずだ。きっと…そうだ。

私は今までにないくらいの早起きをした。一応アプリを確認しても、アイリの名前は無い。

とりあえず病院に向かう。走った、ノンストップで。一秒でも早く会いたかった。

昨日別れた病室の目の前に着いた。病室に入ってアイリの元へ向かう。


そこには無人のベッドがあった。

誰かが使った形跡もなく、シワひとつない綺麗なベッドがそこにはあった。

呆然としている私に看護師が声をかける。


「どうかしましたか?」

「あの、ここに入院してた子って」


無人のベッドを指さし尋ねると、


「そこはしばらく使われてませんよ」


ありえない。そんなことはあっていいはずが無い。

違う、部屋を間違えたんだ。それで治りが思ったよりも早くてもう、退院したんだ。

そう思って学校に向かった。そう思わないとやってられなかった。

学校に着いて席を確認する。いない。

私より先に着いていて静かに本を読んでいた彼女はそこにいなかった。

クラスメイトに聞こう、きっと用事があって別のところにいるだけだ。

でも望んだ答えはかえってこなかった。


「そんな子いたっけ」


みんなが口を揃えて言った。水族館に行ったメンバーですらアイリを覚えていなかった。

そもそも最初からいなかったかのような。そんな口ぶりだった。

私は学校を出た。こんな気持ちで授業なんて受けられない。

ふとアイリの言っていた都市伝説を思い出した。調べてみると内容はこういうものだった。

「ある電話番号に願い事を残すと未来の自分に届き、願いを叶えてくれる」

そして

「過去の自分からの留守番電話にかけ直すと過去の自分に戻れる、その代わり目的を果たすと消えてしまう」


「消えてしまうってなに?なんでこんなことしちゃったの…?」


涙が溢れて止まらない。アイリはそこまでして私を助けたかったのだ。自分が消えると知っていても私のためにこの都市伝説を実行した。

私はアイリが大切だ。本当に大事な友達なんだ。だからアイリが私にそうしてくれたように、次は私が過去に戻る、アイリを取り戻すために。

都市伝説の番号に電話をかける。

留守番電話サービスにつながった。

意を決して私は願いを告げた。


「アイリを返して」



―――――――――――――――



「リクさん。お疲れ様ー」

「お疲れ様でーす!」


忙しいバイトを終え帰路に着く。居酒屋でのバイトは忙しいけれどそのぶん時間が過ぎるのもあっという間だ。それに加えて賄いも貰えて私には向いているアルバイトだ。

鼻歌を歌いながらスマホをいじっていると留守番電話の通知を見つけた。

友達が電話をかけてきたのかな?そう思いながらメッセージを再生する。


「アイリを返して」


嫌でも耳にするその声は私の願いと同じものを告げていた。

それを聞いた私は思わず呟いた。


「やっと届いた」


急激な眠気に襲われ、私は現在を後にした。

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アイリ ゆらぎ @yura_yura_yureru

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