4. 留守番電話

忘れもしない。今日はあの日から5年が経った。あの子の命日だ。

楽しい連休だったはずの土曜日、その日常は一瞬で崩れ去り、私から大切な人を奪っていった。

それから私は毎年手を合わせにお墓を訪れる。この日だけは絶対に忘れないようにと。私だけはあの子の存在を刻み込んでおくようにと。


「あら、今年も来てくれたの?ありがとう」

「こんにちは。毎年来ますよ、大事な友達ですから」

「ありがとう。アイリちゃんが来てくれて、きっとリクも喜んでるわ」


リクはあの日通り魔によって命を落とした。誰でもよかったなどとふざけた供述を残した犯人には死刑が言い渡され、その事件は幕を閉じた。

あの時私がもっとしっかりしていればリクはまだ隣で笑ってくれていたのだろうか。

そんなことを考えても意味が無いとわかっていても、考えずにはいられない。

帰り道でリクの好きだったショートケーキを買って食べる。これが毎年の決まり。

一人暮らしを始めた私の家は当然のごとく帰っても誰の気配も感じない。昔から家で一人でいるのには慣れていたけど、やはりその時とは違う寂しさがある。

ふとスマホに目を向けると通知が来ているのに気づいた。そこには留守番電話のメッセージが届いていた。

誰からだろう。緊急の連絡だといけないからすぐに聞くことにした。再生ボタンを押す。

すると聞こえてきたのは、嫌でも耳にする声から発せられた覚えのあるメッセージだった。


「お願いしますリクを助けてください。今の私はバカだからどうしようもないけど未来の私ならできるでしょ。今の私はどうなってもいいからリクを助けてよ!」


泣きながら叫んだような言葉は聞くに絶えないものだった。それでも私はその言葉の思いも状況も全て理解出来た。

このメッセージを残したのは私、アイリ自身だ。当時の私は目の前で起こった出来事の衝撃に耐えられなかった。それが現実じゃないと思いたいほど。

私は藁にもすがる思いで昔聞いた都市伝説を思い出しそれを実行したのだった。

その都市伝説の内容は「ある電話番号に願い事を残すと未来の自分に届き、願いを叶えてくれる」というものだった。


「なによこれ…」


たしかにこのメッセージを残した覚えはある。これは確かに私の送ったメッセージで間違いない。これを送った当時結局都市伝説は都市伝説だと深く落胆したのだ。そして今になってこれが届いたからと言って何ができるのだろう。

そう思った時私はこの都市伝説とセットになっていたもう1つの都市伝説を思い出した。

「過去の自分からの留守番電話にかけ直すと過去の自分に戻れる」

どうして今思い出したんだろう。いや、思い出せたんだ。

リクを助けられるかもしれない。

あまりにも薄すぎる望みだけど、これは絶対に掴まないといけない。

過去に戻るのがどういう意味なのか、そのま間戻るのだろうか。あまりにも現実的じゃない状況に冷静な判断ができない。でもこれを実行するべきだという意思は固まっている。でもこの都市伝説が本当なら私は…。それでも関係ない。

行こう、過去に。行けるものなら行ってやる。

私は過去の私に応じた。

その瞬間私を強い眠気が遅った。


目が覚めるとそこは実家のベッドの上だった。それも「あの頃」の。


「嘘…本当に…」


戻ったのだ、過去に。

リクがまだ生きていた頃に。

急いで支度をし学校に向かう。久しぶりに着る制服は背徳感があったし、荷物もちゃんと準備できたかも分からない。それでも、確かめないと。リクがいるか、早く。

教室の目の前まで来たところで緊張が増す。廊下を行き交う生徒たちは私を不思議そうな目で見ている。


「おはよー!アイリ、どしたの?」

「あ、おはよう。えっとね」


仲の良かった友達が声をかけてきた。でも私はもう女子高生ではない。このノリも新鮮で言葉が出てこない。もう大人になってしまったのだ。リクのことだけを考えていたから他の事を忘れていた。

それよりリクだ。


「あの、リクってもう来てるかな?」

「え?いるんじゃないの?ほら」


おもむろに教室のドアを開けた友人の指さす先に彼女はいた。


「あ、アイリおはよー!」


元気に手を振る彼女の姿がそこにあった。

リクだ。リクが生きている。あの頃の笑顔のままそこにいる。

涙をこらえ、平静を装って言葉を返す。


「えぇ、おはよう。リク」


もう既に目的のことも忘れてしまいそうだった。その日が来ないことを願うだけ、もしくはそうならないように仕向けるようにしなければいけない。でも今は、その日まではこの日常を大切に楽しく過ごそうと思った。

それからは元気がないとかいつもと違うとよく言われた。しょうがないでしょ、あなた達と違って私は若くないんだから。いや、この体は女子高生か。でももうそのノリについていけるほど心が若くないのだ。

これからもたくさんの違和感を彼女らに与えることになるだろう。それでも私は自分の使命を全うしなければ。もうリクを失わないように。



―――――――――――――――



目が覚めるとそこは病室だった。

隣の椅子ではリクが眠っている。


「私は助かるんだ…」


あの日のリクは助からなかったのに、私は助かってしまった。助かったのだから喜ぶべきだと思う、でも複雑な気持ちだ。

すると隣でリクが目覚めた。


「アイリ!うぅ…あいりぃぃぃ」


私と目が合ってすぐに泣き出してしまった。私もきっと同じ状況だと泣き出してしまうだろう。


「大丈夫!?大丈夫なんだよね!?」

「大丈夫だよ。ごめんね心配かけて」

「どうだっていいよそんなの!アイリが生きてるならそれでいいの!」


この現実を目の当たりにできてよかった。

リクは生きてて、もう危機も去ったのだ。これで目的は果たせた。これで、私は…


「リク。ちょっと話そうか」


話さないと。私のこれまでを。

私がどうして変わったと言われていたのかを。

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