承
あれは十四歳の夏だったか。僕は中学生で、亜貴ちゃんは高校生だった。
僕は十年間育てた初恋を、未だ放流できずにいた。焦りばかりが募って、変わらない肩書に焦って……そして、打ち明けた。
「さすがに三回目にもなったら、ちゃんと答えは聞かせてほしいんだよね」
僕の告白は三回にも及んでいた。しかし答えは得られていない。
「三回も告白されたっけ。懲りないねぇ……」
「割とお互い様じゃない? 助かるけど」
既に彼女の背は抜いていた。お互いに小柄な方だが、改めて見ると彼女の身体は随分と小さい。それでも、一度立ち上がれば彼女は僕を見下ろせる。当時の僕たちの関係性も、丁度そんな感じだ。
僕は二人きりの夏の午後、亜貴ちゃんを見つめた。
「あなたのことが好きです。これまでも、多分これからも。だから、付き合ってください」
「……これさぁ、関係の呼び方が変わっただけじゃない? OKしても、断っても、二週間くらい経ったらまた一緒に遊んでるんだし」
「じゃあ断る理由なくない?」
僕の言葉は彼女にどう響いただろう。
「……それもそうか。わかったよ。じゃあ、それで。どうせ、やる事は何も変わらないでしょ?」
響いたから、受け入れてもらえたんだと思う。……そう、思いたい。
彼女は僕の提案になし崩し的に従った。今の関係性に別のラベルを貼っただけの、そんな小さな進歩。小さくてもいいから、前に進んでいければいい。そう思っていた。んだと思う。多分。
僕は、恋人という言葉の持つ魔法とか神秘とかに期待しすぎたのかもしれなかった。
とにかく、愛されたかった。
自分が向けている想いに釣り合うほどの愛を返してほしかった。それは僕にとっては言葉で、行動で、自らの欲望を赦されることだった。
いいよって。
愛してもいいよ、って。
でも一年経っても、僕たちの関係性は何も変わらなかった。
当時の僕がそれを良しとしているわけがなく、何度もアプローチをかけ、亜貴ちゃんから「好き」という言葉を引き出そうとしては「嫌いではない」と返され、外堀を埋めようとしては逃げられる、それを繰り返していた。
今思えばそれは戯れあいだったのかもしれないが、15歳の僕は真剣に彼女の行動や気持ちを求めた。
スキンシップは取るし、物理的な距離では隣にいる。それでも、心の距離は縮んでいない気がした。
焦っていた。
季節が巡れば春が来て、僕は地元から離れることになった。今までのように頻繁に遊ぶ事はできない。それまでに進展をしたかった。今のままでは、ただ付き合っているだけの関係だ。その先に行きたい。急いた気持ちが、心を突き動かした。
「あのさ、そろそろキスとかしたくて……」
「えっ、今?」
切り出し方も下手で、風情も何もない。にべもなく断る亜貴ちゃんを十分ほど真剣に説得する。ダサいと思いながらも、それよりも決定的な既成事実を作りたい一心だった。
「……んー、ちょい待ち」
突如、視界が暗闇に包まれる。顔に当たるやわらかさ、それが彼女の左手だと気付いた瞬間、僕の頬に熱が宿った。柔らかく、湿度を伴って体温を直に感じる。後に残った吐息が耳に届き、心臓が跳ねた。
一瞬のうちに頬にキスをされる。
――主導権を相手に委ねる感覚が妙に癖になったのは、ここだけの話だ。
「そこは、唇じゃない?」
「とりあえず、今はこれで我慢して」
僕の視界を解放した後、彼女は目を伏せ、それきり静かになる。
「……なんで?」
「これ以上は責任取れない」
彼女の言う責任が何を指すのか、今なら何となく理解できる気がする。彼女、十八歳の高校生ができる精一杯だったのだろう。これは彼女なりにリードをしようと行ったもので、同時に“それ以上”を求める僕への牽制だった。
その後も『責任』という言葉が脳に焼き付いて離れなかった。時折僕の頭を撫でるような仕草も、僕の(彼女にとっては)重すぎる愛を
責任とはなんだろう。責任。
そして、僕は――結果的に一度亜貴に別れを告げることになる。
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