歩くような速さで
紫陽_凛
起
「どうせ帰ってくると思ったよ」
言われた瞬間、奇妙な感覚に襲われたのを今も鮮明に覚えている。
――それは彼女のかけた呪いだ。だから、僕は初恋の終わらせ方を知らない。
【andante-rewrite by 紫陽凛】
狭い田舎も動かない足も、ずっと嫌いだった。嫌いだったけれど、彼女と駆け回っている時間だけは、それを忘れていられた。
なぜ彼女を好きになったのかは、よく覚えていない、覚えているのは、初めて意識した異性であることくらいだ。なぜ彼女だったのか、なんて、考えたって無駄だ。目を開けたときにそこにいたのが彼女だったから。
鳥に刷りこみがあるように、僕も彼女に愛を告げたことがあった。四歳だった。
「ごめんねー。他に好きな人、いるんだよね!」
彼女は「まずは友だちからね」と言った。僕は素直にうなずく。
彼女が自分の家から程近い場所に住んでいることを知ったのは、数時間後のことだった。
亜貴ちゃんは家族以外に初めて認識した異性で、子供の少ない田舎の集落には珍しい同年代の相手だった。同じ学校に通い始めても、僕はずっと彼女の背中を追おうとしていた。
エキセントリックで気まぐれで活発で、ちょっと変だった。こう言うと変な人に見えるけれど、そうじゃない。
彼女は神秘を信じていた。ケセランパサランと言われて見せられた綿毛のようなものは神社で集めたと言っていたし、それが誰かにばれたら幸運になれないと固く信じていた。
「ハル君にだけのナイショね。なんかかなえたいことある?」
「……亜貴ちゃんと一緒に歩きたい」
それは、僕にとって本当に本当の願いだったのだけど。
「じゃあ、あたしはお金持ち!」
亜貴ちゃんは、そう言ってにかっと笑った。
それがかなえば、どんなに良かっただろう。
かわりに、亜貴ちゃんは僕の車椅子の手押しハンドルを握る。
僕は彼女と同じスピードで動いていることに素直な喜びを覚える。ふざけてスピードを上げようとする亜貴ちゃんを煽りつつ、僕は浴びる風の心地良さで胸を満たす。
僕たちは狭い農道を駆け抜けるように走る。車椅子のタイヤが舗装されていない畦道に跡を刻み、9月の空はどこまでも高い。
「……どうよ!」
得意げな声を聞きながら僕は声を上げる。
「すげー! はっや!!」
僕は高揚のままに頭を振り、身体を動かす。小高い畦道に乗っていた前輪が浮き上がり、車椅子はバランスを崩した。横倒しになりそうな僕の腕を掴んでなんとか元に戻したのは、亜貴ちゃんだ。
「大丈夫かー?」
「……ごめん、はしゃぎすぎた」
亜貴ちゃん。僕はこの人のことが好きだ。何度も繰り返した結論を再認識する。
ゆるく吹いている風にポニーテールが揺れてる。午後の太陽が僕らを覗き込んでいる。
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