第49話 48、 その日は突然やって来た(最終話)

 ほんの少し前まで、マーガレットがランチメニューを占いに来ていた。レダは相変わらず最低限の会話しかせず、今日のランチは“イカのフリットとチーズリゾット”がいいだろうと占いの結果を告げる。それを聞いて、マーガレットは満足げに帰っていったのだが・・・。


(ご主人の容体が気になって仕方がないのだけど、今はレダさんの助手としてここにいる立場上、むやみに話し掛けられないしー!!)


 カレンはレダの流れ作業のような対応にもやもやしてしていた。


「レダさん、明日のマーガレットさんの占いは私が担当してもいいですか?」


「ああ、構わないよ」


 レダは、アッサリと了解してくれた。


「ありがとうございます」


「カレン、マーガレットの夫のことが気になっているんだろ?占っている間も、背後から熱い視線を感じて直ぐにわかったよ、フフフフ」


「分かっているなら、代わりに聞いて下さったらいいのに!!」


 カレンは頬を膨らませる。


「いや、マーガレットはカレンに聞いて欲しいんだよ。あたしは、余計な口を挟まないことにしておく」


(もう、ご主人の余命が短いって悲しそうにしてたから・・・。変な気を回さずに聞いてくれたらいいのに!!)


「―――――ワカリマシタ」


 カレンは口を尖らせたまま返事をした。レダは楽しそうな笑い声をあげる。相変わらず、黒いフードを目深に被っているので、表情は窺い知れない。


「あー、面白い顔をするねー。笑わせてもらったよ。まだ、お昼までは少し時間があるから。冷たいお茶でも飲もうか?」


(冷たいお茶!!温かいお茶を冷やす魔法を試す時が来たわ!!)


「それ、私が淹れて来ます!!」


「ああ、よろしく!」


 あの夜会に行く前に、カレンはレダから氷魔法を習ったのだが、上手く出来ず使用を禁じられていた。この冷たいお茶を淹れるという課題は氷魔法のおさらいをするのに丁度いい。


(よーし!冷たくて美味しいお茶を淹れて、レダさんを驚かすわよー!)


 カレンはダイニングに行くため、廊下に出た。



―――――


 沸騰したお湯を茶葉が入ったティーポットへと注ぐ。このティーポットはガラス製なので、茶葉が踊っている様子がよく見える。


(うん、うん、いい感じ、しっかり茶葉がジャンピングしてる)


 注ぎ終えたら保温するためのカバーを被せておく。このまましばらく待てば、茶葉が蒸れていい味が出るのだ。


 数分の待ち時間はダイニングのお掃除をして潰す。窓辺を拭いて、乾いたお皿は食器棚に戻しておく。


(そろそろ、いい頃合いかな・・・・)


 カレンはポットカバーを外し、耐熱グラスへお茶を注いだ。アールグレイのいい香りがふわっと広がる。


(ここまでは順調。さて、次はこの熱々のお茶を冷却するわよー!)


 まず人差し指を一つ目のグラスに向ける。つららの上をしずくがゆっくりと辿り落ちながら凍っていく様子を思い浮かべる。


 氷魔法には当然お決まりの呪文があるのだが、『カレンは感覚で発動した方が上手くいくことが多い』とアルフレッドがレダに進言した。それを受けて夜会前の魔法の特訓では、その場面を想像するということばかりさせられる羽目になってしまったのだ。


(ただ、殿下の進言は間違ってないのよね。状況のイメージをした方が失敗しないのは確かだわ。問題はイメージが上手く出来なかったときの残念さ・・・なのよね。四角い氷が噴き出した時は、もう大笑いされてしまったし・・・)


 カレンの指先から白いフロストが一直線に伸びグルグルとグラスを包み込む。最初は熱で蒸発していたが、徐々に中の温度が下がってグラスの外側に水滴が付き始めた。


(あと少しー!!)


 やがて、水滴は消え、白い霜のようなものがグラスに付着していく。


(ここまで来たら大丈夫ね。ストップ、ストップ―!!)


 カレンは人差し指をグラスから退けた。そして、きちんと冷えたかどうかを手に持って確かめる。


「っ、冷たっ!!」


 キンキンに冷えている。且つ、中の紅茶は液体のままだった。


(大成功だわ!)


 上手く行ったことに酔いしれる間もなく、カレンは隣のグラスに取り掛かる。ゆっくりしていたら、最初のグラスの中身がぬるくなってしまうからだ。


―――――無事に二つのアイスティーが完成した。


 グラスをトレイに載せて廊下へ。なみなみと入っているので、溢さないように気を付けて歩いた。


 そこへ、ドアをノックしているような音が聞こえてくる。


(あ、えっ、お客様?あああ、これ、どうしよう!?)


 カレンはトレイの上にあるアイスティーを見詰めた。


(二つしかないから・・・・。そうだ!お客様とレダさんに出したらいいわよね。少しタイミングを見計らって、占い部屋に入ろう・・・)


 カレンは、聞き耳を立てた。お客様が着席したらお茶を持っていこうと・・・。


「―――――レダ、アーロック王国の任務、お疲れ様」


(あれ?この声は・・・・)


「カール、その籠はどうしたの?アルフレッドは?」


(え、この声は誰?????)


「ああ、殿下は忙しいから、私が君たちのランチを持って来たんだよ」


(やっぱり、この声はお父様だわ!!)


 カレンは、シュライダー侯爵が来たと確信したので、廊下で待つのは止めて肘でドアを押し開けた。


「えーーーーーー!?」


 カレンは、大声を上げる。そしてトレイを持ったまま固まってしまった。


 何ということだろうか!!シュライダー侯爵がレダを抱き寄せて、口づけを交わしていたのである。しかも、いつも目深に被っているレダの黒いフードは首のうしろへ落ちていて、金色の髪が露わになっていた。


「これは、一体、ど・う・い・う・こ・と・で・す・かー!!」


 カレンは二人に強い口調で説明を求めた。


「カレン、これはお昼ご飯・・・」


 シュライダー侯爵はカレンの質問には答えず、籠を渡そうとした。


「それは、そのテーブルへ置いておいて!!それよりもこの状況を説明して!」


 カレンは、今淹れて来た冷たいアイスティーのトレーをテーブルの置くと、グラスを一つ取り、一気に飲み干した。


「さあ、黙ってないで!!レダさん、その姿は私の身代わりをする時のものなのでは?」


「カレン、ちょっと待って。まず、声を戻すから・・・」


 レダは、ボソボソと何かを呟いた。


「これが私の本当の声。いままで、騙していたみたいになってごめんなさい」


(え、誰?この人・・・)


 カレンの知るレダとは印象が全く違う人がそこにいた。カレンは、視線を父親に向ける。とろけるような目でレダを見ている。


(いや、何、この雰囲気!?)


「二人の関係は何なの?もしかして・・・・(恋人なの!?)」


 カレンは、しびれを切らしていた。二人が積極的に説明しようとしないからである。


 そこへ、コンコンとノックする音がした。


 こんなタイミングでお客様なんて無理だと思ったカレンは、レダに確認することもなくドアへ向かった。勿論。断るつもりで・・・。


 ドアを開けるとアルフレッドが立っていた。


「殿下!!」


 カレンは、アルフレッドの手首をぎゅっと掴んで、室内へ引き入れるとドアのカギを慌てて締めた。急に引き込まれて驚いたアルフレッドは顔を上げて、直ぐに状況を察した。


 “あ、修羅場か!”と。


「シュライダー侯爵。勝手にランチを持っていくのは止めてくれ。俺の分も入っているんだ」


「そ、それは申し訳ありませんでした。お忙しそうでしたのでお手伝いをと思いましたが、逆にお手数をおかけしてしまいましたね」


 シュライダー侯爵は言葉では謝っているが、反省している感じは全くなかった。カレンはため息を吐く。


「殿下。驚いていないということは、この二人の関係を知っているということですか?」


 カレンは、ぴったりと寄り添っているシュライダー侯爵とレダを指差した。


「ああ、知っている」


「何故、教えてくれなかったの!!」


「いや、口止めされていたから・・・」


 アルフレッドは巻き込まれたくなかったので、素直に答えた。そこで、カレンはアルフレッドにこっそりと耳打ちをする。


「お父様に恋人がいるって、隠さないといけないことなのですか?」


「は?」


 カレンは、シュライダー侯爵には恋人がいると最初から公言していれば、レベッカに付け込まれることもなかったのに憤っていた。別に、二人の恋路を邪魔する気など微塵もないし、寧ろ相手がカレンの尊敬するレダなら大歓迎である。


 曇りなき眼で勘違いをしているカレンを見て、これは少し助け舟が必要かとアルフレッドは考えた。


「レダどの。そして、シュライダー侯爵。いい機会じゃないか。ちゃんとカレンに真実を話した方がいいと思うのだが・・・」


「アルフレッド、確かにいい機会かもしれないね。カレンは多分、あたしたちのことを勘違いしているみたいだし」


「勘違い?いや、見れば分かるだろう。カレン、お父様とレダの関係をどう思っているんだい?」


 シュライダー侯爵は、カレンに問う。


「恋人同士なのでしょう?だけど、どうして恋人がいるって公表しなかったのよ!!そんな風にお父様が優柔不断だから、レベッカなんかに狙われたんじゃないの?」


「え、えええええ」


 カレンの反論に、シュライダー侯爵は驚きを隠せない。想像をはるかに超えた回答をして来たからである。


「ほら、俺が言った通りだろう。カレンは想像力が豊かなんだよ」


 アルフレッドは楽しそうに指摘する。


(この反応は・・・。もしかして、私の予想は大外れだったの??)


「カレン、お父様が説明しよう。よく聞いてくれ」


「はい」


「レダは私の妻で、カレンの実の母親だ」


「えっ・・・妻?で、実の母親ーって!?---本当に???」


(レダさんに娘がいるって、私のことだったのーーーーー!?)


「そう、カレンを産んだのはあたしなんだ。ごめんね。あたしなんかが母親で・・・」


 レダは申し訳なさそうに項垂れる。いつもの自信に満ちた姿は、そこに無かった。


「レダ、君が気にすることじゃない」


 シュライダー侯爵は、レダの背中を優しく撫でる。カレンは、目の前の二人が両親だということにまだ現実味を持てなかった。


「何故、今まで黙っていたのか、一緒に暮らしていなかったのかという理由も説明した方がいいのでは?」


 アルフレッドは話した方が良いと思う内容を敢えて口にした。自分が促さなければ、埒が明かないと感じたからである。


「ああ、説明しないと伝わらないと良く分かった。私が説明する」


 シュライダー侯爵が話を始めた。


 大魔女レダとカール(シュライダー侯爵)出会ったのは、本当に偶然だった。当時、カールは外交文官の仕事でヴェルマ公国に滞在していた。そこへ、レダが大公妃を成敗するためヴェルマ公国に乗り込んで来たのである。


 初めて会った時、レダは血塗れだった。それは大公妃を再起不能になるまで痛めつけ返り血を浴びた姿で宮殿を歩いていたからだ。偶然通りかかったカールは血塗れのレダを見て、彼女が大けがをしていると勘違いする。問答無用で抱き上げると医師の元へと駆け出した。その行動に驚いたレダは、カールにこの血は自分のものでは無いと必死に説明し誤解を解いたらしい。少し行き違いはあったものの、レダはカールのやさしさと勇気ある行動に感動したのだという。そこから、ふたりは友人になった。


「そして、しばらくは私も仕事で各国に出向いていたからね。長年、友人だったんだ」


「まさか、出会いから聞かされるとは思っていませんでした」


 アルフレッドが面倒くさいという雰囲気を醸し出している。正直なところ、カレンもそういう話を聞きたいのではないと思った。


「ここからは、レダさんに説明して欲しいです」


「そう?では、あたしが続きを話すね」


 レダとカールは親交を深め、やがて恋仲になった。ただ、自分は大魔女という生涯をかけた仕事がある。もし、カールが求婚してきたらどうしようと悩んだレダは、もう一人の親友であるニックにカールを紹介した。ニックはレダが大魔女だということを知っており、カールに彼女(レダ)とは結婚出来ないと上手に説得してくれそうな気がしたからである。


 ところが、予想に反して、ニックはレダにも幸せになる権利があると言い出した。もし将来、子を成した時には皇家が責任を持って面倒を見ると・・・。


 だが、レダは子供を可愛いと思うばかりに愚かな行動をした母親(ヴェルマ公国の大公妃)を知っているので、自分が子を持つということを考えるだけでゾッとした。


 だから、レダはカールに結婚は出来ないといつか告げるつもりだった。


 しかし、曖昧な時間を過ごしている間にレダのお腹には新しい命が宿ったのである。カールはレダの想いを聞いた。そして、子供の近くにいてその子の為にと愚かな行動をし暴走してしまうのが怖いのなら、母と子が別々に生活するというのはどうだろうと提案してくれたのである。


 ニックも生まれてくる子を必ず守ると何度も言ってくれた。レダは心強い励ましによって勇気をもらい、お腹の中に授かった子を産むことにしたのである。


「そこからは、ご存じ通りの別居生活だよ。母親が死んだという話は当初は使用人向けだったんだけどね。誰かが幼いカレンに告げてしまって、そのままに事実のようになってしまった。一日も娘のことを想わない日は無かったよ。それにアルフレッド、子供のころから変わらず、カレンを大切にしてくれてありがとう」


 レダの感謝の言葉を、アルフレッドは胸に手を当てて受け取った。


「レダさん、その見た目って本当に今のレダさんなのですか?」


「ああ、そうだよ」


「ということは、私も年を取らないってこと?」


「多分ね」


「どうしよう!!殿下が先に死んじゃう!!!」


「いや、カレン。そこは“お父様が先に死んじゃったら悲しい”って言うのではないのかい?」


「お父様は、どうでもいいです!」


 カレンはキッパリと言い捨てた。


「娘が冷たい・・・」


 シュライダー侯爵は項垂れる。


「カレン、忘れているだろう?」


「え、何を?」


「俺はこの国の皇帝になる。ということは?」


「寿命が長い!!」


「そう、その通り。だから、俺たちがお別れすることはない」


「ああ、良かった!!」


 シュライダー侯爵は悲しそうな目で、カレンとアルフレッドを眺めている。そこへ、レダがこっそりと耳打ちをした。


「カール、カレンに嫌われたくなかったら、アルフレッドに優しくしないとダメだよ」


 シュライダー侯爵は心中複雑だったが、娘に嫌われたくはないので仕方なく頷いた。


「あのう、これで全部ですか!もう他に隠していることはありませんよね?」


 唐突に、カレンは二人に向かって聞いた。


「―――――そうだね。今のところはない・・・と思う」


 レダは、非常に歯切れが悪い回答をする。恐らく“春の女神さま”に関することを話すかどうかで悩んでいるのだろうとアルフレッドは察した。しかし、その話は、この国どころか、この世界の最高機密である。シュライダー侯爵がいないところでした方がいいだろうと判断し、口を挟むのは止めた。



ーーーーーーーその夜、“春の女神さま”の真実をレダから聞いたカレンは“天罰”の意味を漸く知ることが出来た。


 すると早速、アルフレッドに向かって笑顔で言ってくるのだ。


「殿下、私に隠しごとなんてしたら、天罰を下しますからね!!」と。



―――――残念だが俺にはカレンの天罰は効かない。その理由はいつか教えてやろう。“春の女神さま”の神獣のことを・・・。


 それにしても、俺の女神は言うことが可愛いなとアルフレッドは苦笑した。

                  


                        おしまい!!



最後の最後まで読んで下さりありがとうございます。


『ワケあり侯爵令嬢が成り行きで身代わり占い師をしています』のお話はこれでおしまいです!!

秘密たっぷりのニルス帝国はいかがでしたでしょうか?


感想などいただけますと幸いです!!

評価もどうぞよろしくお願いいたします!!

ブックマーク登録もお忘れなく!!


また、番外編等でお会いできる日を楽しみにしています!!


誤字・脱字等ございましたらお知らせください。

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