第48話 47、 夜会 下
「で、レベッカ!あんたは全く反省していないようだね。さて、どうしようか・・・」
「偉そうにするんじゃないよ、レダ!!あんただって、わたしと同じ大魔女じゃないか!!同胞のくせに、足を引っ張りやがって!!」
ぎゃあぎゃあと、耳障りな高い声で叫ぶレベッカ。それに対してレダは表情ひとつ変えず指をパチンと鳴らした。すると、光の矢が突如現れ、油断していたレベッカの肩を射抜いたのである。勢いよく血が噴き出し、レベッカの右腕は真っ赤に染まった。
「あんたには“良い子のお約束”をしてもらわないといけないね」
「ふざけるな!!!」
「まず、人を騙さない。そして、人のモノを取らない。これを約束出来ないのなら、この世から消えてもらう」
レダは淡々と告げる。
「やだね。人を騙して楽しむのが最高なのさ!!何のために魔法が使えると思っているんだい。あたしたち魔女は特別なんだ。人間なんかどうでもいい!!」
悪態をつき続けるレベッカに、レダはため息を一つ吐いた。
「人間なんてどうでもいいって言うけどね。あんたがバカにしている人間たちは、国をつくり、ルールを定め、互いに助け合って生きている。あんたは大魔女という立場を振りかざして、何にも縛られず好き勝手なことばかりやっているじゃないか。寧ろ、ご厚意でこの世界に住まわしてもらっているくらいの謙虚な気持ちを持ったらどうなんだい。まあ、こんな難しい話、あんたには理解出来ないだろうが・・・」
「謙虚な気持ちだって!?人間ごときに?私は認めないね」
「ああ、それなら・・・」
レダが話している途中で、レベッカが右手を大きく振り上げる。カレンはそれを見逃さなかった。
「レダさん!!」
カレンの叫び声と同時にレベッカは腕を振り下ろした。レダは攻撃魔法を撃って来るだろうと警戒し待ち構えたが、レベッカの放った攻撃は予想外なものだった。
なんと夜会会場の床から、何かが大量に湧き上がって来たのである。
「これは!!アンデッドじゃないか!!あんた、死者まで冒とくしたのかい!!」
レダはここで初めて怒りを露わにして怒鳴った。
足元から湧いてきた真っ黒いヘドロのようなものは、変形を繰り返し、歪んだ人型のようになっていく。
(気持ち悪い動きというか変化を繰り返していて、まだ完全体では無さそうだけど・・・)
アンデッドを見ているとカレンは古代遺跡地区の倉庫を思い出した。ニルが黄泉送りで浄化してくれた、あのミイラたちを。
(何よりも、この数・・・、五十体以上はありそうだわ。レダさんは、レベッカの動きから目を離せないし、後ろにいる殿下は大公一家の相手をしているのよね。もしかして今、自由に動けるのは私だけ!?だけど、アンデットたちの対処方法なんて知らないのだけどー!もう、ニルさんをここに呼ぶ?呼んじゃう!?でも、物じゃないのに、空間移動でここに連れてくることなんて出来るのかな?うーん、もう出来るとか出来ないとか言ってる場合じゃない!!使えるものは、何でも使う!!)
カレンはニルを引っ張って、この場に出すイメージを脳内に浮かべると同時に実行した。
「かんぱーい!!」
場違いな掛け声と共に、ジョッキを掲げたニルが夜会会場に現れた。
「は???」
状況が呑み込めず、ニルは動揺をみせる。
「ニルさん、これ全部、黄泉送りにして下さい!!!!」
カレンは、アンデットたちを指差した。
「あ、カレンさま!!えええ、何、この数ーっ!?ええっと、黄泉送りね。じゃあ、これ持っててー!!」
ニルは、エールがタップリと入ったジョッキをカレンに手渡した。カレンは素早く右手で受け取る。
「では、黄泉送りをしまーす!!」
ニルはパッと発光して銀狐の姿に戻り、身体から銀色の粒子を湧き上がらせた。カレンはもしかすると自分も魔力をニルに供給することが出来るのではないかと思い、ニルの首筋にジョッキを持っていない左手を伸ばして触れる。
パン!!
カレンがニルに触れた瞬間、大量の粒子が弾け飛んだ。キラキラと白銀色の美しい粒子は会場全体に降り注ぎ、アンデットたちの姿を包み込み消し去っていく。
「ハイ!成功!!カレンさま、魔力をありがとう!!」
「はい、アンデットたちを無事に黄泉へ送ることが出来て良かっ・・・」
カレンは突然、足の力が抜けてよろめいた。魔力を使い過ぎたのかも知れない。ただ、ジョッキは咄嗟に両手持ったので中身は溢さなかった。
「カレン!!」
カレンの元へ駆け付けたアルフレッドは、彼女を背中から抱き締めて支える。ニルは銀狐から人へ姿を戻し、カレンの手にあるジョッキを引き取った。
「ニル、助かったよー。あんた、いいタイミングで現れたねー!」
一部始終を黙って見ていたレダが、ニルに話しかける。
「カレンさまに召喚されたので、へへへ」
ニルは嬉しそうに笑った。釣られて黒いフードの奥でレダも微笑む。
(ニルさんとレダさんは仲がいいのね。もしかして、他の元皇帝の方々とも仲がいいのかしら)
カレンは、エマを取り押さえている軍人(元皇帝)たちの方を見た。今、エマは手錠に加え、猿轡を噛まされているので声も出せない。しかし、視線はレダを追っている。取り押さえられても、まだ敵意をむき出しにしていた。
レダは再び表情を引き締め、レベッカの方へと向き直る。
「さて、もう諦めな。あんたが勝つ見込みはないんだ!」
「うるさい!!うるさい!!うるさいんだよー!!!」
レベッカは金切り声で叫びながら両手を上げ、カレンをチラリと見た。狙いに気付いたレダはカレンの前にシールドを張る。レベッカの攻撃は難なく防がれ、失敗に終わった。
(何なの!?この期に及んでまだ攻撃しようとするなんて!罪を認める気がない?もう、許さないわ!!)
「レベッカ!!もう!いい加減にしなさい!!いつまでも抵抗せず、嘘を吐いたこと、人を騙したこと、人のものを取ったことを認めて、深く反省しなさい!!」
カレンはレベッカに右手の人差し指を向けて、啖呵を切った。
ーーーーーここで、想定外の事態が発生する。
刹那、カレンの指先から太い金色の光が真っ直ぐに伸び、レベッカの心臓を打ち抜いた。
その場にいた全員が息を呑んだ。
心臓を打ち抜かれたレベッカは後ろへ吹っ飛び、床に叩きつけられる瞬間、金色のまばゆい光に包まれた。
(んっ?な、何が起こった!??私の指先から何かが出て・・・)
光が収まり、レベッカが倒れたはずの場所をみると、そこには・・・。
「か、かっ、カエルーっ!!」
「――――ケロ?」
床の上には、小さなカエルが一匹いた。勿論、レベッカの姿は何処にもない。
「あー、ははははは!!!カレン!あんた無意識に天罰を下したのかい、ククククッ」
レダが腹を抱えて笑い出す。カレンは理解が追い付かなかった。アルフレッドはカレンは抱き締めたまま、やはりそういうことなのだろうと納得する。
“カレンが天罰を下せたということは、レダの後継者がカレンであるということを、天はすでに認めているのだ”と。
(天罰?そんな魔法があるの???偶然出来たのなら、私、スゴい!!)
一方、カレンは己の出自にまつわる秘密を知らされていないので、そんな深い意味があるなどとは全く考えてなかった。
レベッカがカレンから射抜かれた時に気を失ったエマは、軍人(元皇帝)たちが担いで退室していった。今後、エマはニルス帝国に送還され、帝国の法律に則って裁かれる。
「さて、このカエルはあたしが引き取ろう」
レダが床でじっとしているカエルに近寄り手を伸ばそうとすると、カレンの腰ポケットの中で、モゾモゾと変な感触がした。
「うわっ!!なに!?何か動いてるー!!」
突然の叫び声に驚いたアルフレッドはカレンを抱き締めている腕を緩めた。カレンは慌てて一歩前に踏み出し、ドレスのポケットから取り出したのは、ローラへ返すために持っていたブローチだったのだが・・・・。
「ぎゃーーーー!!」
ひときわ大きな叫び声を上げるカレン。何と取り出したローラのブローチから、双頭の蛇が飛び出して来たのである。しかも、かなり大きいサイズで。
双頭の蛇は、迷いなくニョロニョロと進んで・・・。
パクっ。
「食べた?えええ、カエルを食べちゃった!!レダさん、どうしましょう!!!」
「ああ、大丈夫。この蛇はそういう蛇だ。このまま見ていてごらん!」
レダの言葉を信じ、カレンたちは蛇の動きを見守る。カエルを丸のみにした蛇は床に転がったブローチへ段々と姿を小さくしながら戻り、赤い宝石の周りの纏わりついた。動きを止めたかと思うと、一気に生気が失われ黄金色に輝き出したのである。ブローチは呆気なく元通りになった。
「これは一体・・・」
「このブローチには悪いものを取り込み浄化するという効果が付いてある。お祓い的なものだろうが、やたら効果が強い」
「えーっと、このブローチ、実はローラさんの物なのですけど・・・。どうしましょう?」
「ブッ」
アルフレッドは吹いた後、ニヤニヤとしている。
「持ち主と似て強い・・・」
「殿下、ローラさんに失礼ですよ!!でも、本当にどうしましょう。流石に返却したら危険ですよね?」
「大丈夫だろう。あの子なら、クックック」
レダも笑い出す。
「僕も、その子に会ってみたい!」
ニルも楽しそうに会話へ参加してきた。しかしそこで、カレンはニルのジョッキに気を取られてしまう。
(ニルさん、どのタイミングでエールを飲んだの!?中身が半分以下になってるーー!!)
「ともかく、天罰が下り、レベッカはこの世から消えた。けが人も出ず、めでたし、めでたし!!後は各国との調整か。アルフレッド、頼んだよ」
レダはアルフレッドの肩を叩く。
「ああ、それは俺の仕事だ。さあ、エドたちを呼び戻そう。話し合いを始める!」
アルフレッドの掛け声で、外へ避難していた人々が夜会会場へ呼び戻された。やけにムーディーな布は一気に取り払われ、明るいシャンデリアが灯される。
王宮の使用人たちが、テキパキとテーブルと椅子を搬入し始めたので、カレンとアルフレッドは邪魔にならないよう壁際へ避けた。そこへ、エドリックが戻って来る。
「エド、夜会と仮面舞踏会を勘違いしていたんじゃないか?」
「違うよ。でも、絶対アルに言われると思った。言い訳していい?」
「ああ、どうぞ」
「あの厚い布は戦いになった時に隠れるところがあった方が良いと思ったんだ。で、あの香りは興奮するって聞いたから、皆が眠らされないようにと思って・・・。何よりもさぁー、この短期間でこれだけ用意したことを褒めて欲しいのだけど」
「なるほど、そういう意味があったのね!!」
「カレン、簡単に騙されるな。準備が間に合わなかったというのが本当の理由だ」
「そうなの?」
「・・・・・」
カレンが真っ直ぐ過ぎて、エドリックはバツが悪くなる。
「カレンさま!お久しぶりです」
そこへローラがやって来た。お客様に出す夜食の指示を厨房へ伝えに行っていたのだという。
(ローラさんのフットワークの軽さ。エドリック王子に足りないものを持ってらっしゃる・・・)
「ローラさん、先ほどは参加者のみなさまの誘導をありがとうございました」
「いえ、私はそれくらいしか出来ませんから・・・」
(どうしよう。ブローチ・・・)
「あの、唐突にごめんなさい。ローラさんが以前に下さったブローチのことなのですけど・・・」
「ああ、あれは一応、我が家の家宝ですが、何の役にも立たない代物なので気にしないで下さい。溶かしたらお金になると思います」
(えっ?溶かす・・・、あれを溶かす!?怖いから絶対無理!!)
ローラが、全く問題ないと爽やかに答える様子を見て、アルフレッドは下を向く。笑いが堪えられなかったからである。
「わ、分かりました。大切にします。決して溶かしたりはしませんから!!」
「はい。お好きなようにしてください!!」
この四人の様子をレダとニルは遠くから眺めていた。
「ええっと、あの子がアウローラ嬢?あれくらい強いと僕達は必要ないね」
「ああ、そうだね」
「レダ、世代交代しちゃうの?」
「いいや。まだまだ、あたしは引退しないよ」
「良かった。僕も、まだ引退しないからね」
ふたりは顔を見合わせて微笑む。
ーーーーー
周辺諸国から法外な手段で巻き上げられた金品は各国に返却する。武器一式は各国の首脳が一同に集まる席を設け、目の前で一括廃棄することになった。それまでは『レダの家』で、安全に保管する。
話し合いは長時間に渡った。しかし、大きな懸念が取り除かれたのである。皆の表情は話し合い中も終始明るかった。いろいろな意味で、この日が周辺諸国の新しい関係の夜明けとなったのは間違いないだろう。
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