第47話 46、 夜会 中
(本当にここへ現れるなんて・・・。レダさんの読みが的中したわね)
アルフレッドはカレンとは違い、直ぐにレベッカの方へ視線を向けようとはしなかった。それは彼女の犯した罪がアルフレッドの感情を抉るものばかりだったからである。皇帝とシュライダー侯爵を長期間昏睡させ、身代わり人形を作って傀儡にしたり、カレンへ執拗な嫌がらせをした挙句に尊厳を傷つけるようなデマを流したり。これらを思い返すだけでアルフレッドは心の奥から怒りの炎が沸き上がって、何が何だか分からなくなるくらい暴走してしまいそうだった。だからこそ、今一度、深呼吸をして自分自身に“落ち着いて対応せよ”言い聞かせていたのである。
(殿下の周りに青白い炎のようなものが見える・・・。これは幻?もしかして、私にしか見えていない?)
カレンはアルフレッドの周りに出来た陽炎のようなものが気になって、手を伸ばして触ってみたが何の感触もなかった。
(殿下は目を瞑って何かに集中しているみたい。今聞くのは間が悪いかも・・・)
「あ~ら、殿下。うちのエマをどうするおつもりなのかしら?その嘘つき女の言うことに惑わされていらっしゃるの?目を覚ましなさい!!淫乱なその女を妃にするなんて、誰も認めないわ!!!」
(殿下に対して、レベッカは何様のつもりなの?そして、何という言葉・・・。呆れて言い返す気にもならないわ。淫乱って・・・、それは、あなたが捏造した話でしょう)
レベッカの常軌を逸した発言にカレンは反論するのも面倒くさいと思った。この女と同じ土俵に立ちたくない、視界に入れたくない、口も聞きたくないという嫌悪感が溢れてくる。
一方、隣にいるアルフレッドは、深呼吸で落ち着こうとした努力も虚しく、レベッカにカレンを侮辱されたことで、たった今、堪忍袋の緒が切れた。
アルフレッドは、レベッカを双眸で鋭く見据える。
「罪人レベッカ、おまえに最後通告をする。嘘偽りで己を作り上げているのだろうが、俺の最愛に対する侮辱は許されない。今すぐ謝罪をしろ。さもなくば罰を与える」
迫力のあるアルフレッドの声が響き渡り、夜会会場は簡単に息も吐けないほどの緊張感に包まれる。しかし、ほとんどの参加者はレダから事前に『この夜会は悪党を捉えるための茶番である』と知らされていたため、何が起こっても静かに見守りますという雰囲気だった。
唯一、何も知らされていないリビエル公国の大公メロー、大公妃リステル、公女エイミールは固唾を飲んでこの様子を見守っていた。それは彼らとレベッカたちが、一蓮托生の仲間だからである。彼女らの悪事がニルス帝国やアーロック王国、そして周辺諸国へ知られているということは諸々の計画が破綻したということ。それは周辺諸国を侵略しようとしていたリビエル公国が一転、存続の危機を迎えたということに他ならない。
「何をバカなことを!!その女は平民の母親が産んだ卑しい子なの!殿下、目を覚ましなさい!!卑しい血筋を皇家に入れるなんて、このわたしが許さないわ!」
畳んだ扇子をゆらゆらと縦に振りながら、この期に及んで自分が正しいと主張するレベッカ。しかし、その全てが噓偽りだとこちらは知っている。愚かな女、レベッカにピッタリの言葉だ。アルフレッドは、その愚かな女レベッカの最後の言い分を聞く。
「いやだわ、その目。わたしの忠告を無視したら大変なことになりますわよ」
レベッカは全く空気を読まない。
(すでに悪事は暴かれ、本日付けで国際指名手配も掛けられているというのに、その自信は一体どこから湧いてくるというの・・・)
「お前は、シュライダー侯爵家の乗っ取りを計画、そして実行した」
とうとう、アルフレッドが口を開いた。カレンが予想していたよりも、淡々とした口調で・・・。
「あら、わたしは侯爵さまの正式な妻ですわよ。何を根拠に・・・」
「違う。お前は大きなミスを犯した。侯爵には二十年前に結婚した妻がいる」
「何を言われているのかしら。前妻はその女を産んだときに死んだわ。ご存じないの?」
レベッカは扇子の先をカレンに向ける。
「その認識がそもそも間違っている。侯爵はカレンの母親との離婚していない。帝国はシュライダー侯爵夫妻の離婚に関する書類を受け取っていない」
アルフレッドのこの発言は大きな意味を持っていた。何故なら、ニルス帝国は厳格な一夫一妻制。妻が亡くなり所定の離婚手続きをしていない場合、当然その夫は新しい妻を迎えることが出来ない。ニルス帝国の帝国民ならば誰もが知る制度だ。
「だから、何なのさ!あたしが妻だって言ってるだろ!!」
「いや、帝国法はお前をシュライダー侯爵の妻だと認めない」
「ふん、死んだ女が妻として登録されているってだけじゃないか!!」
レベッカの口調は一気に崩れていく。もはや、貴婦人の欠片もなかった。目をカッと見開き目じりを吊り上げ、くちびるの端も歪んでいる。
アルフレッドは一旦レベッカから視線を外し、カレンの方を向いた。
「レダどのが来る」
「分かりました」
アルフレッドは再びレベッカに視線を向けた。
「化けの皮が剥がれたおまえにいいことを教えてやろう。カレンの母親は生きている。シュライダー侯爵との仲も良好だ!」
「えっ?」
偶然、カレンとレベッカの声が重なった。
(え、初耳なのだけど!?お父様とお母様の仲が良好???いや、それよりも生きている!?全く知らないのだけどー!!本当に!?)
カレンは、頭の中でグルグルと色々な可能性を考える。
(もしかして屋敷にいる侍女の誰かが、実のお母様だったとか・・・・???いいえ、その可能性は無いわ。侍女頭は壮年だし他の侍女たちは私と年が近過ぎるもの)
その時、ギ―ッと夜会会場内の扉を開ける音が響き渡り、黒いフードを目深に被ったレダが現れた。
(レダさんが来てくれた!!ああ、心強いわ!)
カレンの表情が緩む。
皆の視線を集めたレダは、ゆっくりとカレンたちの方へ歩いて来る。
と、そこで「ガサ、カサッ」と物音がした。どさくさに紛れて、リビエル公国の大公メローとその家族が夜会会場から逃げようとしていたのである。
「転・捕縛!」
レダは指先を大公メローへ向けて呟いた。
すると、逃げようとした三人は足を引っかけられたかのように、その場でスッテンと派手に転んだ。そして、空中から現れたロープが大公たちをグルグル巻きにした。
「あんたたちは後回しだ。順番が来るまで、そこで大人しく待っておくんだよ!」
レダは大公とその家族へ釘を刺す。三人は青ざめたまま、コクコクと頷いた。
「さて、レベッカ、久しぶりだね。前回のお仕置きじゃ足りなかったようだねぇ~」
レダは厭味ったらしく、レベッカへ話しかける。するとレベッカは悔しいのか地団太を踏んだ。
「レダ、あんた今回は何の関係もないだろう。どうして社舎利で出て来るんだ!!」
「いいや、関係は十分にあるんだよ。あんたは手を出してはいけないものに手を出したってことさ」
「うるさい!大魔女は互いを干渉しないというルールはどうなった?毎度、人間の肩を持ちやがってウザいんだよ!!」
「それをあんたが言うかね?毎度、人間をそそのかして派手に破滅させることが生き甲斐のあ・ん・たが!!」
レダは視線を大公一家へ向けた。大公はレダの視線を受け、まさか!?という顔になる。ようやく気付いたのだろう。自分たちが黒魔女レベッカの遊びに使われたということを・・・。
(大公メロー、魂が抜けたみたいにポカーンとしているわ。本当に呆れちゃうわね。あれだけ武器や金品を集めておいて“黒魔女に騙されました!”って、言い訳は通用しないわよ。大公一家にはそれ相応の処罰が待っているわ)
カレンは視線の先にいる大公とその家族の無責任感に呆れる。そして視線をレダの方に戻そうとした、その時。
ドカーン!!!
カレンは咄嗟に目を瞑り身を屈めた。しかし、数秒経過しても衝撃破が来ない。そこで警戒しながら瞼を開けると、宙に浮いた球状の結界の中にレベッカは押し込まれていた。
「殿下、レベッカが攻撃して来たの?」
「ああ、いち早く攻撃に気付いたレダどのが、レベッカを結界に閉じ込めた。だが、気を抜かないほうがいい。あいつは必ずやり返してくる」
ピキッ、ピリッ、パリン!!
アルフレッドの言う通り、レベッカはいとも簡単に決壊を破った。その時、カレンは彼女の口元が動いていることに気付き、防御シールドを展開。
「シールド!!」
キーン!!
カレンが一早く張った魔法の盾に、レベッカの攻撃が当たって霧散した。
ここでアルフレッドは参加客の避難を決断する。流石に各国の主要メンバーを魔法合戦に巻き込むわけにはいかないからだ。
「エド!参加客の避難を頼む!!」
「分かった!!ローラ、手伝って!!」
「はい、エドリックさま」
アルフレッドの指示を受け、エドリックとローラは壁際に逃げた参加者を外へ誘導し始める。レベッカとレダがにらみ合っているうちに捕縛している大公メローとその家族以外は、一、二分で夜会会場から無事に避難を完了した。
今、大広間に残っているのは、軍人(歴代皇帝たち)が取り押さえているエマと、敵意丸出しのレベッカ、そして、レダ、カレン、アルフレッドと捕縛されている大公メローとその家族である。
「レダどの、避難が終わった。俺も暴れていいか?」
「ああ、構わないよ」
「カレン、俺はあいつらと話を付けて来る。出来れば振り返らないでくれ」
アルフレッドはカレンに一言告げた後、大公とその家族の方へ向かった。
(出来れば振り返らないでくれ・・・って、どういう意味!?)
カレンが脳内で混乱しているところへ、レダが声を掛ける。
「カレン、あたしの手伝いを頼むよ」
「はい、分かりました」
カレンは気持ちを切り替えて、レダの方に向き直った。その直後、背後から悍ましい断末魔が聞こえて来る・・・。
(ああ、そういうことか・・・。殿下は、怖いことをしている姿を私に見せたくなかったのね)
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