第45話 44、 銀狐と子猫 下
「助っ人が必要だろう?」
アルフレッドの背中に子猫カレンは必死にしがみ付いている。二人は次の目的地へと急いでいた。そこに何かが群れを成してこちらへ駆け寄ってくる。辺りは闇夜で姿が良く見えない。カレンは敵かと一瞬、身構えた。だが、その正体は・・・。
「いや、必要ない。大勢で行くと失敗する可能性が上がる」
にべもなく断ろうとするアルフレッド。彼らは狼狽える。
「いやいやいや、レダ様からの依頼だから、断ったらダメだって、アル!」
「そうじゃ、困っている時は助け合うのが大切!」
「素直に助けて欲しいと言ってくれたらいいのに・・・」
「わたしたちを、邪魔者のように見てますね・・・」
微妙に大きさが違う五頭の銀狐たちは、好き勝手なことを言う。
(銀狐が五頭・・・。これって、もしかして・・・。歴代皇帝のみなさま?)
「手伝いたいのなら勝手にすればいいだろ。俺はカレンと二人でいく」
アルフレッドは銀狐集団に色々言われても気にしていない様子。
「ああ、もう若いんだから」
「一人で突っ走ったら、大体、失敗してしまうんじゃ!」
「もう、勝手にさせたらいいじゃん。あたしたちは別行動にしましょう」
(ダメだ、会話が早すぎて、誰が何を言っているのかが分からない!!)
「カレン、こいつらのことは気にしなくていい」
アルフレッドはカレンに向かって優しく言った後、五頭の銀狐たちに怒気を込めてこう言った。
「ついて来るなら絶対に群れるな。敵に勘づかれるだろ!」
(え、怒鳴った!殿下が強い?一番、若造なのに???)
「ああ、分かった、分かった!!皆、散るぞ。俺たちはカレンさまの護衛を遠くから務める。それでいいか、アル?」
「――――頼む」
アルフレッドが渋々了承すると、銀狐たちは一斉に四方八方へ散っていった。
「ああ、もう時間の無駄だ。黙って護衛すればいいものを!!」
「まあ、お手伝いに来てくださったのですから、そんなに悪く言わなくても・・・」
「どうせ、あいつらはカレンを見に来ただけだ!」
(私を見に来たって・・・、殿下に釣り合うかとか、そういう見極め的な・・・?こういう状況で、そういうのはお断りしたいのだけど・・・)
カレンは真面目に考え込んでしまう。
「そんなに悩まなくても理由は可愛いからだ!気にすることは何もない」
「―――可愛いから!?そんな理由のハズないでしょう」
「さあ、急いで目的地へ向かうぞ」
アルフレッドはカレンの質問をはぐらかす。そして、遅れを取り戻すため、再び風を切るように走り出した。
――――――――
古代遺跡はイメージしていたものと全く違っていた。市街地の中心部にあり夜間はおしゃれにライトアップされ観光客が溢れていたのだ。今、この人ごみの中に子猫を背負った銀狐が現れたら、間違いなく悪目立ちしてしまうだろう。
カレンとアルフレッドは街へ入る際に状況を鑑みて、姿を元に戻した。ここで、一つ問題が発生する。アルフレッドが人に戻ったことで、使える魔力が少なくなってしまったのだ。つまり、カレンの魔力が不足した時、アルフレッドだけでは十分な魔力の供給をすることが出来なくなってしまったということである。ここに来て漸く、アルフレッドは助っ人が来た理由が分かった。
「カレン、あいつらが現れた本当の理由が分かった」
「私もアルが元の姿に戻った時に分かりました。魔力供給のためでしょう?」
「ああ、正解。俺がカレンに分け与えられる魔力が少なくなった。レダ殿はこの状況を見越したのか・・・」
「抜け目ないですよね」
「そうだな」
「あ~ら、お久しぶり!いい夜ね!!」
アルフレッドの背後から、銀髪を高い位置でポニーテールにしている旅装姿の女性が現れた。
「ミトラ、悪かった。ここがこういう状況だとは知らなかった」
「あらあら~、そんな素直なアルは珍しいわね~。そこの黒いフードのお嬢さん、初めまして、私はミルトラ-ジェ、通称ミトラよ。よろしく!!」
「初めまして、カレンです」
「あらあら、声がお母上とそっくりじゃない!!」
「ミトラさんは、母をご存じなのですか?」
カレンは嬉しそうに切り返す。アルフレッドはミトラを肘で小突いた。
「あー、えー、一度、ご挨拶をしたくらいかしら、ホホホホ」
(こんなところで、お母様のことを知っている人に会えるなんて!!)
カレンは嬉しくなって、目深に被ったフードの奥で微笑む。
「それで、他の奴らは?」
「あっちに揃っているよ」
ミトラは、道路を挟んで反対側の通りにあるバルを指差した。人気店なのか、店内もテラス席も人が溢れている。お客たちはジョッキを片手に盛り上がっていた。
「アレ全員、仕込みだから!」
ミトラは親指を立てて、笑顔で言った。
―――――バルに入ると、アルフレッドは彼らをカレンに紹介した。髪を肩口で束ねた長身のレッケンバード、短髪のニル、長い髭のあるウェルジュ、眼鏡を掛けているボートウェル、唯一の女性ミトラ。彼らは全員、ニルス帝国の歴代皇帝たちで間違いないと。
「結局、力を借りることになってすまない。彼女が俺の婚約者のカレンだ」
「初めまして、カレンです」
カレンは黒いフードを目深に被ったままで挨拶をした。レダから、くれぐれも顔は晒さないようにと言われていたからである。
「二人とも待っていたぞ!飲み物はどうだ?」
レッケンバードは豪快にエールのジョッキを掲げる。アルフレッドは隣にいたカレンに尋ねた。
「何か飲むか?」
「ええっと・・・。では、レモネードを」
「分かった。レック、レモネードとエールを」
「はいよー」
レッケンバードことレックは迅速に店員を捕まえて注文を伝える。その一方、カレンはアルフレッドがエールを注文したことに動揺していた。
(任務中なのに?しかもお酒じゃない!!!)
「で、どうする?倉庫の入口付近に結界とか張っちゃう?」
ニルが小声で聞いて来る。
「ニルは正確な場所を把握しているのか?」
アルフレッドはニルにボソボソと小声で確認した。
「うん。だって、この遺跡を建てたのは僕だからね」
(はっ?建てた!?ニルさんって、いつから生きているの・・・)
カレンはフードの奥で考える。
(このメンバーは歴代の皇帝陛下。ということは、当然とてつもない人たちばかりで・・・)
「では、ニルは結界を頼む。カレン、ここから遺跡下の倉庫の荷物を移動させることは可能か?」
急に話を振られて、カレンは咄嗟に答えられなかった。考え事をしていたからだ。
「はーい、エールとレモネードおまち~!!これはサービスのつまみだよー!!」
威勢のいい声と共にテーブルの上へジョッキが二つと、つまみのドライトマトとチーズが置かれた。
(あ、レモネードもジョッキに・・・)
「あのう、すみません。可能かどうかのお返事は少し待ってもらってもいいですか?」
カレンは遺跡下にある倉庫の広さを想像した。先程くらいの倉庫なら、ここからでも移動させられるだろう。ただ、カレンは現時点でこの遺跡の下にある倉庫の場所も知らない。一先ず、場所と広さを確認しなければ質問には答えられない。
「じゃあ、先にカンパイしちゃおうかー!!」
ミトラの音頭で、全員がグラスとジョッキを掲げた。
「かんぱーい!!!」
レモネードをのどへ流し込むと、身体の渇きが潤されていくような感覚がした。自覚していたよりもかなり喉が渇いていたようだ。カレンは隣のアルフレッドへ、チラリと視線を向けてみる。
「な!?」
思わず声を出してしまった。アルフレッドのジョッキが空になっていたからである。
「もう全部飲んだの?」
ボソッと小声で聞くと、にっこりと笑って返された。
(知らなかった・・・。お酒をこんなに飲めるだなんて・・・)
「アル、もう一杯どうだ?」
レックが勧める。
「ああ、もらう」
「アル、任務中です!」
カレンはアルフレッドの袖を引いた。
「大丈夫だ。エールで酔うことはない」
「もう!!あと一杯だけですからね!!!」
カレンの忠告に、アルフレッドが頷いた。
「うわーっ。アルに注意するなんて、強者過ぎるー!!」
ずっと黙っていたポートウェルが大声で叫ぶ。
「ポートウェル、うるさいぞぉ」
一番年長者らしきヴェルジュが注意をした。
「さて、カレンさま。そろそろ倉庫の場所を確認して下さいませ」
ヴェルジュは、優しい口調でカレンに進言する。
(そうね。ゆっくりしていないで探さないと・・・)
カレンはレモネードのジョッキをテーブルに置き、目を閉じて集中力を高める。バルの喧騒が遠のいていくと、脳裏に遺跡の全体像が浮かび上がって来た。
(地下を・・・)
地面の下に潜ると地上に繋がっている階段が見えて来る。その階段を降りると大きな部屋があった。扉を通り抜け、室内を見回すと金貨の麻袋と宝石そして、薬品の瓶のようなものが・・・。
「えっ!?」
「カレン、どうした?」
「ミイラのようなものが数体・・・」
カレンは意識をバルへ戻した。
「場所は特定出来ました。金貨、宝石、何らかの薬品とミイラ数体が倉庫の中にあります」
「ミイラが厄介じゃな。何か呪いに使っていたのかも知れんのう」
ヴェルジュは銀色の長い顎髭を触りながら懸念を吐く。
「ミイラは僕が請け負おうか?」
ニルが手を上げた。
「どうするつもりだ?」
アルフレッドが問う。
「あるべき場所に戻すだけだよ。カレンさま、ミイラ以外を移動してくれますか?」
「はい、やってみます。魔力が不足した時は補充をお願いします」
カレンのお願いに全員が頷いて応えた。
「先に邪魔が入らないよう結界を張るね」
ニルは指をパチンと鳴らす。
(あ、指パチン!?ニルさんって、レダさんみたい)
「よし、これで大丈夫!カレンさま、どうぞ!」
「はい、始めます」
(さっきの場所へ、意識を集中・・・。階段、降りる、部屋の中へ・・・。見えて来たわ)
カレンはミイラ以外を引っ張り出すイメージを浮かべる。そして、一気に引っ張ろうとして・・・。
「えええ、引けない!!」
意識を遺跡内に残したまま、カレンは咄嗟に口走ってしまった。ありったけの魔力を込めて荷物を強く引いてみたのだが、手ごたえが全くなかったのだ。
バルでカレンの様子を見守っていた歴代皇帝たちは、自分たちの出番が来たと前に一歩出る。そして、魔力を供給するため、カレンの腕や肩に各自が手を置いた。傍からみると、全員でカレンを励ましているかのようである。
(あ、あれ、力が湧いて来た。よし!もう一度チャレンジしてみよう!!)
カレンは、もう一度、荷物をゴォ――――――っと強く引くイメージを膨らませる。そして、一気に・・・。
「引けた!!やったー!!」
(次は入れ込むわよ!ドォーーーーーーンと!!)
異空間から、一気に『レダの家』地下一階、右側七番目の倉庫へ荷物を押し込む。枯れ果てていた力が嘘のように湧き上がって来て、しっかりと手ごたえを感じることが出来た。
「多分、上手くいきました!!」
まだ、ミイラだけ残る部屋へ意識を繋いだまま、取り敢えず口頭で報告。すると、ニルがカレンの意識の中へ直接語り掛けて来た。
“カレンさま、そのまま意識を繋いでいてくれる?次は僕がミイラを処理するから”
“わかりました”
ミイラの残る部屋へ、ニルらしき銀狐が現れた。
(え、どうやって入って来たの??)
疑問に思いつつ見守る。ニルはミイラに触れることなく、その身体から白銀色の粒子を放った。
(ニルさまが殿下みたいなことをしているわ)
粒子はミイラたちを包み込んで輝きを増していく。そして、次の瞬間パンっという音が響くと同時にミイラたちは消え去った。
「カレンさま、もう元に戻っていいよ」
ハッキリとしたニルの声が聞こえて、カレンは意識をバルの店内に戻した。ゆっくりと瞼を開けると皆がカレンの肩や腕を掴んでいる。何だかおかしな光景に笑いが込み上げてきた。
「ふふふっふ、皆さんありがとうございます!無事に荷物の移動が出来ました!!」
「ミイラも黄泉送りしておいたから、ご心配なく!」
ニルが付け加える。
「これで、あたしたちの任務は完了!!」
ミトラが宣言した。
「アルたちは夜会の助っ人に行くのか?」
レックが尋ねる。
「ああ、今、レダどのに確認したら、直ぐに来いと言われた」
「直ぐにって、何かトラブル?」と、ニルが聞いて来る。
「ああ、この国のアウローラというご令嬢が・・・」
「あーーーー」
カレンはふたりの予想が的中したと分かった。
(ローラさん、本当に来ちゃったのね・・・)
「それなら、俺が送ってやる」
レックがカレンたちに手を翳そうとしたところで、ニルが止める。
「待って!一つだけご褒美が欲しいんだ!!カレンさまの顔がみたい」
「ああ、俺もみたい」
「私も!!!」
「わしも・・・」
「わたしも・・・」
五人は揃ってカレンの方へ顔を向けた。アルフレッドはやっぱりなと心の中で笑う。『こいつらが今回の手伝いを快く買って出たのはレダの娘を見たかったからだろう』と。
「アル、どうしたらいい?」
「このメンツなら大丈夫だ」
「分かったわ」
カレンはフードを後ろに引き下げた。
サラサラの金髪が流れ落ちた。そして、コバルトブルーが印象的な瞳で、彼ら一人一人に視線を向けていく。
「あーーー、生きてて良かった!!」
「美しい!!」
「アル、ズルい!!」
「・・・」
「ーーー最高だ!」
五人は感想を述べながら、目尻に涙を浮かべる。
(えええ、私の顔を見てそんなに感動されることってある???皆さん疲れがたまっていたのかしら!?)
「はい、もう終わり」
そう言って、アルフレッドはカレンのフードを元に戻した。そして、この光景を目の当たりにし、アルフレッドは確信する。『歴代皇帝たちはレダが“春の女神様”だということを知っている』と。
「アル、やっぱりケチだわー!」
ミトラが、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。
「さあ、今のうちに送ろう」
レックはミトラを無視して、カレンとアルフレッドへ手を翳した。すると、一瞬で景色が入れ替わる。
(お礼を言う間もなかった・・・)
ふたりは、アーロック王国・王宮にあるエドリックの部屋に立っていた。
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