第44話 43、 銀狐と子猫 中

 湖の真ん中あたりにポツンと一つ、浮島があった。島には白い幹の木立があり、中心部がどのようになっているのか、湖畔からは見渡せない。


「あの浮島の地下に二つ目の倉庫がある。湖の周りにいる見張りは五名。ただ、問題はあの浮島の上だ」


「どんな問題が?」


「あの浮島から魔物の気配がする。さて、どうしようか・・・」


 アルフレッドは浮島を真っ直ぐに見詰めながら、何かを考え込んでいる。カレンは、魔物と戦った経験がないため、アイデアどころか敵の姿も思い浮かばない。ここはアルフレッドの指示を大人しく待つしかないだろう。


 ビュン、ビューンと強めの風が、湖畔の草を撫でつけて行く。先ほど、夕陽が地平線に落ち、辺りは一気に薄暗くなって来た。あと半刻もすれば、王都ではエドリックの花嫁探しを装った夜会も始まるだろう。


 カレンはローラのことを考える。


(レダさんが強制送還してしまったけど、ローラさんは自宅待機についてあれで納得してくれたのかしら。まさか、今夜の夜会に乗り込んで来るなんてことはないわよね?一応、あのブローチは大切そうなものに見えたから返そうと思って持って来たけれど・・・)


「アル、この任務が終わったら、ローラさんに会いに行ってもいいですか?」


「―――――は?ローラ・・・。ああ、あのエドリックの」


「そう、そうです!」


「会いに行かなくても、あのご令嬢なら今夜の夜会に乗り込んで来そうじゃないか?クククッ」


(殿下も、私と同じ様なことを考えていたのね)


「私もローラさんなら、乗り込んできそうだなとは思いました。だけど、今日の夜会は、黒魔女レベッカが来るかも知れないのでしょう?さすがに危険ですから、レダさんが登城を阻止しそうじゃないですか?」


「いいや、レダどのなら喜んで乗り込ませるだろう。それも演出の一つくらいにしようと考えていそうだ。フッ」


 アルフレッドは、銀狐姿で下を向いて笑いを押さえ込んだ。


「ーーーーー話を戻すぞ、浮島の魔物で気を付けないといけないのは、一頭のグリフォンだけだ。あいつは、まあまあ強い。それと、グリフォンを置いているということは、あの倉庫には金が隠されている」


「グリフォンって、どんな魔物ですか?それと、金があるって何故分かったの?」


「まず、グリフォンの見た目は、ライオンに羽が生えたような感じだ。飛んで来ると厄介だから、先に羽を燃やして動きを封じた方がいいだろう。それから、グリフォンは金を好むといわれている。あいつらは大体、金鉱脈のある場所に巣を作るんだ」


「なるほど、金の近くにいる習性があるということね。で、グリフォンと私たちは真っ向から戦うの?さっきみたいに眠らせるのはナシ?」


「カレン、戦うにしても、真っ向から突っ込みはしない。出来るだけ気配を消して近づく戦法を取り、魔物を確実に仕留める。ここで大切なのは、仕留めるということだ。中途半端に眠らせて放置したら、俺たちが去った後、グリフォンが暴れ出して、近隣の住民に被害を及ぼすかもしれないだろう?」


「分かりました。確実に仕留めましょう」


 アルフレッドは、カレンに改めて作戦内容を告げた。出来るだけ安全に進めるため、グリフォンに気配を消して近づき先制攻撃を仕掛ける。そして、羽を燃やし、弱ったところで浮島へ上陸し、雑魚はその時に一掃するというものだった。カレンは攻撃魔法がイマイチなので、今回は盾の役割を担う。


 子猫のカレンを背中に乗せ、アルフレッドは上空へ飛び上がる。同時にカレンは、二人の周りにシールドを張った。


 上空から、浮島を眺めると中心部に大岩が見えた。その岩の上にライオンのような姿のグリフォンが寝そべっている。まだ、こちらには気が付いていないようで、瞼を閉じたまま微動だにしない。


 湖畔にいる見張りの五人は、ここへ到着した時に(アルフレッドが)眠らせた。兎に角、ここで一番警戒すべきはあのグリフォンだ。他のことに気を取られないよう、アルフレッド細心の注意を払う。今は眠りについているようだが、目を覚ましたら即座に攻撃魔法を打ち込めるように準備しておかなければならない。


 アルフレッドは集中を高め、必要な呪文の詠唱を声に出さずに意識空間の中で唱え始める。


 一方、銀狐の背中から、恐る恐る下を覗き込んだ子猫のカレンは、黒くて大きな何かが岩の上にいるのを見つけた。


(あの真っ黒いのがグリフォン?想像していたよりも大きいわ。私、盾の役割だけで、大丈夫なのかしら。そもそも、こんな危険なことをしなくても、ここから、あの岩の下にあるものを空間移動出来ればいいのに・・・。試しに、透視でもしてみようかな)


 カレンは集中を高め、“空洞の内部”透けろ!と願ってみた。


(あー、ちゃんと見えた!思っていたよりも、洞窟の奥行きは浅いわね。ただ、倉庫と思われる空洞自体はかなり広くて、さっきと同じくらいありそうだわ。あーーー、あの麻袋には金貨がびっしりと詰め込まれてる!?しかも、あの量はえげつなくない??これを没収してしまえば、愚かな侵略戦争を引き起こすことも出来なくなるでしょうね)


 子猫のカレンは、アルフレッドの耳元まで、ズリズリと落ちないよう腹ばいで移動する。


「アル、ここから内部の荷物を移動させようと思うの。サポートをお願い!」


 敵に悟られないよう、かなり小声で尋ねる。それでも、アルフレッドにはちゃんと伝わったようで、大きく頷いてくれた。


 再び、カレンは、アルフレッドの背中で集中を高め、先ほど透視した荷物を脳内に思い浮かべて、一気にゴォーーーーーーっと、異空間へ引っ張った。


(上手く出来たかな?岩の内部、透けろ!――――あっ!上手くいったわ!!あの空洞は、もう空っぽになってる。あとは、あの荷物を・・・)


 ド、ドーーン!!!!


 突然、鼓膜が破れてしまいそうな爆破音がしたと思ったら、身体が宙に投げ出された。スローモーションのように子猫のカレンは湖へと落下していく。


(あ、殿下は無事みたい・・・。盾が利いて・・・、良かった・・・)


 空中で衝撃に耐えたアルフレッドは、背中から滑り落ちた子猫のカレンを視線で追う。そして、助けに向かおうとした、その時・・・。


「アル!先に敵を!!」


 自分は後でいいからー!と、大声で叫んだ後、カレンの視界は真っ暗になった。



―――――カレンがグリフォンの放った攻撃魔法の衝撃で飛ばされた。頭の中が真っ白になり、直ぐに助けに行こうとしたところで、“アル!先に敵を!!”と、カレンの叫び声が聞こえる。それを聞いて、彼は頭に昇っていた血がスッと引いて行く気がした。冷静さを取り戻し、攻撃を仕掛けて来た相手(グリフォン)へ、アルフレッドは視線を戻す。


 グリフォンは大岩の上から、こちらを睨みつけていた。


 刹那、詠唱が終わっていた攻撃魔法で、アルフレッドは特大の火の玉を放つ。相手が即座に攻撃をしかけてくると思っていなかったグリフォンは避けることが出来なかった。命中した火の玉は、遠慮なく敵のすべてを焼き尽くす。

 

 グリフォンを葬った。次は浮島の雑魚たちに氷魔法を放つ。二、三分足らずで、浮島の魔物は全滅した。


 「カレンにこの光景を見せなくて済んだのは良かったかも知れない」


 アルフレッドは独りごちる。


 上空から降下し、水面に浮いていた子猫を、アルフレッドは口で銜えて回収した。湖畔に着地したあと、子猫をそっと地面に下ろす。顔と右足を使って呼吸と心音を確認した。しっかりと心臓の鼓動が聞こえる。スーッと息もしていた。全身を隈なく見てみたが、ケガも見当たらない。どうやら気を失っているだけのようだ。


 無事で良かったと思った瞬間、アルフレッドの緊張の糸が切れた。カレンからダメだと言われていたのに、びしょびしょになった子猫の身体を舌で撫で始めると、止まらなくなってしまったのである。


(ん?んんん?ムズムズする・・・・)


 子猫が身じろぎをする。ハッと我に返ったアルフレッドは舌で撫でるのを止めて、カレンの様子を窺った。睫毛がピクピクッと動いたあと、瞼がゆっくりと持ち上がり、愛らしいコバルトブルーの瞳が宙を彷徨っている。


「カレン、大丈夫か?」


 まだぼんやりとしている子猫のカレンを、アルフレッドは覗き込んだ。


「――――アル、敵は?」


「倒した。心配はいらない」


「良かった・・・。ええっと、荷物は・・・。あっ、まだ『レダの家』に入れ込んで無かったー!!」


 覚醒した子猫のカレンは、ピョンと起き上がった。そして、途中半端になっていた空間移動魔法を再開する。今回は『レダの家』地下一階、右側五番目の倉庫へ、先ほどの荷物を入れるつもりだ。


(異空間に浮かぶ荷物を思い浮かべて・・・、右側五番目の倉庫へ、ドォーーーーーーーンと一気に押し込む!!)


「今、完了したわ」


 カレンの言葉を聞き、アルフレッドは、レダに念話で荷物の確認をした。


“レダどの、二つ目の荷物の確認を!”


“ああ、二つ目が金だったのか。無事に入ってるよ”


“分かった。カレンに伝える。それと、浮島にグリフォンがいた”


“はぁ?何だって!?”


“真っ黒になっていて、とても神獣には見えなかった。レダどのには悪いが、遠慮なく倒した”


“はぁーあ、そうかい。まぁ、闇落ちしてるのなら、倒すしかないからねぇ。アルフレッド、面倒をかけてごめんよ。レベッカめー!あたしの眷属に手を出すんなんて、千年早い!!次の三つ目の倉庫も、十分、気を付けるんだよ。夜会ではなく、そちらにレベッカが現れる可能性もないとは言えないからね”


“分かった”


「レダどのに確認が取れた。荷物は無事だ。暗くなって来たから、次へ急ごう。ただ・・・・、少しだけいいか?」


「はい、どうしました?」


 子猫のカレンが首を傾げる。すると突然、アルフレッドは姿を銀狐から人型に戻した。


「ーーーー抱きしめたくなった」

 

 アルフレッドは両腕を伸ばし、子猫のカレンを抱き上げた。そして、ギューッと抱き締めた後、両手で目線が合う高さまで持ち上げる。


「カレン、痛いところとかはないか。水面に打ち付けられただろう?」


「ええっと、落ちた時の記憶はなくて・・・。ただ、どこも痛くないので、大丈夫だと・・・」


「そうか、それなら良かった」


 アルフレッドは子猫のカレンに頬ずりをする。カレンは逃げ場がなく、されるがまま・・・。


(待って、待って~!!甘い、甘すぎるっ。殿下―!!)


 露骨な愛情表現が恥ずかしくて、目が潤んでしまう。間近にあるアルフレッドの目元をみると、少しカールのかかった長い睫毛が薄暗い中、キラキラと煌めいていて美しかった。先ほど見た真っ黒なグリフォンと同じように、彼に魔族の血が入っているなんて、とても思えない。


(寧ろ、聖獣のような神々しさを感じるわ。魔法を使う時もキラキラしているし・・・)


 少しの違和感を追及しようとし・・・。そこで思考が止まった。アルフレッドが、子猫のカレンに口づけをしたからである。


 優しく触れる口づけは直ぐに離れ、また頬ずりをして来る。


(ふぉ―――!!甘い!!甘すぎて溶けそう。もう無理!!)


「ア、アル?そろそろ、次に行かない?」


 カレンが小声で指摘すると、アルフレッドは気だるげに顔を上げた。


「ああ、次に行こう。終わったら、続きを・・・」


 アルフレッドが言葉を濁したので、カレンは語尾が良く聞き取れなかった。即座に銀狐の姿に戻ったアルフレッドが大地に伏せると、子猫のカレンはその背にピョンと飛び乗る。


(こ、こんなに心配する姿を見せられたら、絶対ケガなんて出来ないわ!!気を引き締めて、この後は絶対飛ばされないようにしよう!!それにしても・・・、殿下の頬ずりは攻撃力が高すぎる・・・あああ・・・)


 月のない闇夜。ふたりは最後の倉庫を目指し、アーロック王国の南部にある古代遺跡地区へ向けて出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る