第43話 42、銀狐と子猫 上
風を切るというのはこういうことなのかと体感した。カレンは、今、アルフレッドの背中にしがみ付き、道なき道を猛進している。
ここはアーロック王国の西部にあるカーブラ山岳地帯。リビエル公国との国境と面している地域だ。
この辺りは岩山ばかりで、石ころと草しかない殺伐とした風景が続いている。両国の国境は、カーブラ山岳地帯にある山々の頂を繋ぐように引かれているため、とても険しい。それこそ、ふもとの村まで降りなければ、人と出会うこともない。その上、こんな山々を越える者などいないと判断した両国は、共に国境警備隊も配置していないというのである。
アルフレッドの常識からすれば、国境のこのユルさはあり得ないのだが、リビエル公国が昔はアーロック王国の一部だったという歴史的背景が影響している可能性もあるだろう。ともかく、ここは宝を隠すには打ってつけの場所ということだ。
カレンは、ポルチーニ茸の事件以来、レダから連日連夜、魔法を叩き込まれた。期間は僅か一週間程だが、一通りの身を守る魔法を身につけ、こうして予定通りアルフレッドと一緒にリビエル公国の大公メローが周辺国から集めた金品と武器を没収するためアーロック王国へやって来たのである。
(結局、攻撃魔法は初歩なものしか、レダさんに教わる時間がなかったし、魔法を使う戦士なんかと遭遇したら、どうしていいのか分からないけど・・・。まぁ、殿下がいれば何とかなりそうな気がするのよね。こんなに浮ついた気持ちじゃ危ないと分かってはいるけど・・・)
「カレン、一つ目の倉庫はあの大岩の裏手に入口がある。少し速度を落とそう」
アルフレッドは、目標へ向かってゆっくりと速度を落としていく。完全に停止したところで、カレンはアルフレッドの背中からぴょんと飛び降りた。ぐるりと辺りを見回してみたが、背の高い草に阻まれて、大岩など何処にも見当たらない。
「あのう、殿下。大岩ってどこですか?」
「カレン、殿下はマズいから名前で呼んでくれないか?」
(あっ、シマッタ!そうだった!!)
焦ったカレンは、ピョンと一回跳ねた。アルフレッドはその姿を見て、緊張感が何処かに飛んでいってしまいそうになる。気を引き締めるため無理やり視線を明後日の方向へと外す。
「ごめんなさい!アル、どこに大岩があるの?」
カレンは、そっぽを向いているアルフレッドに、もう一度尋ねた。
「ああ、今のカレンは背が低いから分かりにくいだろう?こっちの方向だ」
アルフレッドは、左斜め前の方向へ頭を向けて見せる。今は銀狐の姿なので、指をさして教えることが出来ないからだ。カレンは、ピョンピョンと自分なりに高く飛んでその先を確認しようと頑張ってみたが、やはり草が邪魔して何も見えなかった。
(あー、全く見えない!!このジャンプ力じゃ、何の役にも立てなさそうで嫌になっちゃう!!)
背後でアタフタしているカレンがどうしても気になってしまいアルフレッドは、ついに視線を彼女へ向けてしまう。すると、必死にピョンピョンと跳ねている姿が、視界に入った。
「くっ、可愛すぎるだろ」
アルフレッドは、その可愛くて仕方ない相手を、ついペロリと舌で撫でてしまう。
「なっ!?」
カレンは驚き過ぎて声も出ない。そして、動きもピタッと固まってしまった。
「あ、すまない。つい、本能が抑えきれなかった・・・」
銀狐姿のアルフレッドが申し訳なさそうに、頭を下げる。
「言い訳にしかならないが、その姿は可愛すぎる。他の動物にした方が良かったかもしれない」
アルフレッドが可愛すぎるという通り、今回の任務中、カレンは金毛の子猫の姿をしている。覚えたての魔法を使って姿を変えた結果、子猫になったのだ。
(私も、実際に子猫になった自分の姿を見て、これじゃ緊張感がないかもと知れないと思ったけど・・・。他の姿に変えるには、魔力をもっと消費しないといけなくなるのだもの。どうしたら、もう少しキリッとした動物になれるのか、私が知りたいくらいだわ)
「アル、舌で舐めるのはぞわっとするから、本当に止めて!!それと、他の動物になるのは能力的に無理!!」
「あー、分かった・・・、すまない」
今朝、アルフレッドとカレンは、“カレンに変装したレダ”、“魔法人形アルフレッド“と共に転移魔法でアーロック王国へ入った。
当初、“カレンに変装したレダ”、“魔法人形アルフレッド“の二人”は、船で海を渡り、カレンとアルフレッドは、転移魔法を使ってアーロック王国へ入国する予定にしていた。しかし、出発直前に、レベッカの手先が海軍にいると、レダが言い出したため、急遽、全員一緒に転移魔法を使ってアーロック王国へ入国したのである。
突然、王宮に現れた四人(一人は人形だが)に、エドリックが腰を抜かしたというのは、ここだけの秘密だ。エドリックはレダの変装を見て唸る。「どこから見てもカレンだ」と。
また、この国へカレンたちが到着するタイミングに合わせて、ニルス帝国では、二つの大きなニュースが帝国民へ伝えられた。
一つ目のニュースは、レベッカとエマの犯罪に関するものだ。前述の二人は、シュライダー侯爵家を乗っ取り、娘エマを皇子殿下に嫁がせ、帝国の転覆を狙っており、罪名も詐欺罪、偽証罪、殺人罪、恐喝罪など多岐に渡ると発表された。
すでに、裏付けは皇家とレダが終えたとカレンは聞いている。明日の夜明けまでに、罪を犯した国内の貴族や商人たちは、全員逮捕される見込みだ。カレンは、ずっと『レダの家』にいて、皆から伝え聞いているだけなので、まだこの事件が終焉を迎えていることに対して、イマイチ真実味が無かった。しかし、この任務を終えることが出来れば、きっと現状を実感出来るだろうと考えている。
余談だが、ニコラス皇帝陛下が長期間不在だったという事実は、国内外への影響が多大過ぎるため、伏せることにしたらしい。
また、ニコラス皇帝陛下は、このレベッカらによる陰謀事件が、帝国を揺るがす重大事件であると認定。それにより、この事件に加担した者を厳しく処罰するため、国外にいる罪人を見つけ次第、ニルス帝国へ速やかに引き渡して欲しいと周辺諸国へ協力を呼び掛けた。
すでに根回しは終わっており、ニュースを発表する前に周辺諸国から、了承の返事を貰っているのだという。
それと、一番カレンが気になっていた、シュライダー侯爵令嬢カレンと、第一皇子アルフレッドの婚約破棄は、レベッカの捏造した情報を元に帝国側(皇家)が婚約破棄を判断していたとして、ニコラス皇帝直々のお詫びの言葉と共に白紙へ戻された。こうして、カレンは無事、正式な第一皇子の婚約者として復帰することが出来たのである。
二つ目のニュースは、アーロック王国で本日行われる夜会へ、ニルス帝国の皇子殿下とその婚約者が国賓として招待を受けたため、アルフレッド皇子殿下とその婚約者であるシュライダー侯爵令嬢カレンが揃って参加するというものだった。
この二つのニュースを知れば、レベッカは必ず何かしらの嫌がらせをするため、夜会に現れるとレダは見込んでいる。夜会にあらわれたタイミングで、リビエル公国が、違法にかき集めた金品及び武器を全て没収したことを告げ、少しばかり罰を与えるつもりだ。この夜会の一番の目的は、野心的な大公メローに愚かな考えを捨てさせることである。ヴァルマ公国とリビエル公国以外の周辺諸国は、穏やかな隣人関係を願っている。無駄な血を流すことなど誰も望んではいない。
「カレン、草が邪魔で見えないなら、もう一度、俺の背中へ乗るといい。この草むらの先に大岩がある。見張りは5人。傷つけたくないのなら、俺が魔法を使って眠らせることも出来るがどうしたい?」
カレンはピョンとアルフレッドの背中へ飛び乗る。すると、視界の上の方に岩場が見えた。しかし、アルフレッドのいう五人の見張りは見えない。
「アル、見張りって何処にいるの?」
「ああ、岩戸の内側にいる。カレン、透視して見てみろ」
「どうやって?」
「そうだな・・・・。カレンは感覚的な魔法が上手いから、透けろと願ってみたらどうだ?」
(感覚的って、何となく馬鹿にされているような気がするのは、何故・・・)
カレンは、アルフレッドのアドバイスが、あまりにザックリ過ぎて信用できなかった。ただ、念のため・・・、以前、空間移動魔法で煮詰まっていた時にアルフレッドのアドバイスで上手く出来たので、本当に念のため、一度くらいは試してみようと、岩場をジーっと見詰めて、“透けろ”と願ってみた。
(あ、あーーーーーー!?見えた!?本当に見えたわー!!ウソでしょ!?)
「ああ、その様子は見えたのか。やっぱり、カレンの魔法使いとしての能力は、感覚とか、感情に左右されていそうだ」
「何故、そんなことが分かるのです?」
「いや、親子だからな・・・」
アルフレッドは、カレンに聞こえないくらい小さな声で呟いた。脳裏には企んだ顔のレダが思い浮かんでいる。
「え?何??」
「いや、何でもない。まだ、あと二か所も行かないといけないんだ。早く済まそう」
「はーい。では、敵を眠らせてください」
「ああ、分かった。行くぞ」
アルフレッドは、カレンを背に乗せたまま、大岩の前まで音を立てずに近づいた。大岩の前に辿り着くと、集中を高めるために黙り込む。ふんわりと銀色の毛が輝き出し、アルフレッドの身体から白銀色のプリズムが溢れ出てきて、それが辺りへ漂っていくのを、カレンは“きれいだなぁ”と眺めていた。刹那、閃光が走り、大岩に魔法陣が描かれていく。
「これ、アルが描いたの?」
「そうだ、見張りも眠らせた。ここを今から開く。荷物のある場所まで一気に駆け抜けるから、しっかり俺にしがみ付いておくんだぞ」
「はい、分かりました!」
カレンの返事を聞いたアルフレッドは先ず、右前足を使って大岩を横へスライドさせた。
(は?かなり重そうなのに、そんな簡単にー!?)
ここの倉庫は、どうやら洞窟を利用して作られたようだ。中は真っ暗で、奥の様子は全く見えない。その暗闇を迷いなく走るアルフレッド。カレンは振り落とされないように、しっかりと首の後ろにある少し長めの毛を掴んだ。
(毛足の長い部分があって良かった。私、子猫だから手が小さくて・・・掴むのが大変だわ)
辺りが見えないため、カレンの感覚でしかないがかなり深いところまで降りたような気がする。そろそろ地上へ帰れなくなるのではないかと不安を感じたところで、アルフレッドは漸く足を止めた。
「ここだ。見てみろ」
カレンは息を呑んだ。いま、カレンとアルフレッドが立っているのは、洞窟の中にある空洞の上部だった。眼下に武器庫の全体像が見える位置である。空間の広さは、シュライダー侯爵邸が入りそうなくらい広い。想像していたよりも、はるかに多い兵器の数々、大砲・投石器・戦車の数もさることながら、棚に置かれた銃や爆弾の量が、えげつなさ過ぎた。
「アル、これ無理じゃない、私!?」
余りのプレッシャーに敬語も忘れ、途方に暮れるカレン。
(失敗するわけにはいかない。だけど、魔法使いの修行歴が一週間でこれはキツいわー!!)
「ああ、魔力なら、俺がいくらでもやるから心配するな」
(んーん。うじうじしていても仕方がないわね。だって、何が何でもしないといけないのだもの・・・)
「分かった。やってみる。でも、魔力が足りないって、どうやったら分かるの?」
「俺がカレンの様子を見て補充するから、取り敢えずやってみろ」
(なんて力強いお言葉!!)
「では、先ず姿を元に戻すわ」
「ああ」
カレンは子猫の姿から、いつもの姿に戻った。
深呼吸を数回、息を整える。
両手を広げ、集中を高める。
(今日はズーーーーーーーーっと引っ張って、ゴォーーーーーーーーっと押し込むくらいの感覚でいかないと、この量は無理だわー!!)
荷物を強い力で引き出すイメージを脳内に浮かべ、手先から魔力を放出する。横で、カレンの指先から流れ出る魔力の強さを計っていたアルフレッドは、ここで助ける必要はないと判断した。カレンから、十分な魔力を感じたからである。
眼下の大荷物が、スッと目の前から全て消えた。
(次は、『レダの家』地下一階にある、左側六枚目のドアの倉庫へ荷物を入れ込む!!)
カレンは、ゴォーーーーーーーっと力いっぱい押し込んだ。アルフレッドは、上手く送られたかどうかを、即座にレダへ念話で確認する。“大丈夫、六番へバッチリ入ったわ”と、レダから直ぐ返事が来た。
相変わらず謎の多い『レダの家』だが、敵に横取りでもされたら大変ということで、今回は倉庫として大いに利用させてもらうことになった。後日、周辺諸国へ金品は返還することになっている。武器も全体量を把握してから話し合いの上、均等に分けるらしい。
「カレン、“六番へ無事に入った”と、レダどのから返事があった。次に行こう!」
「あああああ、良かった!!本当に良かった!緊張したわー!」
小声で喜びを伝えて来るカレン。アルフレッドは、彼女を強く抱き締めたくなった。しかし、今は銀狐の姿なのでそれは出来ない。仕方なく、言葉で労うことにした。
「カレンよくやった!凄いぞ。この調子であと二か所も行こう!!さあ、俺の背中に乗れ」
「ありがとう、アル!」
カレンは再び、子猫の姿になり、アルフレッドの背中へ飛び乗った。
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