第42話 41、カレンの部屋
「どうですかー?このお部屋、可愛いでしょう!!」
カレンはアルフレッドを自室へ誘った。以前の素朴で手狭な部屋とは様変わりしていた。その明るくて広い部屋に、今二人でいる。
「俺の部屋と同じくらいの広さになった・・・」
「ええ、バスルームも付いて便利になりましたよ」
室内の右壁面にあるドアを開き、カレンはバスルームもアルフレッドへ見せた。ほのかにフローラルの香りが漂ってくる。
(最初から、これくらいお部屋が広くて、ソファも置いてあったら、殿下を床に寝せるなんて事態にはならなかったのにね)
アルフレッドは、無邪気に新しい部屋を披露してくれるカレンへ少し戸惑う。自分に対して、警戒心が無さ過ぎなのではないのか?と。
「カレン、俺は部屋に戻る」
「ええーっ、折角来たのだから、お茶の一杯くらい飲んで帰ってください!今、淹れます!!」
カレンは、ソファ脇のキャビネットを開き、ティーカップを取り出し始めた。どうやら、アルフレッドに拒否権はないようだ。
アルフレッドは仕方なく、部屋へ戻ることは諦めて、室内をゆっくり歩いて一周することにした。すると、その途中で、ベッド脇のサイドテーブルの上に魔導書が置いてあるのを見つける。
「これ、見てもいいか?」
習いたての魔法でお湯を沸かそうとしているカレンに聞く。
「はい、どうぞ~」
快諾を貰い、アルフレッドはかなり年季の入った魔導書を手に取った。ページを捲ると古代語が目に入る。この文字は、帝国内で読める者はもうほとんどいない。だが、アルフレッドとカレンは皇宮の後継者教育で一緒に学んだため、この文字も難無く読めるのだった。
この本のタイトルは物質変換法と書かれていた。表紙を捲り、目次を確認したところ、今ある物質を違う物質へ変換させる方法が記されている魔導書のようだ。
「殿下には、簡単過ぎるかもしれないです・・・」
背後から、カレンが語り掛ける。
「この家の書庫には、レダさんの集めた魔法に関する本が沢山あるのです。私は、ここに来てから約七か月になりますけど、ずっとそういう本を読み漁っていました。今まで、魔法の指導をきちんと受けたことが無かったので・・・」
「それで、カレンはこういう書物を読んで、魔法を使えるようになりたいと思い始めたのか?」
「まあ、そうですね。何となく自分に魔力があることは分かっていたのでー」
「魔力があるというのは、いつ頃、気付いたんだ?」
「かなり幼い時です。もっと早く魔法を学んでいたら、義母たちに対抗していたのに・・・」
「ーーーある意味、対抗しなくて正解だったんじゃないか?今も、シュライダー侯爵家では、カレンの身代わり人形が療養という名の監禁中だ。カレンが下手にレベッカたちへ抵抗して、命を奪われたりしたら、俺はあいつらに何をしてしまうか分からない」
「――――殿下が暴走したりしたら・・・・、どうなるのでしょう?――――怖いですね」
湯気の上がるお茶をティーカップに注ぎながら、カレンは苦笑している。アルフレッドは魔導書を手に持ったまま、ソファへ腰掛けた。そして、パラパラとページを捲りながら、内容を眺める。ふと、途中のとあるページが気になって、手を止めた。
“第三章の二項・姿を変える方法”。姿を変えるのも物質変換だと言われれば、確かにその通りなのだが、アルフレッドは、己が銀狐や人間に姿を変えるときに何かを意識して変化したことなど、一度も無い。この章では、アルフレッドのように無意識で姿を変えることが出来る物・者ではなくとも、記載されている魔法陣を描けば、自分自身、或いは対象の物・者の姿を変えることが出来るという内容が記されていた。ただ、問題が一つある。こういう魔法を使うには、それなりの魔力量が必要であるということだ。その重要な一文が、何処にも書かれていないことに違和感を覚える。
「はい、お茶が入りました。どうぞ」
カレンは、アルフレッドの前にティーカップを置くと、その隣に自分の分も置いて腰掛けた。てっきり、向かい合わせで座るのかと思っていたので、アルフレッドは、カレンの行動にドキッとする。
「ええっと、何処が気になるのです?」
カレンは、アルフレッドの手元にある魔導書を、横から長い金髪をかき上げげながら覗き込んで来る。当然、身体をぴったりとくっつけて・・・。
「あっ、姿を変える方法のところですね。それ、出来るようになりたいんです!!殿下みたいな、美しい銀狐は無理かもしれませんけど、子猫くらいなら出来そうな気がして」
「そうか。ここでは魔力量のことに触れていないが、大型の物や者になる場合は、それ相当の修行が必要になるだろう。だが、子猫なら、カレンの身体よりも小さいから、魔力消費も少ないハズだ」
「あ、そういう基準があるのですね。だから、空間移動術も、小さな箱から練習を始めたのですね。ということは、大きな空間を移動させる時には、大量の魔力が必要になるということですか?」
「ああ、その通りだ。だから、レダどのは敵の荷物を移動させる任務に、俺とカレンの二人で行けと命じたのだろう。俺の魔力量はかなり多いからな。ただ、魔力を全力で開放するなら、銀狐の姿で行かないといけないんだ。そこだけは不便というか、不格好で嫌なのだが・・・」
「不格好!?とんでもない!!殿下の銀狐姿は美しくて、神々しい雰囲気が漂っていて、私は大好きですよ。ですが、今回の任務で、空間移動術を使うのは私ですよね?一緒に行っても私の魔力が枯渇したら、魔力量の多い殿下が一緒にいたとしても、どうしようもなくないですか?」
「その時は、俺がカレンに魔力の供給をする」
(魔力の供給???)
「そんなことが、可能なのですか?」
「魔力を分け与える方法がある」
「ふぇ~、私の知らない魔法が、まだまだ沢山ありますね」
アルフレッドは魔導書を一旦閉じて、ティーテーブルの上に置いた。そして、カレンの淹れてくれたお茶を飲むため、カップへと手を伸ばす。
「美味しい。ありがとう」
アルフレッドは、お茶のお礼を告げる。カレンは軽く頷き返すと、自分のティーカップを手に取った。音を立てないようにスーッと息を吹きかけてから、ゆっくりと口に含む。
(はぁー、熱いけど美味しい。上手く魔法でお湯を沸かせて良かった!ああ、殿下の隣って、ホッとする・・・)
カップを手に持ったまま、カレンはアルフレッドへ寄り掛かる。触れた腕から優しい温かさを感じた。春だとは言え、夜はまだ寒い。
(人肌が恋しいってこういうことを言うのかしら・・・。ん?言葉の使い方、合ってる?間違ってる?)
アルフレッドは、寄り掛かったまま動かないカレンの手から、中身がこぼれそうになっているティーカップを取り上げた。
「カレン、眠たいのか?」
横から顔を覗き込むアルフレッド。視線が合ったカレンは軽く首を振った。
「殿下の横にいると、温かくて心地いいので離れがたくて・・・」
「そういうことを軽々しく言わないでくれ。俺の理性を試しているのか?」
(理性?試している?)
「理性?」
「ああ、そうだ。俺は、レダどのに結婚するまでカレンに手は出さないと約束した。だから、本当は部屋で二人きりになるのも良くない。こんな風に近づき過ぎると抑えが利かなくなるから」
「抑えが利かなくなると、どうなるのです?」
「ガブっと、食べるかもしれない」
カレンは、両手を口に当て、目を見開いた。
「んー、私、多分美味しくないので、食べるのはちょっと・・・」
狼狽えるカレンを見ていると、アルフレッドは笑いが込み上げて来る。
「ハハハ、カレン、隠喩というのを知っているか?」
「隠喩?他の意味を持たせた言葉ということですよね?」
「そうだ。ストレートに言うのが憚はばかられるときに使う。今回の食べるという言葉の意味は、カレンを食うという意味じゃない」
「なるほど?」
「ピンと来ていないようだから、ハッキリ言っておく。これ以上くっついていたら、押し倒して抱く!!」
「抱く・・・・」
カレンは下を向いて、ボソッと呟いた後、アルフレッドへ向けて、大きく両腕を広げた。
「あー、真面目に説明した俺がバカだった!!」
アルフレッドは、ギューッとカレンを抱き締めた。腕の中にすっぽりと収まったカレンの肩が揺れていることにも気づいている。
(殿下がこんなに焦るなんて、フフフフフッ)
「あー、もう!早くあいつらを成敗して、カレンを抱きたい!!」
アルフレッドは、カレンの耳元へ熱っぽく囁いてくる。
「別に我慢しなくても、いつでも抱いてください~、フフフフフ」
カレンは、アルフレッドの胸に顔をくっつけたまま、クスクスと笑っている。次の瞬間、アルフレッドはカレンをべリッと自分の身体から剥がして立ち上がった。
「カレン!抱くの意味が違う!!俺を軽い気持ちで誘惑するな!痛い目を見るぞ!!もういい、寝る。おやすみ」
大声で、カレンに注意をしたアルフレッドは、スタスタと部屋から出て行ってしまった。
「ん?私が殿下を誘惑・・・、抱くの意味が違う・・・。えっ?はっ!?そういう意味だったの!???アハハハ」
カレンは、見たことのないアルフレッドの言動と行動に笑いが込み上げてくる。
(そんなに怒らなくてもいいのにー。でも、まあ、私を大切にしてくれているってことだよね。ありがとう、殿下!)
ひとしきり笑った後、カレンは深呼吸を一度してから、ぬるくなった紅茶を口へ運んだ。
(明日もがんばろう。殿下の可愛い子猫になれるように!!)
次の日、金色の可愛い子猫カレンに、アルフレッドが悶絶したというのは言うまでもない。
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