第41話 40、いきなり実践!? 下

 アルフレッドは魔法を存分に使うため、銀狐の姿になった。カレンは初めて見るその姿に興奮する。


(前はケモ耳だけだったから可愛い感じだったけど、キラキラと輝く銀色の毛並みが高貴な雰囲気を醸し出していて、凄くカッコいいわ!!)


「キレイ!殿下、すっごくキレイですね。触ってみても?」


「いやー、それは後にしよう。先に面倒事を片付けた方がいいだろ」


 美しい銀色の毛を撫でる気満々だったカレンは、少し残念な気分になったが、早くしないと呪いのかかったポルチーニ茸を、誰かが食べてしまう可能性がある。アルフレッドの指摘は、ごもっともだった。


「はい、ここの地下倉庫で空いている部屋があるので、先ずはそこへ移動しましょう」


 カレンは、アルフレッドを地下に降りる階段へと誘導する。アルフレッドは、『レダの家』の広さが前々から気になっていたのだが、また更に疑問が深まるようなエリアが登場した。降り立った地下の長い廊下は奥深く、左右にはいくつもの扉があったのである。


「カレン、レダの許可なく、勝手に使っていいのか?」


「大丈夫です。そもそも数か所しかドアが開かないので!多分、使用不可の部屋にはレダさんがカギを掛けています」


「ーーーーそうか」


 カレンは、階段を下りて、手前からドアノブを回していき、施錠されているかを確かめる。


「この部屋はカギが掛かっていませんね。ここにしましょう」


 そして、左側の手前から五つ目のドアを開いた。


 室内は、かなり天井が高く、広い空間となっており、床・壁・天井は、石造りだった。湿気も強くはないし、埃も積もってはいない。カレンが適当に選んだ割には、倉庫に向いている部屋だなとアルフレッドは思った。


「よし、始める。カレンは下がっていろ!」


 カレンは、アルフレッドの指示通り、入口付近の壁にピッタリと身を寄せた。銀狐のアルフレッドは、部屋の中央で神経を集中させる。すると、アルフレッドの身体を中心にして、白銀色の魔法陣が石床へフワッと浮かび上がって来た。


「キレイ・・・」


 カレンが呟くと共に、魔法陣は輝きを増し、部屋全体を白い光で包み込む。すぐにドサッドサッと何かの音が聞こえてきたが、眩しくて目が開けられない。


 カレンは両手で顔を覆い、少しずつ指の間を広げ、外の明るさに慣れようと目を眇めながら視界を広げていく。すると、目の前で起きている事態が徐々に明らかになってきて、思わず息を呑んだ。


 天井から、ポルチーニ茸が降ってきている・・・・。


(えええっ?きのこの雨!?こんな風景は想像もしてなかったわー!!)


 アルフレッドを取り囲むように、夥しい数のポルチーニ茸が降り積もっていく。やがて、勢いは弱まり、ポトン、ポトンと最後のポルチーニ茸が落ちてきて、室内の明るさも元に戻った。


「これで全部だ。念のため、呪いの分析と解呪も施しておくから、その場でもう少し待ってくれ」


 再び、アルフレッドは集中する。魔法陣は、きのこの雨で隠れてしまったが、今度はアルフレッドの身体から白銀色の粒子が霧散された。


(黒魔女レベッカの発生させたどす黒い霧とは違って、殿下の発生させる霧はキラキラと輝いていて神々しいわー)


 カレンが、両手を組んで、うっとりと銀狐アルフレッドを眺めていることにアルフレッドは気付いていない。


ーーーーー数分後。


 アルフレッドが分析した結果、このポルチーニ茸を摂取した者は、意思をはく奪される効果及び身体を強化する効果が掛かっていたと分かった。これは呪いをかけた者が、ポルチーニ茸を摂取した者を操り、どこかで暴れさせる意図があったことを裏付けるのに十分な証拠となるだろう。


 まだカレンから詳細は聞いていないが、この事件はレベッカ絡みなのだろうとアルフレッドは予想している。


 カレンの目の前で、突然、部屋の中心にいた銀狐はその姿を人型に戻した。


「えー、ヒドイー!!触りたかったのにー!!」


「カレン、心の声が出てるぞ。これはレベッカが呪いをかけたのだろう?詳しい話を聞かせてくれないか?」


 アルフレッドはカレンの怒りを完全に無視して、話を進める。相変わらず、カレンは無自覚だが、アルフレッドは好きな女に身体を撫で回されるのを、平然と受け流すほどの理性は持っていない。


「あー、そこまで理解されているとは流石です!詳細は、しっかりとお話ししますね。ところで、このポルチーニ茸はどうします?このまま放置していたら、痛んでしまいますよね・・・」


「あー、すでに解呪してあるから食べても大丈夫だが・・・。そうだな、保存が利くように乾燥でもしておくか?」


「最高ですね、そのアイデア!!」


 カレンが賛同すると、アルフレッドは指をパチンと鳴らす。山のように積みあがっていたポルチーニ茸は一気に乾燥され、籠二つ分ほどの量になった。


「おお!素晴らしい!!もったい精神は大切です!!」


「いやー、解呪したとはいえ、一度呪いが掛かったものを、普通の人は絶対食べたくないと思うだろ。カレンは案外、図太いところがあるな、フッ」


「お誉めの言葉をありがとうございます、フフフッ」


 ふたりで顔を見合わせて笑う。


 この後、カレンはアルフレッドに詳しい事情を説明するため、ダイニングへと移動した。



ーーーーーー


 お湯を沸かそうとカレンがケトルを手にしたところで、背後に気配を感じた。


「うわっ!レダさん、お店の入口から帰ってきてくださいよー!!」


「いや、緊急事態だと・・・」


「大丈夫です。俺がすぐに駆け付けられたので」


「そうか。アルフレッドありがとう。すまないね、遅くなって」


 レダは、アルフレッドの肩をポンポンと叩いた。


「レダさん、大丈夫です。一応、解決しました。ただ、まだ詳細を殿下にも話していなくて、ちょうど今から説明するところだったので、レダさんも是非一緒に聞いてください」


「分かった」


 レダは指をパチンと鳴らした。同時にダイニングテーブルの上に、マグカップが三つ並んで現れる。中には、すでに飲み物が入っており、湯気も昇っていた。ふんわりとコーヒーのいい香りが広がる。


「私もその指パッチンが出来るようになりたい!!」


 カレンはケトルを片手にごちる。アルフレッドは横から手を伸ばし、ケトルを受け取ると、反対の手でカレンの頭を強めに数回撫でた。


(はいはい、焦るなってことね。それは分かっているのよ。だけど、早く魔法を上達したい、強くなりたいの!!)


 カレンは、二人にマーガレットが今朝、市場で怪しい商人から商品を購入したというので、その商品をここへ持って来てもらって記憶を辿ったという話をした。そこで、レベッカが反シュライダー侯爵派と繋がっていたこと、失敗した男を処刑したこと、アルフレッドを振り回すために、呪いをかけたポルチーニ茸を市井に振り撒こうとしたことを、過去の記憶で見た通りに伝えたのである。


「まさか、俺を敵視しているとはな。父上は今、皇宮のレベッカが手出しできない場所にいるから心配は要らないとは思うが」


「ニックは、無防備だから警戒しておかないといけないね。後で、皇宮にはもう少し強い結界を張りにいってやろう。それから、今回の倉庫は、帝国の貴族たちが簡単に集まっているところをから鑑みて、帝国内か、遠くても隣国ヴァルマ公国内にありそうだね。街道の先の荷物を魔法で運んで、利益を上げるつもりか・・・。あたしの街道封鎖作戦を上手く使いやがって、レベッカの奴め、腹が立つねぇー!」


「荷物を移動させる魔法って、案外簡単に出来・・・」


「簡単じゃない!!」


 アルフレッドとレダの声が重なった。カレンは二人の勢い押される。


「あんた、一日で習得したから簡単だと思うんだろうけど、普通の魔法使いだったら、習得するまでに、十年はかかるからね。才能アリなんだよ、あんたは」


「――――そうですか?」


「ああ、カレンは今日俺たちを呼ぶとき、昨日習得した魔法を咄嗟にアレンジしただろう?そんなこと、新米魔法使いが出来るものじゃない」


 ふたりはカレンを見て、うんうんと頷いている。カレンはやけに褒められて、むず痒くて仕方なかった。


「あ、そういえば、殿下は衝立の裏に居たのに、いつの間にマーガレットさんとお話を?」


「あー、それは・・・」


 アルフレッドは頭をガシガシと掻く。彼がそんな粗暴な仕草をしているところを見るのは初めてで、カレンはドキッとした。


「マーガレットが突然、つかつかと衝立の方へ向かって来たんだ。あの時、俺は魔力を全開にしておこうと銀狐の姿になっていた。それで、慌てて人型に戻ったんだが・・・。あれは何だったんだ?気配は消しておいたのに・・・」


「マーガレットはそういう性分なのさ。無意識に引っぱるんだよ、糸口を」


 レダが、愉快そうなそぶりで言い捨てる。カレンは、マーガレットが糸口を持ってくるという点に思い当たる節が多々あるので、妙に納得してしまった。


「なるほど!マーガレットさんの謎が解けました!!レダさん、ありがとうございます!!」


「はぁ!?カレン、その話を信じるのか?あのマーガレットというご婦人は、レダどのの仕込みかもしれないだろ」


「まあ、その辺はあんたたちの想像に任せるよ」


 レダは否定も肯定もしなかった。


 その後、カレンが解呪したポルチーニ茸がもったいなくて乾燥させたという話をすると、レダは腹を抱えて笑った。そして、この日の晩御飯は、ポルチーニ茸のパスタにしようと、満場一致で決定したのである。


 市井を揺るがすような悪事を、無事に解決して、アルフレッドとレダは再び、皇宮へ出かけて行った。カレンは次のお客様が来るのを『レダの家』で待つ。


―――――その頃、レベッカはイライラとしていた。自分の掛けた呪いが何者かによって解呪されたと気付いたからである。午後を待たずして、バルド男爵の首は刎ねられたというのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る