第40話 39、 いきなり実践!? 中
そこは、かなり大きな食料庫の中だった。大きな酒樽や木箱に入れられたジャガイモ、ニンジンなどの根菜類と穀物の入った麻袋などなど・・・。それらは、きれいに積み上げられ、管理が行き届いているように見えた。
黒魔女レベッカは、数人の男たちと何かを話している。カレンは、そっと気付かれないように視点を近づけていった。
「――――さてさて、あなた達は、一体、何をしていらしたのかしらん?皇帝陛下や主人(シュライダー侯爵)の見張りは、誰がしていたの~?無能な部下に任せちゃった?それとも、自ら見逃しちゃったのかしら~」
レベッカの服装は、いつもの派手な原色系のドレスではなく、金糸で、刺繍が施された深紅のローブ姿だった。また、このねっとりとした厭らしい口調は聞いているだけで、不快感が湧いてくる。
(顔も見たくない相手と、まさか、こんなところで再会してしまうなんて、本当に嫌だわ)
カレンは思い出したくないレベッカによる罵倒の数々が脳裏を過った。当然、嫌な気分になったものの、以前のように逃げるのではなく、凛と前を向き、レベッカを見据える。
(もう、今の私はこの人を怖いなんて思ってないわ。多くの味方と一緒に、レベッカの犯した罪を暴いて償わせるっ!!)
ある男が、レベッカの前に引き出された。恐らく彼が、ニコラスやシュライダー侯爵の見張りを担当していたのだろう。
「も、申し訳ございません。次こそ、必ず・・・」
男の身なりは立派だった。面識はないが、貴族で間違いないだろう。彼は顔面蒼白で震えながら、レベッカに詫びを入れていたのだが・・・。
ドスッ。
重い音がした。カレンは叫びそうになるのをギリギリのところで堪えた。
(あ、あ、あああああ。そんな簡単に・・・)
目の前に、首を落とされた死体が転がった。それを見詰めるレベッカは、顔色一つ変えず、いや、寧ろ楽しそうな表情を浮かべて立っている。仲間の首を切り落とされた男たちの表情は恐怖で引き攣っていた。次は、誰が殺されるのだろうと・・・。
「さーて、どうしようかしらね~ぇ。あなたたち、何か面白いアイデアでもないの?」
レベッカは彼らを一瞥するが、誰一人、声を出せない。
「はっ!面白くないこと!!そうねぇ~。少し帝国民を洗脳して遊ぼうかしら。狡賢いアルフレッドを振り回せば、また皇帝に近寄れる隙が出来るでしょうからね。あの皇帝、絶対にレダを隠して・・・。あら、少し喋り過ぎたわね、ホホホホ」
気味の悪い笑みを浮かべ、レベッカが独り言を饒舌に語る様は、恐ろしく気持ち悪かった。だが、その先の話を知りたいので、我慢しなければならない。カレンは気を紛らせるため、固まっている男たちへ目を向けた。
(誰か、私が知っているような方がこの中にいないかしら?よく見ると皆さん身なりがかなり良いから、貴族の方々だと思うのよね。あー、あの背が高い方は見覚えがあるような・・・。眼鏡を掛けているけど、外したら・・・あっ!?あの顔は、ラーシュ伯爵!!ということは、もしかして・・・)
ラーシュ伯爵と言えば、以前アルフレッドに媚薬を持ったメンバーである。アルフレッドの話では、シュライダー侯爵家と敵対するヴァルツ公爵派だとのこと。
ちなみに、ヴァルツ公爵は、過去に娘をアルフレッドへ嫁がせようとして、キッパリと断られたことがある。そこで、野心家の彼は、先日、媚薬をアルフレッドに盛り、自分の娘アリアを差し出そうとした。アルフレッドから、この話を聞いたカレンは、生贄のようなことをするヴァルツ公爵に嫌悪感しかない。
「ええっと、操り人形を無差別に作ってあげましょうね~。そこの食材を持って来なさい」
レベッカは倉庫内に置かれた大きな籠を数個持って来させた。
(あ、あれは、ポルチーニ茸だわ!!)
籠に向かって、レベッカは手を翳し、何か呪文のようなものを詠唱し始める。その指先からは怪しげな黒い霧が発生し、籠を包み込んでいくのが見えた。
(あれは毒?んー、違うわ。操り人形って、言ってたから、呪い?それとも昏睡させる系???何にしろ、あのポルチーニ茸は、絶対に食べちゃだめなヤツー!!)
「これをナブラ商会の倉庫へ送って頂戴。バルド、あとはよろしくね~」
「はい、仰せのままに」
レベッカは、男たちに軽く手を振ると姿を消した。それと同時に、カレンの目の前の光景が暗転する。
(え、この後、ポルチーニ茸はどうなったの???バルドって、バルド男爵のこと???あーもう、もう少し見させてーーーー!!)
カレンが悶々としていると、次は何処かの酒場が映し出された。視線の先では恰幅のいい男が食事をしている。
(あの男、ポルチーニ茸と何か関係があるのかしら?)
「くっそー、街道は一体、いつ封鎖が解けるんだ~!?商売あがったりじゃねーかー!」
周りに聞こえるほどの悪態を尽きながら、ジョッキを片手にエールをのどへと流し込んでいる。そこに、一人の若い男が駆け込んで来た。
「大将ーっ、とんでもねーことが起こりましたぜ!!」
「なんだ。ヨギ、くだらねーことを言ったら、ぶっ飛ばすぞ!!」
「ひいいいぃ、ぶっ飛ばすのだけは、ご勘弁を!!」
「ああ?お前は本当に弱っちいなぁ~、用件はなんだ?」
「はい、うちの倉庫に、大量のポルチーニ茸が入荷しました!一攫千金っす!!」
「てめえ、ボケてんのか?街道が封鎖されてんだぞ?」
「いえ、例のお方からの荷物です。何でもタダで・・・・」
ヨギは小声で、大将に耳打ちをする。
「ほう?それは天からの恵みってことだな。よーし!ヨギ、明日の朝、市場へ行くぞ!!」
「はい、大将!!」
ヨギは、大将へガッツポーズを作って見せた。
(なるほどね、レベッカが変な呪いをかけたポルチーニ茸を販売したのは、この二人だったのね。例のお方って、バルド男爵のことかしら・・・)
場面は再び暗転した。カレンは、記憶から出て元の世界へ戻る。
ゆっくりと瞼を開くと、マーガレットがアルフレッドと話していた。カレンは状況が良く分からないため、様子を窺う。
(ん、一体どういう状況??殿下は、衝立の裏に隠れていたハズだけど)
「あっらー、皇子殿下もレダのファンだったのかい?美人さんだもんねー」
「美人?それは、顔を知って・・・いや、何でもない。マーガレットどの、私はレダどののファンだから此処に居るのではない。仕事を依頼するために来たのだ。そして、立場上、人前で姿を簡単に晒せない故・・・」
「まあまあ、そんな細かなことを気にしなくていいんだよ。ほら、あたしたちがお喋りしている間に、レダの占いも終わったみたいだね」
マーガレットは、にっこりと笑顔でカレンの方を向いた。一方、アルフレッドは、バツが悪そうな表情で、カレンを見ている。
(殿下、何か言いたそうだわ。詳しいことは後で聞きましょうかね)
「はい、お待たせしました。結果から申し上げると、このポルチーニ茸は強い呪いが掛けられています。絶対に食べてはなりません」
「な、なんだってー!?そりゃ、大変だ!!!」
マーガレットは、大声を上げる。アルフレッドは一瞬、大きく目を見開いたが、すぐに冷静な表情に戻った。
「マーガレットさん、落ち着いてください。私に考えがあります」
カレンは、呪いがかかったポルチーニ茸は、ここで自分が魔法を使って回収したいと、マーガレットに提案する。そして、強い呪いが掛かっているため、人が触ること自体が危険かもしれないと注意も付け加えておいた。アルフレッドは、口を挟まず、黙って聞いている。
「そうかい。流石、レダだね。魔法で安全に回収出来るなら、是非お任せするよ。まあ、突然、今朝買ったポルチーニ茸が目の前から消えたら、みんな驚くだろうけどね、ハッハハ。健康を害するよりは、消えた方がいいだろうよ」
「ええ、呪いを甘く見ていると危険ですからね」
そこで、カレンはアルフレッドに耳打ちをした。
「殿下、今日の皇宮のランチメニューは?」
「え、ランチ?えっーと、燻製ベーコンとレタスを使ったサンドイッチだったと思う」
「ありがとうございます」
カレンは、マーガレットに向き直った。
「マーガレットさん、お店に燻製ベーコンはありますか?」
「おおっと、タイムリーだね。燻製ベーコンは今朝仕入れたよ」
「では、本日のメニューは燻製ベーコンとレタスのサンドイッチでいかがでしょう?」
「いいねー。新鮮なレタスもあるし、それにしようかね。今日は、面倒事を解決してくれたから、お代は大めにしておくよ。遠慮なく、受け取っておくれ」
マーガレットはテーブルに五十ピールコインを置いた。
(すごい!!いつもの五日分だー!!)
「ありがとうございます。後は、お任せください」
「いや、こちらこそだよ。明日もよろしく頼むね!!皇子殿下、会えて嬉しかったよ。ごきげんよう~♪」
鼻歌交じりで、マーガレットは去っていった。
カレンは、ドアを閉めた後、ササっとカギを掛けるのを忘れない。漸く、緊張がほぐれ、アルフレッドと同時にため息を吐いた。
「殿下、詳しい話は後です。呪われたポルチーニ茸を回収しないといけないんですー!!!誰か食べちゃったら大変なことになりますっ!」
「ああ、どうする?俺がしようか?」
(え?俺がするって、どうやって?あ、でも、初心者魔法使いの私がするより確実かも!)
「いいえ私がします!と言いたいところですけど、これは失敗できませんからね。お願いします。というか、殿下はこのくらいの情報で大丈夫ですか?」
「ああ、大体把握した。このポルチーニ茸と同じ呪いが掛かったものを、全て回収すればいいんだな?」
(おお、凄い。流れが分かっていらっしゃる!!)
「はい、そうです。よろしくお願いします!!」
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