第36話 35、いつか真実を

 魔法の授業を受けて疲れ切ったカレンは、食事が終わったら、部屋で早めに休もうと決めていた。一方、アルフレッドは仕事が片付いていないのか、まだ『レダの家』へ戻って来ていない。


「レダさん、おやすみなさい。殿下にも、伝えておいてください」


「あららー、カレン、すっかり疲れ切ってるじゃないか。アルフレッドには、ちゃんと伝えておいてやるよ。おやすみ」


 挨拶を終えたカレンは、二階に上り、自室のドアを開く。


「うわぁーっ!!」


 カレンは、すっかり忘れていたのだ。レダに頼んで部屋を改造して貰ったということを・・・。


(いや、驚いたけど・・・。この部屋、とても可愛い!!これを一瞬で完成させるなんて、レダさんは本当に凄い人だわ!!)


 今朝まで殺伐としていたカレンの部屋は、完全に姿を変えていた。


 壁紙はライトイエローで、窓辺は白い布地を使ったシェードが吊るしてあった。家具は、白で統一されており、とても品が良い。ベッドのカバーは、可愛いさだけでなく清潔感も兼ね揃えているピンクのストライプ柄。そして、壁際に置かれたオープンシェルフには、可愛らしいぬいぐるみが沢山飾ってあった。


(ん?ぬいぐるみのリクエストはしていないのだけど・・・。可愛いから良し!!)


 また、アルフレッドの部屋と同じく壁面には二つのドアがあり、その先には、バスルームとクローゼットルームがあった。


 一通り、部屋の中を探索したカレンは、メインルームにあるオープンシェルフへと近づいていく。それは、“とあるぬいぐるみ”を見つけたからだ。


(これって・・・・。もしかして、レダさんからの贈り物だったの?)


 カレンが手に取ったのは、耳が垂れているうさぎのぬいぐるみだった。シャンパンホワイトの巻き毛で、瞳は、透き通った紫色をしている。この特徴的な見た目は、カレンが幼いころから大切にしていた“デュラ”という名のぬいぐるみと瓜二つだ。


 『レダの家』へ逃げて来た時、屋敷に置いてきてしまったデュラ。今は、どうしているのだろうか?カレンは、目の前にいるデュラとそっくりなぬいぐるみへ手を伸ばし、抱き上げた。


(フワフワしていて可愛い・・・。この感触は間違いないわ。この子は、デュラのきょうだいなのかしら?――――それにしても、この部屋に入る前は、疲れ切っていたのに、この子を抱いていると癒されていくような気がするわ・・・)


 しばらく抱きしめた後、カレンはデュラとそっくりなぬいぐるみをオープンシェルフではなく、ベッドの枕元へそっと置いた。


「いい夢のお供をしてね」


 カレンは、ぬいぐるみに優しく微笑みかける。そして、踵を返すと、バスルームへ向かった。



―――――その少し後、アルフレッドが『レダの店』へ帰って来た。



「お帰り」


「ただいま、レダどの。カレンは?」


「何だい。帰るなり昨日と同じ質問をするんだね、ハハハ」


「そうだな。で、カレンは?」


 カレンのことを聞きたくて仕方ないアルフレッドは何と言われようと質問を変えない。レダは苦笑しながら答えた。


「カレンは、魔法の練習で疲れ果ててしまったんだよ。だから、早く休むそうだ。あんたにおやすみって言っておいてくれって言われたよ」


「ーーー大丈夫なのか?」


「ああ、眠ったら回復するだろう。特に体を壊したり、ケガをしたというわけではないからね」


 レダは、今日した課題のことをアルフレッドに話した。カレンが、自力で空間を繋げることに成功したと聞いたアルフレッドは驚きを隠せない。それは、とても一日で習得出来るような内容ではなかったからである。


「それで、あとは数が増えてしまうという点を改善か・・・」


 アルフレッドは、顎に手を添えて考える。金や兵器が増えるだけなら、別に改善しなくても、今回の計画には何の問題もないのではないかと・・・。思い切って、レダに話してみると、あたしもそう思うよとアッサリ同意されてしまった。


「それで、次は何を教えるつもりだ?」


「次は自分を移動させる魔法、いわゆる転移魔法だね。あの感じなら、数時間で習得するだろうよ」


「数時間だと!?」


「ああ、今日の空間移動の魔法も、二時間くらいでマスターしたからね」


「それは、また恐ろしいスピードだな」


「そうなんだよ。嫌でも親子を感じてしまうだろう?」


「まぁ、親子だからな。当然なんじゃないか?」


 レダと気安く話していると、誰かが、店の入口のドアを、コンコンとノックした。


「こんな時間に来客か?」


「確かに、珍しいねぇ~」


 小声でやり取りをした後、レダはドアへ近づき「こんな時間に誰だい?」と聞いた。


「私だ」


 アルフレッドに聞き取れるか聞き取れないくらいの小さな声が、ドアの外から聞こえて来る。


「ああ、今開けるよ」


 レダは声の主が分かったらしく、すんなりとカギを開ける。ドアを開け、部屋に入って来たのはシュライダー侯爵だった。


「殿下、今夜も来られていたのですか?」


 レダに話しかける前に、シュライダー侯爵はアルフレッドへ質問してきた。


「あらあら、あたしにはご挨拶もなしなの?」


 レダは、急に高い声で話し始めた。しかも、いつもと全く違う口調だ。このレダという女は、一体、どれが本当の姿なのだろうと、アルフレッドは呆れてしまう。


「そんなことを言わないでくれ。会いたかったよ、レダ」


 シュライダー侯爵は、レダの腰に手を回すと、彼女の黒いローブを後ろへ下げ、露わになった額へ軽く口づけをした。突然の出来事に、アルフレッドは驚いてしまう。


「二人は、いつもそんな感じなのか?」


「ええ、夫婦ですから」


 堂々と答える、シュライダー侯爵。


「それなら、何故・・・」


「まあ、アルフレッドの言いたいことは分かるわ。だけど、私も大魔女という使命があるから、色々と難しいのよ。カールのおかげで、こういう我儘な生活をさせてもらえているのだけどね」


「―――――すまないが、レダどの。人格を使い分けるのは構わないが、頻繁に入れ替わられると、俺も流石に混乱してしまう。せめて、話をする時は、どれか一つに絞ってくれないか?」


「そう?それなら、カール、占い師バージョンで話してもいい?」


「ああ、私は何でも構わないよ」


「ゴホン。で、カールは、あたしに何か用事なのかい?」


 器用なことに、レダの声色は一瞬で元通りになった。アルフレッドは腹の奥から笑いが込み上げて来る。


「ブッ、ハハハハハ」


「殿下、そんなに面白いですか?」


 シュライダー侯爵は、アルフレッドの見たこともない笑いっぷりに、やや引き気味だった。


「いや、フッ、フフフッ、面白過ぎるだろ、アハハハ、器用だな、レダどの」


 アルフレッドは笑いのツボにハマっていた。レダは、その間にシュライダー侯爵の方へと向き直り、本題を聞く。


「で、何の用事だったのかい?」


「いや、単純に様子を見に来たんだ。ええっと、アルフレッド殿下!レダが戻ったので、もうカレンの夜間護衛はしていただかなくて、大丈夫です!!」


 レダは、シュライダー侯爵の真意が分かった。アルフレッドが、ここへ泊るのを、彼はいいと思っていないのだと。


「侯爵、心配しなくていい。俺はカレンに会いたくて、ここへ来ているだけだ」


 気合で笑いを引っ込めて、アルフレッドは堂々と宣言した。レダは、カレンの気持ちを知っているので、少しアルフレッドの肩を持ってやろうと口を開く。


「カール、あたしは、ここに殿下のお部屋を作ったんだ。使わないと勿体ないだろう」


「えっ!?殿下の部屋!?私の部屋は無いのに???」


 アルフレッドは“侯爵、そこじゃないだろう?”と、突っ込みたかったが、余計なことは口にせず黙っていた。すると、とても不服そうなシュライダー侯爵は、レダにこう言ったのである。


「ならば、私の部屋も作ってくれないか?」


 残念ながら、このお願いは即却下された。理由は簡単、シュライダー侯爵がここへ部屋を作って貰える理由を、カレンが知らないからだ。


「ああ、私だけが蚊帳の外なんて、酷すぎる!!」


 嘆くシュライダー侯爵を、レダとアルフレッドは全力で宥なだめて、今夜は、お引きとりいただいた。


 


ーーーーー見送った後、ドアにカギを掛けるレダに、アルフレッドはお礼の気持ちを伝える。


「レダどの、助け舟を出してくれてありがとう。俺は、これからも毎日来るつもりだ」


「いやいや、こちらこそだよ。あんたたちと一緒にいるのは面白そうだからね。だけど、カールは、また来るだろうよ。カレンと鉢合わせたら、厄介だわ~」


「確かに・・・。ただ、まあ、それは陛下の使いとか、適当な理由を言えばいいだろう。それよりも、フードを取って口づけ・・・」


「あああーーーー、それは言わないでおくれー!!」


 アルフレッドの鋭い指摘に、レダが狼狽える。


「でも、まあ、ふたりの仲が良くて安心した」


「そ、そうかい?」


「ああ、この一連の事件が終わったら、家族で仲良く、一緒に住めばいいんじゃないか?」


「んー、そうしたいのは山々なんだけどね。何せ、あたしは年を取らないから、怪しまれるだろう?」


「レダどのなら、魔法で、老けたフリくらい出来るだろう?」


 アルフレッドの言葉を聞いたレダは目を大きく見開いた。カレンと同じコバルトブルーのきれいな瞳を。


「アルフレッド、あんた・・・いいことを言うねぇー!!よし、検討してみようじゃないか」


「ああ、大いに検討してくれ」


 老けたフリをするレダを、シュライダー侯爵がどう受け止めるのかは分からない。場合によっては却下されるかもしれない。


 ただ、アルフレッドは、母親が生きているという真実を、カレンがいつか知ることが出来ればいいと思っている。きっと、カレンは大喜びするだろう。そんな根拠のない自信を、アルフレッドは持っていた。

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