第35話 34、筋が良いけど珍事も巻き起こすタイプ
本日、午前中のお客様は、ヤドリギ横丁のビストロ経営者マーガレットだけだった。カレンは見習いということで後ろへ控え、占いは本物のレダがしたのだが・・・。
(レダさんが、マーガレットさんを“マーガレット”と呼び捨てした時点で、私の心臓は一度止まったわ・・・)
マーガレットが目の前のレダと昨日のレダは別人だと、いつ気付くのだろうかと、カレンはヒヤヒヤした。しかし、それは杞憂だったのである。
本物の占い師レダは、淡々と必要なことしか口にせず、水晶で本日のメニューを占った。すると、占いの結果は、カニのクリームパスタと出る。マーガレットはそれを聞くと雑談をすることもなく、あっさりと帰って行ってしまった。
「カレン、満腹でボーっとしているところ悪いけど、そろそろ今日の課題をしようじゃないか」
「ま、満腹で、ぼーっとなんてしていません!!考え事をしていただけですから」
レダは楽しそうにカレンを見ている。しかし、黒いフードに邪魔されて、カレンはその表情を知ることが出来ない。
今しがた、皇宮に戻っていったアルフレッドは、ランチにカニのスープパスタを持って来てくれた。相変わらず、皇宮の料理人たちのセンスの良さに脱帽する。味も見た目も、最高の一品だった。また、アルフレッドは午後から公務があるらしく、食べ終わると直ぐに皇宮へ戻ったので、大した話もしていない。
「へぇ、考え事ねぇ」
「ええ、マーガレットさんのことです」
「マーガレット?」
「はい、最近、ご主人の体調が悪くて、お医者様に長くないと言われているそうです。それで、気になってしまって・・・。マーガレットさんは、六十年前から、ここへ通っているとも言われていました。なので、レダさんとマーガレットさんはかなり親しいのだと思っていたのです。ところが、今朝の占いで、お二人が思いのほか殺伐としていて、驚いたというか何というか・・・」
「それは随分、興味深い話だね」
「そうですか?」
「随分と親身に話を聞いてやっていたってことだろう?」
「まあ、占いが出来ない分、情報を聞き出そうとしたことは確かです」
「ーーーなるほどね」
「それと、時々、お客様の記憶を覗いて、なんとか辻褄を合わして、誤魔化したり・・・」
カレンは言葉尻を濁す。しかし、レダはこのカレンの発言に食いついた。
「あんた、記憶を覗くなんて芸当・・・何処で覚えたんだい?」
「それは・・・、ここの書庫にそういう本があったので、書かれていた通りにしてみました。すると、上手く出来たので、時々使っていました」
「へぇー、筋は良さそうだね」
「そうですか?ただ、違う空間を別の空間へ繋ぎ合わせる方法は、文章で呼んでも良く分からなくて、お手上げでした」
カレンは、身振り手振りで空間を動かそうと試みたことを伝える。
「そうかい、そうかい。あんたは一度、自分でチャレンジしたけど難しかったから、あたしに教えてくれと言ったんだね。いい心がけだよ。では、一つ目の課題を与えよう」
レダは、テーブルの上に二つの箱を置いた。どちらもふたが付いていて、中身は見えない。
「この二つの箱のどちらかにある物を入れている。それを当てることは出来るかい?」
(ええっと、箱の中身を透視するってことよね?それって、箱の記憶を辿ればいいのかしら・・・)
カレンは、いつも使っている記憶を辿る魔法を応用してみることにした。それは、ほんの少し前の箱の記憶を覗いてみるということ。
(ただ、生きていないものの記憶を辿るのは初めてだから、上手くいくかは分からないわ)
先ずは、向かって右の箱に神経を集中させる。だが、箱を開けて閉める映像は出て来るものの何かを入れた形跡はなかった。
(あ、これは空っぽ?)
次に左側の箱に集中した。すると、箱にリボンが入れられる様子が浮かんでくる。
「レダさん、分かりました。こちらの箱にリボンが入っています」
カレンは向かって左の箱を指差した。レダは、一度頷いてから、両方の箱の蓋(ふた)を同時に開けて見せる。確かに、カレンの指差した箱の中には、黄色いリボンが入っていた。
「大正解だよ。いいね~、続けて第二の課題に行こうかね」
レダは、リボンは取り出さず、もう一度、二つの箱の蓋を閉めた。
「さて、この箱に入っているリボンを、こちらの箱に魔法で移動させることが出来るかい?どうやったらいいのかを。よーく考えてみるんだ」
(リボンを移動させる?急に難問過ぎるのだけど・・・)
カレンは考え込む。
箱の大きさは同じくらい。箱の中身を重ね合わせてしまえば、リボンを移動することが出来るだろう。だが、それこそ、今まで出来なかった空間を移動する魔法だ。簡単には閃かない。
首を捻り、難しそうな顔をしているカレン。しかし、ヒントをくれとは言わない。カレンの負けず嫌いな雰囲気に、レダは密かに笑ってしまいそうになる。
「レダさん、ここの食糧庫の食材って、もしかして魔法で補充していたりしませんか?」
突然、カレンは、レダに尋ねた。
「ああ、そうだよ。だからここの食料は尽きないのさ。良く気付いたね」
「ええ、流石に牛乳が減らないのでおかしいと思っていました。お出かけしていても、自動的に補充されるなんて凄いです。ということは、レダさんって、かなりお得意なのではないですか、空間魔法?」
「そうかも知れないね、フフフ」
身近なところから、想像を張り巡らせようとしているカレンの発想にレダは感心した。この子なら手助けをしなくとも、正解に辿り着けるのではないかと、期待が膨らむ。
「ええっと、何か分かって来たかもしれません・・・。“吸い込んで出す”みたいな・・・、うーん・・・。まだ、モヤッとしていますけどーーーしてみます」
カレンは、先ずリボンの入った箱へ左手を翳した。そして、右手は空の箱へ翳す。しっかりと集中をして、物をこちらへ引き寄せるときに使う呪文をアレンジする。
(ここじゃない仮想の空間にリボンを吸い込んで、それを、このとなりの箱に吐き出すというようなイメージで組み替えたら・・・)
「あっ、手ごたえがありました!!出来たかも!!」
頭の中で、ふわりとリボンが宙を舞い、隣の箱へ吸い込まれていく様子が見えた。勿論、現実世界では、何も宙を飛んでいない。
「どれ、確認してみるよ」
レダは、空の箱の蓋を開けた。すると、そこには・・・。
「おや、これは・・・」
レダはリボンをむんずと掴んで持ち上げた。一本だったはずのリボンが箱にびっしりと詰まっている。数十本は入っていそうだ。
「随分と大盤振る舞いだね、ハハハ」
レダは大声で笑う。カレンはリボンを一本摘まむと、何故こんなに増えてしまったのだろうと、首を傾げた。
「まあ、上手くいった方だよ。あとは、微調整が必要というところだね。ただ、今回はこの魔法を使って、敵の倉庫から金と武器を安全な場所に移すのが目的だから、増えても別に困らないのだけどね、ヒッヒッヒヒヒ」
レダは、企んだような笑い声をあげる。しかし、カレンは魔法のことで頭がいっぱいだったので、聞いてなかった。
(もう!精一杯頑張ったのに~。だけど、何故こんなに増えちゃったのかしら。本番では失敗しないように練習しないといけないわね)
ーーーーーその後、カレンは三回リボンを移動する課題に取り組んだ。
しかし、残念ながら、回数を追うごとにリボンの数が増えていくという珍事が発生する。最後は、レダが笑いのツボから這い出すことが出来ず、今日の練習はお開きとなった。
カレンは意地でも改善しようと闘志を燃やしていたが、一方、レダはもうこのままでもいいのではないかと思い始めていた。何故なら、お金と武器が増えても、誰も困らないからである。
しかし、生真面目なカレンは、きっとそんな邪な考えを許してはくれないだろう。レダは、カレンの反論する姿を想像してみた。眉間に皺を寄せて、“そんなことをしてはダメです”と、言いそうである。レダは、ますます笑いが止まらない。カレン、なんて可愛い子なのだろうと・・・。
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