第33話 32、となりの部屋
本日は快晴。深く眠っていたカレンの意識も朝日と共に浮上してくる。
「んー、明るい?ーーーーえっ!朝!?」
カレンは、驚きで目が覚めた。それもその筈、昨日の夕方から記憶が途切れ、気付けば朝になっていたからだ。
(レダさんが、入浴後にケガを治してやるっていうからお願いしたら・・・。私、それからずっと寝ていたってこと!?)
「あ、殿下・・・」
視線を寝室の床に向ける。敷物の上には誰もいない。
(殿下は夜に戻って来るって言っていたわ。どうしよう・・・、ドアを開けてあげないといけなかったのに。もしかして、帰っちゃった!?)
カレンは、アルフレッドを閉め出してしまったかもしれないと焦った。先ずは、状況を確認しようと部屋を出ると・・・。
ガチャっと音を立て、隣のドアからアルフレッドが現れた。
「――――――えっ?」
(はっ?殿下?ええっ?何、そのドア???)
知らないうちに廊下のドアが増えている。しかも、その増えたドアから、アルフレッドが出て来た。カレンはワケが分からず動揺する。しかし、アルフレッドは、いつも通りだった。
「おはよう、カレン。傷は治ったか?」
アルフレッドは指先を伸ばし、カレンの髪を持ち上げて傷の場所を確かめる。すると、昨日、どす黒くなっていたこめかみ付近の打ち身と傷はすっかり消えていた。
「ああ、きれいに治っている。レダどのは凄いな。俺も回復系の魔法を教えてくれって頼んでみるか・・・」
アルフレッドは話している途中で、カレンの様子がおかしいことに気付いた。
「カレン?どうした」
「――――はっ!?いえ、隣にドアがあったので・・・。それと、殿下はいつ戻って来られたのですか?」
「昨夜は、日が変わる頃に戻って来た。流石に、二人が眠っていたら、皇宮に戻るつもりだったけど、レダどのが起きていて、すぐにカギを開けてくれたよ」
「レダさんが?」
「ああ、一緒にシナモンの効いたラテを飲んだ」
「あーーー、ズルい!!私も起こしてくれたら良かったのに!!」
「眠っているのをわざわざ起こしていいのか?」
「はい、私も一緒にお喋りしたかったです」
「分かった。次は起こそう。それから、この新しいドアは俺の部屋だ。レダどのが作ってくれた」
「ん?部屋って、そんなに簡単に作れるものじゃない気が・・・」
カレンの疑問にアルフレッドは笑顔を返す。
(その笑顔は、どういう意味?)
首を捻るカレンの手を握り、アルフレッドは五歩ほど距離にある自分の部屋へ連れ込んだ。
「はぁ?これ・・・ズルい!!!ズルいですー!!」
カレンが怒るのも無理はない。アルフレッドの部屋は、とても豪華で広かったからである。調度品も整っており、ソファセット、机、書棚、天蓋付きのベッドが置いてあった。そして、壁面には更に二枚のドアが付いていたのである。
「あのドアは何ですか?」
カレンの視線は、壁面のドアへと向けられている。アルフレッドは手を繋いだまま、カレンをドアの前に連れて行った。
「開けてみたらいい」
アルフレッドから了解を貰ったカレンはドアノブを握り、そっと引いた。
「なっ!まさかのバスルーム付きー!?」
カレンはバスルームへ入り、ぐるりと内部を見回す。洗面スペース、そして奥にはお手洗いとシャワーブースがあり、その手前にはバスタブまで据えてあった。
「ズルい!!レダさん、殿下を贔屓してるっ!!」
「ブッ」
悔しそうに地団太を踏むカレンが可愛らしくて、アルフレッドは笑ってしまう。
「もう一つのドアの中も見ます!!」
そう宣言すると、カレンはアルフレッドと繋いでいた手を解いて、バスルームから出て行ってしまった。
アルフレッドは、バスルームの中にあるもう一つのドアへ視線を向ける。カレンは、このドアを見落としていたようだ。カレンがメインルーム側から開けようとしているドアとこのドアは同じ部屋に繋がっており、クローゼットルームとなっている。
アルフレッドに突如、悪戯心が湧いて来た。素早く音を立てないようにクローゼットルームへ入り、カレンが部屋側のドアを開けるのを待ち構える。ワクワクしてしまう気持ちを押さえて・・・。
「殿下ー、来ないなら勝手に開けますよー!!」
カレンの声がした後、「ガチャッ」とドアを開く音がした。カレンが、クローゼットルームへ一歩踏み入れた、その時。
「わっ!」
アルフレッドは、突然、影から姿を現し、カレンを驚かした。すると、一拍の空白を置いて・・・。
「ぎぃやぁーーーーー!!」
あまりの驚きに叫び声を上げ、カレンはへなへなと床に座り込んでしまった。どうやら、腰が抜けたらしい。さらに、魂が抜けてしまったかのように、上半身までも床に突っ伏してしまい動かなくなってしまった。それを目の当たりにした、アルフレッドは、やり過ぎた!と我に返る。
アルフレッドは床に跪いた。
「ごめん、そんなに驚くとは思わなかった」
そして、アルフレッドは、いつものようにカレンの頭を撫でようと手を伸ばそうとした。ところが、バシッとカレンから手をはたかれてしまったのである。まさかの拒絶だった。
「ごめん。子供のようなことをしてしまった。許してくれ」
アルフレッドは、狼狽えている気持ちを隠しながら、もう一度謝った。カレンは、ただ単に驚いただけなので、そこまで怒っているわけではなかったのだが、反射的に手をはたいてしまい、引っ込みがつかなくなってしまっただけである。
「カレン、凄くビックリしたんだろう?大丈夫か?」
今度は床から動かないカレンを心配しだす、アルフレッド。
(殿下、やさしい・・・。どうしよう)
ーーー次の瞬間。
「ぐううう」
最悪なタイミングで、盛大なお腹の虫が鳴り響いた。辺りに微妙な空気が流れる。
「―――――私です」
「グフッ」
「あー、もう!!分かっています。ビックリして腰を抜かした挙句、お腹の虫まで!!!あああ、私、残念過ぎる。もう恥ずかしい!!」
「いや、笑ってごめん。元気ならいいんだ。そうか、お腹が空く時間だよな」
(殿下、フォローする声が笑っています。もう!!)
「殿下、色々取り乱してごめんなさい」
「いいよ。俺も悪かったんだ。朝食を食べにいこう」
アルフレッドは、床に突っ伏しているカレンを両腕で抱え上げた。
「うわっ!!」
「ほら、暴れたら落ちるから、じっとして」
「だって、これって・・・」
いわゆるお姫様抱っこをされて、照れてしまうカレン。
(じっとしていろと言われても、恥ずかしくて暴れたくなってしまうわよ)
クローゼットルームから、メインルームに戻り、アルフレッドはそのまま廊下へ出ようとした。
「ちょっと、ちょっーーと、待って!!」
「なに?」
「ええっと、降ります。降ろして!!」
「えー、嫌だ!」
「は?」
ふたりの間に沈黙が訪れる。
(ん?廊下に出る前に恥ずかしいから降ろしてって言ったのに、“嫌だ!”って、どういうこと?)
カレンは自分が何か間違えたのかと思い、確認してみることにした。間近にあるアルフレッドの瞳を覗き込み、丁重に聞いてみる。
「自分で歩けるので、降ろしてくれませんか?」
アルフレッドは視線を逸らさず、真っ直ぐカレンを見詰めている。
(なっ、この間は何?)
「大好きだよ、カレン」
逃げ場のない状態で、最高に甘い言葉を囁くアルフレッド。想像していなかったセリフを受け、カレンの顔は燃えるように熱くなってくる。
(絶対、顔が赤くなってるーーー!!)
真っ赤な顔を見られるのが恥ずかしくて、カレンはアルフレッドの首元へ顔を押し付けた。そして、アルフレッドにしか聞き取れないくらいの声で・・・。
「私も大好きよ、アル」と呟く。
嬉しい言葉を貰ったアルフレッドは、カレンをギューッと強く抱き締めた。
「ぐうううう」
(嘘―!!このタイミングで!?)
「ブファッ、ハハハ」
カレンを抱きかかえまま、アルフレッドが声を出して笑う。
「はうっ、恥ずかしすぎるっ、私・・・」
「大丈夫、可愛いから」
(甘い。殿下が甘い!甘すぎる!!)
「ありがとう」と、カレン。
「どういたしまして」と、アルフレッド。
笑顔でやり取りした後、ふたりは吸い込まれるようにくちびるを重ねた。
―――――リミットを知らせる腹時計の音に急かされながらも、ふたりは久しぶりに恋人らしい時間を過ごすことが出来たのだった。
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