第32話 31、レダとアルフレッドの密談

「遅くなってしまったな」


 アルフレッドが、レダの家に戻ったのは、日付が変わるころだった。


 午後、皇宮に戻ると、今朝、市場を視察したニコラス(皇帝)が、イシュタル共和国とオルセント王国の仲裁に入る準備に取り掛かっており、当然の如く巻き込まれてしまったのである。その際、レダから聞いた話をニコラスとシュライダー侯爵へ共有した。


 『レダの家』のドアを軽くノックした。時間が時間なだけに、二人が眠っているのなら、今夜は皇宮へ戻ろうと思っている。


 しかし、程なくドアは開かれた。


「だいぶん遅くなったね。アルフレッド」


「夜分にすみません。カレンは?」


「傷を治してやるといって、さっき眠らせたよ。あたしはあんたと少し話がしたかったんだ」


 レダは、低い声で淡々と話す。そのまま、ダイニングにアルフレッドを連れて行き、シナモンの効いたラテとナッツの入ったクッキーをテーブルへ出してくれた。


「いや、大したものが出せなくてすまないね」


「いえ、いただきます」


 アルフレッドは、ラテに口を付ける。毒見もなく、安心して飲み食い出来るのは『レダの家』だけだ。ラテを飲み込むと、シナモンの香りが目を覚ましてくれるような気がした。チラリと上目遣いでレダを見ると、黒いローブを目深に被ったままで、器用にラテを飲んでいる。


「レダどの。今は俺しかいないので、フードをとっても構わない」


「そう?では・・・」


 レダは、戸惑うこともなく、フードを後ろへ引き下げた。サラサラの金髪は後ろで三つ編みにしてあり、瞳はコバルトブルー。カレンと違うのは口元に、黒子(ほくろ)があるくらいである。


 アルフレッドが、じーっと見詰めるとレダは指をパチンと鳴らす。


「どうだい?これで愛するカレンになったかい?」


 どうやら、本来の声に戻したらしい。


「いえ、似てますけど、カレンは口元にほくろがありませんし、声ももう少し澄んでいます」


「あー、やだやだ。あんただけは騙せそうにないわ」


「ええ、間違わないでしょう。恐らく、父もシュライダー侯爵も・・・」


「なんだ、言わなくても知ってたのか。そう、私は大魔女でありながら、カール(シュライダー侯爵)と結婚した。カレンは私の娘。だが、カレンにはその事実を伝えていない」


「それは、大魔女としての制約があるとか、そういう類のことなのかもしれないが、きちんと話した方がいいのではないか?」


「確かに、そう言われると返す言葉もないのだけどね」


 今夜のレダは、いつもの豪快さはすっかり鳴りを潜め、落ち着いた語り口である。話をしているうちに、アルフレッドは、レダは本来、穏やかな気質で、大魔女の時はカリスマ性を出すため、あのように振舞っているのかも知れないと思い始めた。


「やだやだ!あんたは本当に他人を見透かすところがあるわよね」


 レダは、かぶりを振る。


「本当の私は、サバサバしていないと気付いて・・・。いや違う、そんな話をするんじゃないわ。話が横道に逸れてしまわないうちに、本題に入ろう」


 レダは、カレンを今後どうするのかで迷っているという話を始めた。現在のカレンは、ただの魔法が少し使える女の子という状態なのだが、そのままで行くのか、それとも大魔女の継承者とすべきなのかで葛藤しているらしい。


「大魔女の継承者にしてしまうと、長い時を過ごしていかなければならなくなる。カレンがそれを望んでいるのだろうかと・・・」


「あー、レダどの。その話こそ、間違いなく本人とした方が良いでしょう。俺と二人で話し合うような内容ではありません」


 アルフレッドはバサッと言い捨てた。目の前のレダが、ガクッとうなだれる。言い過ぎたかもしれないと感じたアルフレッドは、自分なりのアドバイスを付け加えた。


「レダどの、長い時を過ごさなければならないという点だけが心配ならば、俺がいるから問題ないと断言しておこう。他に問題があるなら、やっぱりカレンと話し合ってもらった方が良いと思う」


「―――――大魔女にしてしまったら、あんたの妃には成れなくなるんじゃないかい?」


「いや、妃が大魔女でもいいだろう。カレンがここで、日中は占い師をしたいというなら、それでも構わないと俺は思っている。ただ国の行事は、参加してもらわないと困るが・・・」


「それなら、安心した。ただ、カレンに話をするタイミングは、もう少し後にしたいんだよ。今回の件が片付く前に、カレンがあたしの継承者だとバレたら、厄介な奴らが現れるかもしれないからね」


「厄介な奴ら・・・」


「ああ、そうそう。例えば魔女は、本当に同族嫌悪なんだ。カレンが意地悪な奴からイジメられたら嫌だろう?」


「確かに」


 アルフレッドは強く同意した。他の魔女がカレンを狙ってくるなんて考えただけでも許せない。


「それにしても、あんたはレベッカの魔法が悉ことごとく効かなかったみたいだね」


「いや、多分、効いていた。本来の目的を忘れさせられる感覚がしたことがある。具体的に言うと、シュライダー侯爵邸へカレンの見舞いに向かったはずが、気付くと皇宮へ戻っていて、それを納得している自分がいるという状況だ」


「なるほど、記憶操作系の魔法か・・・。あんたを公爵邸へ近づかせないように、レベッカはかなり警戒していたんだろうね。それにしても、何が理由でここへ来たんだい?」


 最初に『レダの家』へ来た理由を、アルフレッドはレダへ話した。シュライダー侯爵の政敵が自滅しそうな行動に出てしまい、レベッカの勢力拡大を阻止するためにも止めなければならなかったということと、ニコラスから昔レダに助けてもらったという話を聞いていたので、ここへ来たということを。


「あー、政敵か。なるほどね。それにしても、ニコラスはあんたに、そんな話(幼少期の話)をしていたのかい。懐かしい話だね」


 レダは昔のことを思い出したのか、微笑みを浮かべながら、ナッツクッキーを一枚、口へと運んだ。


「レダどの、逆にお尋ねするが、皇家の秘密をどこまで知っている?」


 ゴホッゴホッと、レダが咽(むせ)る。深呼吸を数回して、一口ラテを飲み、喉のつっかえを整えた。


「アルフレッド、そんな質問をしてきたのは、あんたが初めてだよ」


 突然、レダは“春の女神さま”という歌を口ずさみ始める。アルフレッドの中で、まさか・・・という思いが沸き上がって来た。


「金の御髪と海の瞳の女神様~。ほら、これがあたしからの答えだ。これ以上は口にしない方が、お互いのためだろう?」


 ニルス帝国で馴染みのあるこの歌。“春の女神さま”は、この国の建国を歌ったものである。女神が現れて、この海沿いの豊かな大地に国を作り、魔族の血を持つ人間に与えたという話だ。


 その魔族の血を持つ人間というのが、アルフレッドをはじめとする皇族のことで、その皇族を支える家門はニンフと呼ばれる神のしもべたち。当然のことながら、この国を創造した主が、“春の女神さま”なのである、


 アルフレッドは頭がくらくらした。何が大魔法使いだ。其の実は神じゃないか!!と。


「この国に何を求めている?」


「それは、みんなが笑顔で楽しく暮らしていける世界だよ。独りよがりな悪なんて成敗してやる。あたしは愛に満ち溢れた大魔女さまだからね!」


 レダは、ニヤリと笑って見せる。


「最悪だ。カレンを巻き込むなよ」


「ああ、やっと本音が出たね。勿論、可愛い我が子を、神々のイザコザに巻き込んだりするつもりはないよ。今後はあんたが、あたしを監視しておけばいいさ」


 アルフレッドにとっては、心底迷惑な告白でしかなかったのだが、レダ曰くアルフレッドは勘が良すぎるので、中途半端に探られるのが嫌だったのだと。


 カップに残ったラテを飲み干し、アルフレッドは立ち上がる。


「もう寝る」


「ははは、そんなに嫌がらないでおくれ~」


 レダはケラケラと笑う。そして、こう言った。


「あんたの部屋を作ってやったよ。カレンの隣だ。シャワールームも付けといたからね。感謝するんだよ」


「ああ、感謝する。では、ご馳走様」


「あ、ちょっと待って、礼を言い忘れてたよ。美味しい昼食だった。こちらころ、ご馳走様」


「いや、礼には及ばない」


「じゃあ、おやすみ。カレンは傷も消えてぐっすり眠っているから心配はいらないよ」


「ああ、分かった。おやすみ」


 アルフレッドは、迷いなく廊下へと出て行った。ダイニングに一人残されたレダは、鼻歌を歌いながら片づけを始める。無意識に奏でるその歌は“春の女神さま”ではなく、“愛しい私の子供たち”という子守歌だった。

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