第31話 30、師匠と弟子

 レダは、ダイニングテーブルにバスケットを置くと、その上に掛かっていた布を外した。


「あらまあ、豪勢なメニューだねぇ」


 驚いた様子で、中を覗き込んでいる。カレンも釣られて、何が入っているのかしらと覗き込む。


「これは・・・今日は祭り?」


 ふたりが覗き込んだバスケットの中には、ターキーの丸焼きと薄くて丸いパン、そして、グリルされた野菜とコンソメスープ、デザートにはブルーベリーソースを添えたパンナコッタが入っていた。飲み物は、冷たいピーチジュースとあたたかいブラックティー。本日のランチも栄養満点といったところである。


「アルフレッドは、毎日こんなものを持ってくるのかい?」


「はい、私が栄養不足だと心配しているみたいで・・・」


「それにしても・・・これはやり過ぎだろう?しかし、ご厚意を無駄にするのは良くないね。美味しくいただくとしよう」


「はい、食べましょう。レダさん、こちらを使ってください」


 カレンは手慣れた様子で、取り皿とカトラリーをバスケットの側面から取り出す。昨日と同じ場所に入れてあったので、すぐに気づくことが出来たのだ。


「なんてこった!皿とカトラリーまで!!どうりで重いと思った!!」


「重いのに持たせてしまってすみません」


「いや、あの子はわざとあたしに渡したんだろうよ。チッ」


(チッって言った!?)


「まあまあ、取り敢えず食べましょう!!」


 レダは、ハイハイと言った感じで頷いて見せた後、ボトルから、ピーチジュースを自身のコップへと注いだ。


(あっ!弟子って、こういう時は師匠の給仕をするのでは?)


 突然思い出した“師弟関係”というワードに、カレンは動揺する。


「レダさん、あのう、お飲み物は、弟子の私が注いだ方が良かったですか?気が利かなくてすみません」


 レダは、カレンの言っている意味を理解すると大声で笑い出した。


「はっはっはっはー、そうか、あんたは弟子だったね。あたしはすっかり忘れてたよ。そんな、飲み物一つ注がなかっただけで怒ったりなんかしないからね。食事は楽しむものだろう?給仕しようなんて、余計なことは考えなくていいから、普通に食べな!」


「はい、ありがとうございます」


 レダの了承を貰い、カレンは心置きなくピーチジュースを自分のコップへと注ぐ。そして二人は、同時にコップへ口を付けた。


「うまい!!」


「おいしい!!」


 ふたりの声が重なった。


(流石、皇宮の料理人!!ももをそのまま潰したような食感と、芳醇な香りと適度な甘さ、そして飲み終わった後に感じる爽快さは、きっと秘密のレシピ?美味しいー!!)


 カレンは感動しながら、もう一口、ゴクリと飲んだ。


(くぅーっ!!!)


 そして、次はターキーの丸焼きだ。丸焼きだけにナイフとフォークを使い、この大きな一羽を切り分けなければならない。


「どれ、解体してやろう」


 レダが人差し指を一振りすると、ターキーが宙に浮きあがり、骨と身がきれいに分かれていく。


(えええー!凄い!!魔法でこんなことも出来るの!?)


 程なく、ターキーは肉と骨に分かれてお行儀よくバスケットへ戻った。骨は横によけてあるので、取りやすい。


「レダさん!凄いですね。これも魔法で??」


「そうだね。生活に便利な魔法は沢山ある。ただ使い過ぎると、ナマケモノになるから要注意だよ!」


 楽し気な声で答えながら、レダは薄いパンを手に取り、グリルされたパプリカとターキーを一緒に挟んだ。カレンも同じものを作り、また同じタイミングで口へと運ぶ。


「ジューシー!!肉汁がー!!!美味しいですね、レダさん!!」


「ああ、久しぶりの美味しいご飯だよ。後で、アルフレッドに礼を言おう」


「はい、是非伝えてあげてください。とても喜ぶと思います!」


「あんたのその顔、よほど、アルフレッドに惚れているんだろうね」


 レダに指摘されて、カレンは急に火が出そうなほど顔が熱くなってきた。つい先日まで、今はエマが婚約者なのだから、アルフレッドへ必要以上に近づいてはダメだと自分へ言い聞かせていたのに、すっかり忘れてしまっていた。


(レダさんに指摘されて思い出すなんて。こんな中途半端な私の恋心をレダさんはどう思っているのかしら・・・)


「レダさん、私、殿下はエマと婚約していると分かっているのに、殿下のことを好きだと思っていても大丈夫なのでしょうか?これって世間的に問題がありますよね?」


 カレンは、つい、素直に口へ出してしまった。レダなら、複雑に絡んでいるカレンの心を、上手に解いてくれるような気がしたからである。そして、レダは、大きなため息を一つ吐いてから、カレンの質問に答えた。


「いいかい、まず、エマとの婚約って、あれはただの策略だろ。愛も恋もないただの策略、それを気にする必要があるのか?カレン、あんたは罠に嵌められただけだ。アルフレッドとあんたの間に邪魔をするものなんて、最初から何もないんだよ。世間って言うけど、世間もレベッカたちに騙されている状態なだけだからね。馬鹿正直に受け止めるのはやめたらどうだい」


「罠に嵌められた・・・」


「そうだ。それだけだ。現にアルフレッドはあんたを失いたくないから、何とかしようとここへ必死に通っているんだと思うがね。流石に、それくらいは気付いているんだろ?」


(ああ、私は何故エマにこだわっていたのだろう。あれは偽りの婚約だと殿下は何回も言っていたのに・・・)


 カレンは、胸につっかえていたものが、ストンと落ちていく気がした。


「―――――私は世間体を気にし過ぎていたのかも知れません」


「ああ、そうだね。アルフレッドは全く気にしていなかった。あんたのことしか見えてないからね」


 アルフレッドの持って来てくれた美味しい食事を噛みしめながら、カレンの眦(まなじり)から涙が溢れて来る。


(たとえ、エマと婚約破棄したとしても、世間が許さないとか、自分の汚名はもう消えないとか、結局、私は自分のことばかり考えていたのね。殿下は、私を必要だと何度も言ってくれたし、態度でも示してくれている。だけど、エマを盾に、私は自信と覚悟がないことを隠して、曖昧な態度ばかり取って・・・・。本当の私はどうしたいの?)


 ハラハラと涙を流すカレンを見て、レダは少し考え、そして口を開いた。


「カレン、アルフレッドと共にこの国を支えていくんだろう?」


「――――勿論、殿下と一緒にいたいです。そして、この国の事も大好きです。ただ、自信と覚悟が足りないんです。罠へ簡単にハマって、世間から排除されてしまうような私では何の役にも立たない気がして・・・」


「あー、もう!レベッカとエマはバラバラにして、二度と復活できないようにしてやる!!あんた、そんな、じめじめと腐りそうな落ち込み方は止めてくれ!飯がマズくなる。ーーーーまぁ、自信をつけたいなら、少し魔法を教えてやるよ。どのみち、あんたの力を借りないと、今回の計画は進まないからね」


「魔法を!?ぜひ、習いたいです!!」


 カレンの表情がパッと明るくなる。レダは、ため息を吐いた。


「あらあら、切り替えの早いこと~。で、そんなに嬉しそうにしているということは、何か習いたい魔法でもあるのかい?あんた、ここの書庫の本を随分と読んでいたようだけど・・・」


「はい、魔法倫理学の本に載っていた、別々空間を繋ぐ魔法を習いたいです」


「そりゃまぁー、随分と難しいヤツを選んだもんだ。しかし、考えようによっては・・・。うん、使えるかもしれない」


 レダは、黒いフードの中でニヤリと笑った。

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