第30話 29、愛に満ち溢れた大魔女

 「レダ殿、隣国リビエル公国のメロー大公が首謀者だと僕も確信していますけど、どのような方法を使って悪事を暴くつもりですか?」


「エドリック、あんたの新しい婚約者を探すパーティーを大々的にアーロック王国で開催するんだよ」


「えっ、新しい婚約者!?ローラは・・・?」


「そのためにアウローラは公爵邸へ帰らせたんだ。あの子は大人しく屋敷にいてもらわないと困るんだよ。まぁ、カレンのケガを見て、少しは懲りただろうけどね」


(レダさん・・・。ローラさんに厳しい気がするのだけど)


 エドリックは、戸惑っているようだった。カレンは、ローラの恋を応援してしまった手前、レダの強引な案に賛同していいものだろうかと悩んでしまう。


(新しい婚約者探しだなんて、ローラさんが知ったら、もっと傷ついてしまわいそうだわ・・・)


「エド、俺はこの案に乗った方がいいと思う。レダどの、そのためにオルセント王国とイシュタル共和国の間で婚約破棄騒動を起こしたのでは?」


「ああ、そうだ。アルフレッドは本当に勘が良いね。どれ、少し説明しようかね」


「ええっと、その話を僕は知らない」


 エドリックはこの騒動が起こる前にニルス帝国へ向けて出港していたため、事態を把握していなかった。


「それなら、少し詳しく話してやろう」


 レダは語り出す。まず、イシュタル共和国の名家モンテリーゼの長男ロミオと、オルセント王国の第一王女シャルロットは五年ほど前に婚約した。互いに年齢は十五歳。この二人の仲も、両家の仲も良好だ。当然、婚約破棄など考えたこともない。


 しかし、周辺諸国を手に入れたいという野心を持つ国が出て来たことと、その国はモラルなど気にしない黒魔女と契約を結んでいるという情報を、レダはイシュタル共和国の現大統領(モンテリーゼ卿)と、オルセント王国のダニエル国王へ伝えた。


 また、こういう場合、捕虜として一番狙われやすい妻、子供、そして婚約者の安全を、まず確保すべきだとも・・・。


 そのためには、先ず、身辺に身元の怪しいものがいないかを点検すること。家族を警護する者は、確実な忠臣を使うこと。そして、まだ結婚していない婚約者は、一番狙われやすいので白紙に戻すこと。最後に、スパイは穏便に排除すること。何より、相手にこちらの警戒心を気付かせない対応をすることが大切だと訴えた。しかし、どちらの国も、最初はレダの提案を重く受け止めてはくれなかったのだという。


 そこで、レダは、すでにニルス公国で起こった婚約破棄騒動を例に絡め、黒魔女は婚約者がいれば、喜んで婚約破棄に追い込むし、そこで絶望したご令嬢を廃人になるまでいびり倒して幸福を感じ、ギリギリで死なないくらいの環境を作ると、楽しく指を一本ずつ切り離して、敵を追い詰める道具として使うくらいのことはするぞと断言したらしい。


(そんな話を聞いたら、ドン引きしちゃうわ・・・)


 すっかり、血の気が引いてしまった両家は、ロミオとシャルロットの婚約を、一旦破棄することにしたのだという。更に、レダの助言で、この婚約破棄へ、少しばかりの泥沼感を付け加えて真実味をだそうということで、街道の封鎖という手法が採用された。流石に多方面への影響を考え、一週間ほどで解除するらしい。


「それは良かったです。市場の方々も困っていらっしゃったので」


「市場へニコラスが視察に行っただろう?その後、揉めている二か国へニルス帝国が介入して解決に結びつくというシナリオだよ」


「なるほど、そういう意図があったのですね・・・」


 カレンは、マーガレットが喜ぶ姿を思い浮かべる。


(あ、でも、パプリカパウダーで一儲けは出来なくなっちゃったわね)


「さて、話を戻そうか。アーロック王国で行う夜会についてだが、このメンバーの中から参加するのは、エドリックとあたしだ」


「レダ殿が?その恰好で参加したら目立ちませんか?」


「エドリック、あたしは姿をカレンに変えて出るから、心配はいらない。後は、複製人形のアルフレッドも連れて行く」


(複製人形の殿下???ということは殿下を昏睡させるの!?)


「レダさん、私はまたお留守番ですか?殿下も眠っちゃうのなら、ここでお留守番ですよね?」


「いいや、今回、あんたたち二人には大きな役目がある。だけど、詳細は後にしておくれ。今、エドリックにあんたたちへの指示を聞かれてしまうと、敵に捕まって拷問でもされたら、全部喋ってしまうだろうからさ。それは困るんだよね」


「そ、そんな、物騒な・・・。それと僕は親友のことを簡単に売ったりしませんよ!」


「エドリックー、甘いねぇ。世の中にはね、自白魔法というやつがあるんだよ。あんたの意思とは関係なく口がお喋りしてくれるからね。覚悟や友情なんて何の足しにもならないんだよ。ハハハ」


 レダは豪快に笑う。カレンの心中はとても複雑だった。


(知り過ぎず、自分の役割だけを全うするというやり方じゃないと計画が筒抜けになってしまう可能性があるということかぁ・・・。敵が手強いということは分かって来たわ。それに油断したら負けだということも)


「ということは、全てを統括するのがレダどので、俺たちは手足となって、各自の使命を果たすというイメージでいればいいのか?」


 アルフレッドは、レダに確認する。


「ああ、それがベストだろうね。ただ、あんたは勘が良すぎるから、あたしの考えてることを理解して、先回りしてしまいそうなんだよ。だから、今回は裏方に回ってもらおうと思う」


「―――そうですか。分かりました。余計な先回りで、敵に掴まらないように気を付けます」


 アルフレッドは、素直に指示へ従うと約束した。


「じゃあ、エドリックは今から国へ帰って、夜会の準備に取り掛かってくれ。一週間後、あたしと複製人形のアルフレッドが船でアーロック王国へ向かう。詳しい段取りは、王宮に到着してから伝えるからね」


「分かりました。他国への招待状はどうしたらいいですか?」


「それは、通常通りの手順で送っていい。それぞれの相手に細かな内容を伝えなくとも、そ・う・い・う・こ・と・だ・と分かるようにしている」


「根回しは済んでいるということですね」


「ああ、終わっている。全員で一芝居打って、メローに馬鹿な考えを捨てさせるのさ。あたしは愛に満ち溢れた大魔女様だからね。無駄に戦って、多くのけが人が出るような解決方法は大っ嫌いなんだよ」


「ええ、僕も関係のない人々を戦わせるのは嫌なんで、その考えに賛同します」


「しっかり、メローを反省させてやろうじゃないか。それに、いい加減リステルって女もひねくれた心を改めさせないといけないね、ヒヒヒ」


(レダさん愛に満ち溢れた大魔女って言ってたけど、今悪いものが湧きだして・・・)


 レダの悪意に満ちた笑い声に、エドリックとカレン、そして、アルフレッドも背筋が凍る。そんな三人を見て、レダは再び、大きな声を出して楽しそうに笑う。


 アルフレッドは、シュライダー侯爵がレダを怒らせたら怖いと言っていた意味が分かったような気がした。




―――――エドリックを見送り、店内には三人だけとなった。時刻は十四時になろうとしている。そもそも昼食を持ってくるだけだったはずのアルフレッドは、至急、皇宮へ戻らなければならない時間になっていた。


「レダどの。俺は一度、皇宮に戻らなければならない。また夜に戻って来る。詳しい話はその時に」


「ああ、もうこんな時間か、済まなかったね。夜は、もうあたしがいるから、別に来なくてもいいんだけどね」


 レダは、ニヤリと笑って見せるが、フードの奥に隠れている彼女の顔を見る事は出来ない。しかし、アルフレッドはその嫌味をしっかりと理解していた。その上で、アルフレッドは敢えて、夜、ここへ来ることに関する牽制は無視することにした。


「これは昼食です。二人分、入っています」


「あら、こんなことまでしてくれてたのかい!?ありがとね」


 レダは黒いローブから腕を伸ばし、バスケットを受け取る。


「また後でね、アルフレッド!」


「殿下、お気をつけて!」


 軽く手を上げてから、アルフレッドはドアの外へ出て行った。


「レダさん、お腹が空きましたー。お昼ご飯を食べましょう!!」


「ああ、いただくとするかね」


 ふたりは、奥の廊下を通って、ダイニングへと向かった。

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