第29話 28、強制送還

「はっ!?文字が消えた!?」


 エドリックは狼狽える。今の今まで、テーブルへ置かれた紙には、確かにレダからの指示が書かれていた。しかし、ここにいる全員で覗き込むと同時に、その文字は、スッと消え去ってしまったのである。


「王子、あんた迂闊すぎるだろう。大体、そういうものは見たら、証拠が残らないように燃やすんだよ!」


 聞き覚えのある低い声が背後から聞こえて来た。カレンは、反射的に後ろを振り返った。


「レダさん!?えっ、いつの間に???」


「今、帰ったよ。カレン、待たせたね」


 レダは黒いローブの中から手を出して、カレンの頭を撫でる。


「あなたが・・・レダどのか。お初にお目にかかります。俺はこの国の第一皇子アルフレッドです」


「アルフレッド、面と向かって会うのは赤子以来だね。あたしは昔から、あんたのことを良ーく知っているんだよ。ニコラスだけではなく、あんたの母親セレーネとも親しいからね、フフフ」


 レダは含みのある笑いをアルフレッド向けている。その間に、カレンはアーロック王国二人の様子を窺う。ローラは緊張しているのか顔を強張らせており、エドリックは気まずそうな表情をしていた。


(ローラさん、初めて会うから緊張しているのかしら、エドリックは、レダさんに会いたかったんじゃないの???)


「さて、あたしが戻って来たということは、第二段階に入るってことだよ。ただ、その前にひとついいかい?」


 全員に向かってレダさんが話し掛けると、一同は揃って頷く。


「まず、アウローラ、あんたは何で勝手に国から出て来たんだい?エドリックの根回しが、全て無駄に成っちまったじゃないか」


「えっ、根回し?」


 突然、レダから注意を受け、ローラは意味が分からず、となりに座っているエドリックの顔を見る。エドリックはローラに頷いて見せてから、レダの方を向いた。


「レダ殿、すみませんでした。僕の見通しが甘かったようです」


「ああ、そうだね。アウローラ、あんたアーロック王国を出てから、ずっとつけられているって、気付いてなかっただろ?」


「えっ?つけられていた??いいえ、そんなことは全くありません。私、ずっと一人で行動していましたけど、誰もついて来たりは・・・」


「あーーー甘い!!甘すぎるっ!!大体、尾行している奴が、ターゲットに姿を見せるわけが無いだろう!!それに、あんたが尋ねていったカミルは、某国の諜報員だ。エドリックが、それとなく国外へ追放したというのに、自分から会いに行くなんて、馬鹿な真似を・・・」


「―――――そ、そんな!!そうなの?エド?」


 レダの話が信じられないローラは取り乱した様子で。エドリックに問う。


「ああ、そうだ。君がカミルのところへ泊ったと聞いて、心臓が止まりそうだったよ。無事で本当に良かったと思ってる」


「そうだったのね・・・」


「いや、話はそこからだ。あんたをつけていた奴は、黒魔女レベッカの手先だからね。奴らは、運よく『占いの家』を見つけたと喜んで、すぐさま刺客を送った」


「刺客!?」


 エドリックとローラの声が重なる。カレンとアルフレッドはエマがやって来て、店主を出せといって暴れたことを知っているので驚かない。レダの捕捉によると、この『レダの家』は、ヤドリギ横丁ごと、招かざる者を阻害する魔法が掛けてあるそうだ。それにより、ここを敵が特定することは難しいのだという。


(なるほど、やっぱりこの家は優秀なのだわ!!)


 カレンは、昨日の夜、この『レダの家』は、入口のない赤いレンガ壁になっていて、店の痕跡が完全に消えていたというアルフレッドの話を思い返していた。話はカレンを置いて、背後で進んでいく。


「ああ、刺客だ。昨日の午後、襲撃を受け、カレンはケガを負った。本当に困ったもんだよ。一連の出来事は、とっさの魔法で記憶ごと飛ばしたみたいだから、相手は忘れてるだろうけどね」


 レダは、カレンが魔法を発動したという一言を敢えて口にしなかったのだが、アルフレッドは勘が働き、その可能性に気付いてしまう。すぐさま、レダにその真偽を聞こうと前のめりになったところで、先に相手(レダ)から手で制されたため、口を噤(つぐ)むことにした。


「カレンさま!!お怪我をされたのですか?」


 ローラは、カレンの方を向く。


(確かに怪我はしたけど、あまりローラさんを心配させるのも、どうかと思うのだけど・・・)


 答えに困っているカレンを見て、代わりにアルフレッドが、カレンの髪を指で持ち上げて、こめかみに出来た傷をみんなに見せた。傷の周りも、赤黒く変色していて、とても痛々しい。


(引っ張ると痛いから、今日は三つ編みが出来なかったのよね・・・。それにしても、エマの襲撃とローラさんが繋がっていたなんて・・・)


「ごめんなさい!!本当にごめんなさい、カレンさん!!」


「ええっと、何とか無事だったので・・・。ローラさん、もう気にしないでください」


 カレンは申し訳なさそうに謝るローラへ向かって、努めて明るく返した。アルフレッドは、カレンの背中をポンポンと軽く叩く。気を失うほど強く叩かれたにも関わらず、優しく許そうとしているカレンを励ますために。


「反省したのなら、あんたはアーロック王国へ速やかに帰ってもらう。足手まといだからね」


 レダから辛辣な言葉を投げかけられ、ローラは唇を噛んでいる。


(ローラさん、怒られてばかりで可哀そうだけど・・・。でも、第二段階って、笑って話せるような内容でもなさそうだし・・・)


 カレンは、レダの言う第二段階とは厳しい話なのだろうと考える。


「分かりました。私は足手まといにならないよう自国へ戻ります。レダさん、それで宜しいでしょうか?」


「ああ、あんたは国に戻ったら、エドリックが迎えに行くまで屋敷から絶対に出ないでおくれ」


 最後の最後まで、レダはローラに釘を刺す。


「分かりました」


「じゃあ、おつかれさま」と言って、レダはパチンと指を鳴らした。すると、目の前から、ローラの姿が消え去る。


「なっ!?レダ殿!!」


「いやー、また、あの子をウロウロと野放しで帰らせるわけにはいかないだろう?本当に行動力があるのも善し悪しだねぇー。今回は、一気にフリッツ公爵邸へ送ったから、心配は要らないよ」


「ーーーーそうですか。ありがとうございます」


 エドリックは複雑そうな顔をしながらも、お礼はきちんと告げた。


「では、本題に入ろうかね」


 レダは、先ず現状を話し始めた。カレンの予想通り、黒魔女はレベッカで、エマはその部下。家族関係ではないらしい。そして、今回の首謀国として怪しい国をリビエル公国とイシュタル共和国の二か国に絞って、先日から調査をしていたのだという。


「リビエル公国とイシュタル共和国の共通点といえば、最近、世代交代した国ということか・・・」


 アルフレッドが、ボソッと呟く。


「そうだ。そして、今回の首謀者は野心に満ちたリビエル公国の大公メローだった。裏付けは取れているんだろう?エドリック」


「はい、ご指示いただいた通りに調査したところ、リビエル公国は金と鉄鉱石を周辺諸国から、一昨年前よりかき集めているということが分かりました。また、多くの未払いも発生しています。そして、それを隠ぺいするため、隣国である我が国の中枢に多くの諜報員を放っていました」


 エドリックの話では、レダから不自然な取引、特に金融資産になるものや、武器の材料となるものを、出来るだけ信頼のおける者を使って確認するようにと指示があったのだという。しかし、国王が昏睡させられ、人形が身代わりをしていたという衝撃の事件を目の当たりにしたエドリックは、誰も信用することが出来なくなっていた。そのため、自ら動いて、不正を洗い出すことにしたらしい。結果、時間が掛かってしまったのだという。


 また、自身で動いてみて、一番驚いたのは、予想以上に隣国の諜報員が国の中枢へ入り込んでいたということだった。この状況では、指示を出したとしても、正常に不正を洗い出すことが出来ないと判断したエドリックは、相手(諜報員)から気取られぬように配置換えを行い、もっともらしい理由をつけて国外追放するという作業に着手した。これには、かなり手を焼いた上、時間も取られのだとレダへ訴える。


「ああ、頑張ったねー。ただ、あんた、アウローラへの対応は下手だったね。ハハハ」


「それを言われると・・・」


 エドリックは。分かりやすく凹む。


「いいかい。現在のリビエル公国大公の妻は、元ヴェルマ公国の公女リステルだ。これが何を意味しているか、あんたたちは分かるかい?」


「リステル公女って・・・。ニコラス皇帝陛下絡みの、あのリステル公女ですか?」


 カレンの脳裏に浮かんだリステル公女とは、昔、ニコラス王子に恋をして、彼を手に入れるために、“彼の婚約者だったセレーネ王女を誘拐し殺そうとした”という、とんでもない女のことである。


「ああ、ニコラスから聞いていたんだね。そうだ、そのリステル公女が、今はリビエル公国の大公妃になっている」


 リステル公女のことを知らないエドリックには、アルフレッドが過去に起きた出来事を簡潔に話して聞かせた。


「へぇー、レダ殿がいなかったら、アルは産まれてなかったのかー」


 真実を知ったエドリックは、感慨深そうにいう。


「そうかもしれないね。だが、今回はそういう色恋沙汰レベルの話ではない。リビエル公国は、この周辺諸国を亡ぼし、手中に収めようとしている。それも黒魔女などと契約を結んで。これは失敗した後も、周辺諸国に迷惑を掛けるということだ。あたしたちはそこまで考えて用意しないといけない」


「具体的には?」


 アルフレッドは現実的な質問を淡々とする。カレンは正直なところ、ローラが強制送還されたあたりから、動揺していた。この仲間に選ばれてしまっている自分に何が出来るというのだろうと・・・・。

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