第27話 26、簡単に信用してはいけません
この気まずい状況でアルフレッドを待つのは嫌だなぁと思ったカレンは、先ほどから、静かにしているローラへ話しかけてみることにした。
「ローラさん、昨日はどちらへお泊りに?」
「―――遠縁の者がおりまして・・・」
言葉を濁し、気まずそうに答えたローラ。その様子を見て、カレンは聞かない方が良かったのかもと、早速、後悔してしまう。
「ローラ、遠縁の者とはカミルのこと?」
「ええ、そう。いまは、王都のシュライダー侯爵家の調理場で仕事をしているの」
(―――ん?・・・シュライダー侯爵家って、私の家じゃない!!)
「ああ、カレンのところか・・・。ローラ、カレンのことは前に話したことがあるだろう。この国の皇子アルフレッドの元婚約者で、僕とも幼いころから交流のあるカレンのことだよ。彼女はシュライダー侯爵家のご令嬢なんだ」
「えええ、そうなの?私、昨日、敷地内にある使用人の寮に泊めてもらったのよ」
「使用人の寮!?何故、宿に泊まらなかったの?」
「だって、お父様に見つかってしまうから」
「まさか公爵に黙って、ニルス帝国まで来たの!?」
エドリックの問いにローラが頷く。
「何故?」
「それは・・・」
ローラは上目遣いでカレンを見上げる。昨日のことは秘密にするという意味を込めて、カレンは小さく二回頷いた。
(なっ!!もの凄く気まずいんですけどー!!ついでにローラさんが、我が家の使用人と知り合いなのも驚いたし、その上、使用人専用寮に泊まったって???もっと詳しく聞きたい!!だけど・・・今の私は、魔法使いで占い師のレダさん・・・)
カレンは口を挟みたいのに挟めず、もやもやとしてしまう。
「―――まあいい、ともかく君が無事で良かった。今だから言えるけど、ローラは僕の婚約者だというだけで、悪い奴に狙われる可能性があったんだ。だから、僕はレダ殿の指示で・・・」
「あーーーー!!」
カレンは、声を上げ反射的に立ち上がると、エドリックの口を左手で塞いだ。非常事態なので不敬などと言ってはいられない。エドリックはハッとして、カレンの顔を見る。カレンはダメですという意味を込めて、エドリックの左手首を右手でトントンと軽く叩いた。
突然の行動に驚きを隠しきれないエドリックだったが、カレンが言いたかったことは理解してくれたらしく、左手を前に軽く振る仕草をして見せる。
(これは、分かったって時のサインだわ!!エドリック王子、こういうところは昔と変わってないのね)
安心したカレンは口を塞いでいた手を、ゆっくりと離した。が、しかし・・・。
「レダさまの指示?それはどういうことですか」
当然、レダの行動を怪しんだローラは追求してくる。その鋭い言葉で、昨日、ローラとした恋愛話と、先ほど見たエドリックの記憶の中の話が、カレンの頭の中でぐちゃぐちゃに混ざっていく・・・。
(んんん・・・どう考えても、辻褄が合わない。力業で合わせるとするなら・・・)
両手で頭を抱えたくなる衝動を抑え、落ち着いたフリをしてカレンは必死に対策を考える。
(何か理由を作ってこじつける?それとも、諦めて潔く謝る?でも、その場合も何故、身代わりをしているのかという理由を言わないといけなくなるわよね?だけど身代わりについても、レダさんの意図を知らないのに理由なんて言えないわ。もう・・・)
カレンは完全に暗礁へ乗り上げた。
「コン、ココン」
ドアをノックする音が室内へ響き渡る。
(あっ、殿下が来た!)
「はい!」
(助かった!!!!!)
カレンは、ドアのカギを開けるために、一歩踏み出す。しかし、同じタイミングで、勢いよくドアは開け放たれた。
「昼ごはんを持って来た。痛みはどうだ?」
(あー、カギ・・・アーロック王国の二人に動揺して掛け忘れてた!)
アルフレッドはカレンに歩み寄り、黒いフードの上から、こめかみのあたりを優しく撫でた。そこで視線に気づき、自身の顔を見せないよう、カレンの耳元へ囁きかける。
「すまない。来客中だったのか。俺はダイニングにいくから、終わったら・・・」
「―――――アル?」
エドリックが、訝し気な声でアルフレッドに向かって問いかけた。アルフレッドは、聞き覚えのある友人の声にゆっくりと振り返る。
「エド!?何故、ここにいる?」
「いや、それは僕のセリフだろう?何?カレンと別れたと思ったら、君、レダ殿と恋仲なのか?」
「はぁ?」
「いや、恋人にしか見えないから。ローラもそう思わない?」
「ええ、私にもそう見えました。気安く触れていらっしゃいましたし」
アルフレッドは、エドリック、ローラを見た後、再びカレンに視線を向けた。
「どういう状況なのか教えてくれ」
「わかりました。少しいいですか」
カレンはそう言うと、アルフレッドの腕を引っ張って、廊下へ連れて行った。アーロック王国二人は放置してしまったが、もうそんなことを言っている場合ではない。
「で、カレン。どうした?」
「あの、先ず私はレダです。絶対に間違わないでください」
「俺、レダどのと恋仲だとは絶対に思われたくない・・・」
「そうは言っても・・・。今は、プレーボーイのフリでもしておいてください。それで、今日の出来事を掻い摘んで話しますね」
カレンは、エドリックの記憶に入り込み、アーロック王国の王宮で、レダが周辺諸国の危機について語り、その対処をしなければならないとエドリックと国王陛下へ話しているところを見たという話をした。
そして、その場にいた国王陛下が人形であるとレダが暴いたことも。
「なっ!?アーロック王国も、すでに国王が昏睡させられていたということか?手口が全く同じじゃないか!」
「はい、そうなのです。それで、レダさんは今後の対応をエドリック王子に書面で渡して、早急に対応して欲しいと話していました。ただ、その書面というのが封筒へ入ってまして、私には内容を確認する術がなく・・・。話は長くなりましたが、エドリック王子は、その指示内容をすべて終わらせてここへ来たのだそうです。ところが、私はレダさんの指示した内容さえも分からないので、何を話したらよいのかが分からず、困ってしまいまして・・・。とどのつまり、こういう時は、殿下を頼ろうと待っていました」
「―――なるほど、それは難問だな。というか、カレンが人の記憶を読めるという話を、俺は初めて知ったのだが・・・」
(あーーーー!!)
「もしかして、今までその力を使って、占い師のフリをしていたのか!?」
「そ、それは・・・。そうかもしれない・・・ですね」
「その反応は、俺の記憶も見たことがあるんだろ?まあいい。それより、今はここに来たエドたちに、どういう対応をすべきかということだろう?俺にいい考えがある。任せろ」
「殿下、流石です!!お任せします」
アルフレッドの力強い言葉を聞いて、カレンは肩の荷が下りた気がした。アルフレッドは、占い部屋へ戻る前に、自身の黒ローブのフードを後ろへ下し、顔を出した。もはや、皇子であることを隠す必要がなくなったからである。
――――再び、占いの部屋へ。
ドアを開けてアルフレッドとレダが戻ってくると、楽しそうにお喋りをしていた二人が急に黙り込む。
「エド、待たせてすまない。そして、そちらのご令嬢どの、初めまして。俺はこの国の皇子アルフレッドだ。エドとは幼いころから親しくしている。よろしく頼む」
「アルフレッド皇子殿下、初めまして、わたくしはアーロック王国フリッツ公爵家のアウローラと申します。以後お見知りおきを」
「で、アル。カレンをどうして振ったんだ!僕は、君とレダ殿との関係を認めないよ!!」
「ーーーー認めるもなにも、俺は昔も今もカレンにしか興味がない。レダどのとの関係についてはお前の勘違いだ」
「いいや、僕はアルが気軽に女性に触れるタイプではないことを知っている」
(あっ・・・、エドリックを相手に殿下がプレイボーイだという話で押し通すのは、無理かも知れない・・・)
カレンは少し不安になって来た。思ったよりエドワードが、カレンの味方をしてくれているからである。カレンは、嬉しいような、困ったような、微妙な気分になってしまう。
「あの、アルフレッド皇子殿下の婚約者は、レダさまとは別の方でいらっしゃいますよね?」
ここでローラが斬り込んで来る。カレンがチラリとアルフレッドを見ると、凄く嫌そうな表情になっていた。
(殿下!!お顔が・・・。感情が完全に出ちゃってる!!)
「ああ、もう!お前たちは何なんだ!ここへ来たのは、俺の恋愛事情を探るためなのか?」
アルフレッドは、ふたりを見据えながら、ゆっくりと言った。
「いや、僕はレダどのに呼ばれて、ここへ来たんだ。用事があるのはそっちだろう?」
ごもっともな回答をされて、カレンは何も言い返せない。しかし、アルフレッドは、堂々としたものだった。
「エド、アウローラ嬢、よく聞いてくれ。レダ殿は、まだ黒魔女の巣窟に乗り込み、戻って来ていない」
「は?戻って来ていないって、ここにいるじゃないか!」
エドリックは、カレンの方を見る。釣られて、ローラも・・・。
「違う。ここにいるのは俺の最愛・・・」
アルフレッドは、カレンの腰を抱き寄せ、黒いフードを剝ぎ取った。
さらりと輝く金髪がフードから流れ落ち、吸い込まれそうなコバルトブルーの瞳が露わになる。
「唯一のカレンだ!!分かったか!!」
「!!!」
エドリックとローラは、カレンを見て絶句している。
「いや、違う!殿下-!!違うっー!!言っちゃダメだって、言ったのにー!!」
カレンは、アルフレッドに向かって叫んだ。
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