第25話 24、エドリックの事情 上

 普段使わない素敵なカップを食器棚から取り出しながら、カレンはどうしてこんなに身代わりがバレてしまいそうなピンチが続くのかと、頭を悩ませる。


 先ほど、マーガレットに、レダ(カレン)の顔を見られるという事件が発生した。しかし、この家のおかげなのか、はたまた他の理由なのか、さっぱりわからないのだが、何故かバレずに乗り切ることが出来たのである。


 そして、そのすぐ後、アーロック王国の王子エドリックが、恋人のローラと共に『レダの家』へ現れた。


 取りあえず、心を落ち着かせるため二人を座らせてから、カレンは「ダイニングでお茶を用意してきます」と言って、部屋から逃げたのである。


(一先ず、お茶を淹れながら、考えよう。このまま、無策で話したら、絶対、マズいことになりそうだもの・・・)


 今は、やかんを火にかけ、ティーポットに茶葉を入れて、お湯が沸くのを待っている。しばらくして、やかんから上り始めた湯気を、ボーっと見詰めていると、昔の思い出がカレンの脳裏に浮かんで来た。


 それは、皇宮のマナーの先生に三人揃って、お茶の入れ方を教わった時のこと。紅茶を作法に則って、誰よりも上手に入れたのは、アルフレッドだった。勝てなくて悔しかったエドリックは、次のレッスンの時に、鳥の形のクッキーを焼いてきたのである。それも胸を張って「調理場で、作り方を教わりました」と言って・・・。


 エドリックの堂々とした態度に、マナーの先生が「お作法の練習をしてくださいね。努力して欲しいのは、お菓子作りじゃないわ。でも、これは上手に出来ているわね」と声を出して笑っていたのが、とても印象的で・・・。


 そして、カレンはこの時「可も不可もない普通」と言われて、少し悲しかったことまで思い出してしまった。


(ううっ、地味にトラウマっ・・・。だけど、あの頃は、互いにライバル意識があって、何でも上手になりたいって、素直に思っていたのよね。ああ、懐かしい。いつの間にか、三人が揃うこともほとんど無くなって来て、今では、こんなおかしな状況になっちゃって・・・。もう本当にどうしたらいいんだか・・・)


 エドリックとアルフレッド、カレンは実際にかなり親しかった。それ故、茶葉にお湯を注ぎながらも、上手く彼エドリックを騙せるのだろうかと、ため息が出る。


 ただ、エドリックと親しいはずのカレンも、ローラの存在は昨日まで知らなかった。


(私に色々なことが起きて、この一年は、ほとんど皇宮に行くことが無かったから、その間にエドリック王子とローラが親しくなったというのなら、私が知らなくても、当然といえば当然なのだけど・・・)


 しかし、昨日、ローラの口から聞いた話では、だいぶん前から二人は恋人関係だったとのこと。その辺のことも、じっくりと聞いてみたい気持ちはあるのだが、今はカレンではなくレダなので、どういう風に話を切り出していいのかも分からない。


(それに下手したら、何故そんなことを聞いて来るのかと怪しまれて、私がカレンだと、エドリック王子にバレてしまう可能性もあるし、話を広げるのは止めておこう。私はあくまで、この場ではレダさんなのだから・・・)


 もう一度大きなため息を吐いてから、茶器とティーポットを乗せたトレーを持ち上げた。いつもでもダイニングに籠っているわけにはいかない。勇気を出して、占いの部屋へと戻る。


「お茶をどうぞ」


「レダ(カレン)さま、ありがとうございます」


「どういたしまして」


 ローラが申し訳なさそうにお茶のお礼を言う。エドリックは何も言わない。


(お礼くらい言いなさいよ・・・)


 カレンは、空になったトレーを後ろの準備台に置いてから、ふたりの向かいに腰掛けた。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


「レダどの。僕はこの手紙に書かれた指示をすべて実行した。これでローラの身の安全は、もう心配しなくてもいいのだろうか?」


 エドリックは、薄いプルーの封筒を懐から取り出して、カレンにひらひらと振って見せる。


(ん?んんん?何、その話・・・)


「王子殿下、そのお手紙を拝見しても宜しいですか?」


「何を言っている。これは貴殿が書いた手紙じゃないか」


 エドリックの表情が、一気に怪訝なものとなる。


(待って、待って、待って!!今、私・・・だ、大失敗したよね?この言い振りからして、エドリック王子は、本物のレダさんと面識があるのね。でも、全く知らない内容を突然、確認したいといわれても・・・。あっ、そうだ!!)


「王子殿下、一度、現状の確認をさせて下さい」


 レダはそれらしく、エドリックの方向へ右手を掲げてみせる。エドリックは一度、首を捻ったものの、手の位置に合わせて頭を下げてくれた。


(よし、素直に従ってくれて良かった!魔法で、エドリック王子の記憶を辿って、レダさんから手紙を受け取った時のことを見れば、この会話の謎が解けると思うわ。何か有力な情報でも一緒に出て来てくれたら、嬉しいけど)


 カレンは声に出さずに呪文を詠唱し、エドリックの記憶へと侵入していく・・・。


―――――見えて来たのは、大きな柱が立つ大広間だった。黒いローブを被った人が、玉座にいる人物たちと話をしている。


(これはレダさん?アーロック王国で、国王陛下やエドリック王子と謁見しているところかしら)


 カレンは人物たちに近づいていく。すると、会話が聞こえて来た。


「魔女殿、それはどういうことだ?」


「国王、簡単に言おう。この国を潰そうとしている黒魔女がいる」


「潰す?とは、どういうことだ。魔女が人間社会に口を出すことは、禁忌なのではないか?」


「そうだ。ふつうの魔女は、人が作った国になんか興味はない。だが、黒魔女は違う。奴らは権力を欲しがる強欲な者に近づいては、力を貸して遊ぶのさ」


「魔女殿、遊ぶとはどういうことですか!!」


 レダに食って掛かったのは、エドリックだった。

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