第24話 23、誰でも最後は死にます
「それでね、皇帝陛下が早朝五時に市場へ現れてね。それはもう大騒ぎだったんだよ。だって、あんなに近くで陛下の尊いお顔を見られる日が、今日だなんて誰も思わないだろう?」
本日も、朝一で『レダの家』にやって来たビストロ経営者のマーガレットは、部屋に入るなり、市場で陛下に会ったといって興奮している。
一方、昨日の午後、ここでレダ(カレン)が、シュレイダー侯爵家のエマ嬢に、襲われたことをマーガレットは何も知らないようだった。その件は、触れられない限り、カレンは口を噤(つぐ)もうと思っているので、敢えて話題には出さない。
(陛下、自ら帝国民の前に姿を現すだなんて、珍しいわね。何か思惑でもあるのかしら)
「マーガレットさんは、陛下と何かお話をされたのですか?」
「いいや、私は遠巻きに見ていただけだよ。恐れ多くて、話なんか出来ないよ」
「恐れ多い!?マーガレットさんが?」
「そうだよ、ハハハ」
「フフフフ」
いつも豪快なマーガレットから、恐れ多いなどという言葉が出て来て、カレンはつい笑ってしまった。
(だけど、市場がそんなに大騒ぎだったのなら、マーガレットさんは食材を仕入れられたのかしら)
「騒ぎで、今日は仕入れも難しかったですか?」
「いいや、そこは抜け目なくやってるよ。今日は、いいクロマグロが入荷していたんだ。しっかりと手に入れて来たよ」
「クロマグロですか、美味しそうですねー!お野菜は?」
「ああ、状態のいいアボカドが入って来たよ。玉ねぎやレモンなんかもね」
マーガレットが言うには、港にお向かいのアーロック王国から大きな船が入り、食品も含め、多くの積み荷が乗せられていたそうだ。
(――――アーロック王国って、まさかローラさん絡みではないわよね?エドリック王子が追って来たとか・・・。流石に出来すぎ?)
「なるほど、東方の街道が封鎖されている時に、食料品が入って来たというのは、タイミングが良かったですね」
「そうそう!そうなんだよ。レダ(カレン)、あんた思ったより世間のことを考えていたんだね。今まで、無関心だとばかり思ってたよ」
(あ、マズイ・・・。心を開き過ぎた??だけど、マーガレットさんとは毎日会うのだもの、親しくならない方が、おかしいくらいだわ・・・)
「ええっと、変なことを聞きますが・・・。マーガレットさんは、ここへ通い始めて何年くらいになりますか?」
「あらま、親しみを感じた後に、あんたは、すぐそんな他人行儀な質問をしてくるのかい?そうだねぇ、最初、あたしはおとうちゃんと一緒にここへ来ていたからね。それも入れたら、六十年近いんじゃないかい?」
(ろ、六十年!しかもお父様の代から、ビストロのランチメニューを!?)
「も、もう、そんなに長くなりますか!!時が経つのは、早いですね」
「ああ、確かにね。だが、そうは言っても、あんたは年を取らないんだろう?相変わらず、美しい見目のままなんだろうねー」
(は?マーガレットさんは、レダさんの本当の顔を知っているの!?それなら、絶対に顔を見られたらダメな相手ってことよね!!)
カレンが考え事をして油断した隙に、マーガレットは突然レダ(カレン)のフードを掴んで、後ろへ引っ張った。
「うわぁ!!」
カレンは驚いて声を上げる。そして、一拍おいて、マーガレットの豪快な笑い声が室内に響き渡った。
「あははは、本当に若いままじゃないか!!あんた、凄いね。本当に魔女さまなんだねー」
(なぜ、私の顔を見て笑うの?私は、レダさんとは違う人なのよ???もしかして、この家が私を守ろうとして、また何か小細工でもしているのかしら・・・)
マーガレットが気付いていないのならば、わざわざカレンが否定する必要はない。
「少しずつ年は取っています。ゆっくりなだけです」
カレンは適当に合わせるようなことを言って誤魔化すことにした。
「なるほどね、成長が遅いのかい。不死というわけではないんだね」
「――――ええ、それは勿論」
「そうかい。それじゃ、あんたもいつかは死ぬってことだね」
何となく、話が不穏な方向になって来て、カレンはドキッとした。いつも朗らかなマーガレットの口から死などという言葉が出るとは、想像もしていなかったからである。
「ええ、誰でも最後は死にますから・・・」
何となく言葉尻を濁してしまった。こんな重い話題は対処しきれない。早く話を切り替えたいカレンは、静かに黒いフードを両手で引っ張って、目深に被り直した。
「ああ、勝手にフードを引っ張って悪かったね。あんたに当たるのはお門違いだと分かってはいるんだ。実は旦那の調子が悪くてね。もう長くはないと医者に言われてしまってね。店は息子たちが手伝ってくれているから大丈夫なんだけど。やっぱり、お別れが近いと思うと悲しくてね。あんたに、つい恨み言を言っちまった。ごめんよ」
マーガレットは深く頭を下げた。カレンは言葉を失う。朗らかなマーガレットの中にそんな苦悩が隠れているなんて全く気付かなかったからである。
毎日、会って話していたのにも関わらず・・・。
目の奥から湧き上がってこようとする涙を、カレンは視線を上に向けて必死に堪える。そして、声が震えてしまわないように呼吸を整えてから、マーガレットへ語り掛けた。
「マーガレットさん頭を上げて下さい。私こそ、何も知らなくて、誰でも死ぬなんて無神経なことを言ってしまって、ごめんなさい」
カレンの声でマーガレットはゆっくりと頭を上げた。とても悲しそうな顔をして。
「マーガレットさん・・・」
「ああ、気にしないでくれ。あんたは長生きが故、人と交流しないようにしていると分かっていたのにね。つい話しちまったね」
マーガレットの表情が少し和らいだ。カレンは胸を撫でおろす。どういう言葉を掛けようかと考えてみたものの、カレンの紡ぐ薄っぺらい言葉では、マーガレットの心の支えにはなれないと弱気になってしまったからである。
(やっぱり、偽占い師だからというよりも、私の人生経験が足りないという問題?ーーー違う!そうじゃないわ。真心を込めて寄り添えばいいのよ。こんな時に、カッコつけることばかり考えて、上手い言葉が見つからないからって、何も言わずに黙っておくの?それじゃあダメだわ・・・)
「ーーーーーマーガレットさん・・・」
カレンは、マーガレットへ今言えることを伝えようと心に決めた。
「上手く言えませんけど、『レダの家』は、ずっとありますから、いつでも待ってますから・・・」
マーガレットはカレンに微笑みながら、ゆっくりと頷いてくれた。目じりにうっすらと光るものを浮かべながら・・・。
「レダ(カレン)、ありがとね。さあ、湿っぽい話は終わりだよ!!今日のランチのメニューを占っておくれ」
切り替えが早いマーガレットは椅子に座り直すと、テーブルの上の水晶へ視線を向けた。カレンは期待に応えるべく、大きく頷いてから、水晶へ両手を翳し始める。
―――――占いの結果、本日のランチメニューは、クロマグロのタルタルに決定。
満足げなマーガレットを見送り、ドアを閉めた後、カレンは床へ崩れ落ちた。
(・・・危なかった、本当に危なかった!!!偽者ってバレるかと思った・・・)
しばらく、疲れ切って床に座ったままでいると・・・。
「コンコン」
ドアをノックする音がする。
(えっ、もう次のお客様?)
仕方なく、カレンは立ち上がり、しわくちゃになったローブをササっと整えて、ドアを開けた。
「ごきげんよう、レダ(カレン)さま」
笑顔で挨拶をしてきたのは昨日、ここを訪れたローラ(アウローラ)だった。そして、その横には、アーロック王国の王子エドリックが立っていたのである。
(来るかもーと思ったら、本当に来ちゃった!?しかも二人セットで!!)
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