第23話 22、論点のズレも可愛いから許す

 強い痛みと共に意識を手放したカレンの身体が店内へと倒れ込むと同時に、エマは目に見えない力で、店の外へ激しく弾き飛ばされた。そして、『レダの家』のドアも、タイミングを見計らったかのようにパタンと勝手に閉まる。


 次は、どこからか霧が立ち込めて来て、ヤドリギ横丁を包み込んだ。その霧が晴れると、ヤドリギ横丁から『レダの店』は消えていた。今まで店のあった場所は、何の変哲もない赤レンガの壁となっていたのである。


 一方、エマはどうなったのかというと、弾かれた勢いで、石畳に頭を強く打ち付けしばらく気を失っていた。しかし、目を覚ました時には、エマは自分が何故ここにいるのかが分からなくなっていたのである。『レダの家』は。エマから黒いローブの女の記憶も消し去ったのかもしれない。



――――――その日の夜半。


 アルフレッドは、今夜も『レダの家』で、カレンの警護をするため、皇宮から魔法を使い、ヤドリギ横丁へ降り立った。しかし、あるべき場所に店がないのである。この状況にはアルフレッドも流石に動揺してしまった。


「なっ、これは・・・」


 見覚えのない赤レンガの壁に手を当て、何が起こったのかと考える。しかし、考えたところで答えは出てはこない。アルフレッドは、周囲に人影が無いことを確認し、皇宮以外では見せない銀狐の姿になった。この姿なら、魔法を存分に使うことが出来るのである。


 再び赤いレンガに手を当て、ここで今日あったこと探り、脳内で映像化した。


「これは・・・!何てことだ!!」


 エマが、アンブレラでカレンを殴りつける場面を見たアルフレッドは腸(はらわた)が煮えくり返る。しかし、次の場面を見たアルフレッドは・・・。


「店がカレンを守った!?だと・・・」


 状況が分かったところで、アルフレッドの前に難問が立ちはだかる。それは、消え去った店に入るにはどうしたら良いのだろうか?ということだ。


 赤いレンガを摩(さす)りながら、どうしたものかと考えていると。手先に振動を感じた。アルフレッドは慌てて、手をレンガから放す。すると、壁がグニャリと歪み始めた。アルフレッドが呆気に取られて眺めていると、あっという間に元通りの『レダの家』が現れる。


「どうして、戻ったんだ?」


 首を傾げつつ、まず銀狐の姿から、元の人間の姿へ戻ることにした。


 元通りの姿に戻ったアルフレッドは、次に店内にいるカレンの様子を確認しようとドアノブを握る。どうやら、カギは掛かっていないようだ。


 慎重に、ゆっくりとドアノブを引けば、足元にカレンが倒れていた。中に入り、カギを掛けてから、屈んでカレンの様子を確認する。脈は正常。呼吸もしている。アンブレラで叩かれたこめかみのあたりには、少し出血した跡があり、血が固まっていた。幸いにもローブを被っていたので、大きな傷などは負っていないようである。


 アルフレッドは、一先ず、カレンに声を掛けるのは止めて、横向きに抱え上げ、寝室のベッドへ運ぶことにした。


―――――時刻は0時。


「ううっ」


 カレンの声が聞こえ、寝室の床に敷いた布の上で横になっていたアルフレッドが飛び起きる。枕元に近寄るとカレンは寝ていた。先ほど手当てしたカレンのこめかみも確認してみたが、特に血が滲んだりはしていなかった。


「怖い夢でも見たのか?」


 アルフレッドは小声で、呟きながら、カレンの顔に掛かった髪を横へ払った。すると、カレンの睫毛が数回震え、瞼がゆっくりと開いていく。カレンの視線は直ぐにアルフレッドを捉えた。


「・・・アル?」


「ああ、カレン、気分はどうだ?どこか痛いところはないか?」


「うーん、頭がいたい」


「叩かれたところか?」


「・・・叩かれた?ん?誰に?」


 もしかして、覚えていないのか?と、アルフレッドは首を傾げる。


「カレン、叩かれて床に倒れ込んだことを覚えていないのか?」


 アルフレッドの言葉をカレンはじーっと聞いていた。


(叩かれて、床に・・・・)


「・・・・あああっ!エ、エマ!エマだわ!!思い出した!!殿下!ここにエマが来たんです!!」


「落ち着け、カレン。その一部始終を俺は知っている。ここに来た時に魔法を使って、午後に起きたことを見たんだ」


 手を伸ばし、アルフレッドはカレンの手を取った。


「カレン、怖かっただろう。その場にいなくてまた役に立てなかった。すまない」


 そして、カレンの手を自分の両手で包み込む。


(そんな、殿下のせいじゃないのに・・・。私こそ、エマに何の太刀打ちも出来ず、簡単にやられてしまうなんて、カッコ悪いわね。だけど、叩かれた後はどうなったのかしら・・・)


「殿下、ここに来た時、室内にエマが居たりしませんでした?」


 カレンの投げかけた疑問に、アルフレッドは家がカレンを守ったという話をして聞かせた。


「この家ってスゴいですね!!賢いわ!!」


 論点はそこではないとアルフレッドは突っ込みを入れたい気分だったが、シュレイダー侯爵からカレンの母親に関する話はくれぐれもしないようにと釘を刺されているので、口には出さなかった。


 シュレイダー侯爵が言うには、レダは絶対にカレンへ自分が母親だとは名乗り出ないと決めているのだそうだ。また、レダの行動には何か秘密が隠されているかもしれないから、安易に破ると恐ろしい仕打ちを受けるかもしれないとシュレイダー侯爵は怯えていた。


 アルフレッドは、そのようすから、あまり踏み込んではいけない雰囲気を感じ取ったため、これ以上のことは聞いていない。あとは、本物のレダに会えた時に、直接聞いてみたいとは思っている。


「喉は乾いてないか?」


「はい、乾いています。お腹も空いているかも・・・」


 カレンは、つい本音が口から滑り出してしまう。アルフレッドは「じゃあ、少し待ってて」と部屋を出て行ってしまった。


 アルフレッドを待つ間、ベッド横の窓から夜空を眺めると、雨はすっかり上がっていて、キラキラと多くの星が瞬いていた。

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