第19話 18、白いストールを被ったお客様 上

 マーガレットを見送ったカレンは、心を落ち着かせるため、お茶を淹れようとダイニングに向かった。棚からケトルを取り出し、慣れた手つきでかまどへ火を入れる。水を入れたケトルをそこに置き、茶葉とカップを取ろうと食器棚の前へ移動した。


 ひらり・・・。


 何処かに挟まっていた桜の花びらが一枚舞い落ちる。と、同時に昨夜の風景が脳裏に浮かんでくる。


(殿下の演出というか、趣向の良さ?頭から花びら舞う様子が離れないわ。―――重症ね。接客していても、殿下のことばかり思い出して・・・。だけど、片付ける方法も考えずにあんなに花びらを積み上げるなんて・・・フフフフ)

 

 カレンは自分がこんなに楽しい気分で、アルフレッドのことを考える日が再び訪れるなんて、思ってもみなかった。ここへ駈け込んだ時、アルフレッドとは二度と会えないと絶望していたのだから。



ーーーーー午前十時半を少し過ぎた頃。


 コンコンとドアをノックする音がした。どうやら、午前中二人目のお客様がやって来たようである。


 カレンはドアをそっと開く、そこに立っていたのは白くて大きなストールを頭から被った女性だった。顔を見せたくないのか俯いている。


「あの、占いをお願いしたいの・・・」


 透き通った声で、カレンへ問う。明らかに常連ではないお客様を、カレンはじっくりと観察した。女性の被っているストールの端には、繊細なデザインのレースが施されており、視線を下に落とすと、柔らかそうな革で作られた編み上げブーツを履いているのが見える。ストールを押さえている手は、磨き上げられた爪と家事をしたことなどなさそうな、きめ細やかな美しい肌だった。


(この女性は声から察するにかなりお若い?それにこの身なりは、何処かの貴族のご令嬢かしら、物腰も柔らかいし・・・。ただ、こんな裏通りまで、一人で来るなんて、普通の依頼じゃないかもしれないわ。何を占って欲しいのかを取り敢えず、聞いてみるしかないわね)


「こちらへ、どうぞ」


 低い声でカレンはお客様を室内へ招き入れた。カレンの指示に従い、お客様は水晶の置いてあるテーブルの前へ進む。


「レダ(カレン)さま、初めまして。私はローラと申します」


 挨拶と共に優雅なカテーシーをするお客様。カレンは、この女性が貴族であると確信したが、表は出さず堂々と受け止める。


「ローラさん、初めまして。それで、本日はどのようなご用件でこちらへ」


「はい、一つ占って欲しいことがあり、お伺いいたしました。あの・・・、その・・・、レダさまは、恋占いなどもしてくださるのでしょうか?」


(こ、恋占い!?怪しげな占い師(自分でいうのも何だけど!)に相談へ来るくらい悩んでいるなんて、一体、どんな相手なのよー!!)


「勿論、恋占いでも、夜ご飯のメニューでも分け隔てなく占います」


「―――――夜ご飯のメニュー・・・ですか?」


 ローラが、怪訝な声で聞き返してくる。しかし、ストールを被っているので表情までは読み取れない。


(あー、雰囲気を和らげようかと思ったら・・・。完全にスベッたわね・・・)


 カレンはゴホンと一度咳ばらいをした。


「失礼、少し口が滑りました」


「いえ、大丈夫です」


「それで、お話を聞かせていただいても?お伺いしたことは決して口外いたしませんのでご安心を」


「はい。相談したいのは、わたくしの幼馴染のことなのです。名前は申し訳ないのですが、お伝えすることが出来ません。彼は、家門の都合で他国のご令嬢と婚約すると、彼の家の者が伝えて来ました。その後、彼とは会っていません。ただ、彼が今も私に恋心を持っていてくれているのなら、少し勇気を出して、新しい婚約者の方と戦ってみようかなと思い、こちらへ足を運びました」


「と、いうことは、ローラさんは彼への恋心が今もあるということですね」


「はい、彼とは数年前から恋人の関係になっていたので、簡単には諦められなくて・・・」


(お付き合いしているご令嬢がいるのに他のご令嬢と婚約!?酷い話だわ・・・)


「分かりました。占いましょう」


「レダ(カレン)さま、彼の情報は何も言えないのですが、大丈夫でしょうか?」


(それは魔法で記憶を見るから大丈夫です!ローラさん)


「問題ありません。少し時間が掛かるかもしれませんが、ローラさんは結果が出るまで、この水晶を真っ直ぐ見詰めていてください」


「はい、分かりました」


 カレンは水晶の上に手を翳す。そして、声には出さず、相手の記憶を辿る魔法を展開した。


――――――場所は、何処かのサロン。かなり派手な装飾がされている。恐らく力を持った貴族の邸宅だろう。その一室で、ローラと一人の男性が楽しそうに談笑している。


(この男性が、ローラさんのお相手かしら?ええっと、顔を確認、確認!!)


 カレンは、ローラに笑いかけている男の顔を見て、背筋が凍った。知っている人物だったからである。


(サラサラの赤髪に金の瞳・・・、このインパクトのある見た目!!私、彼を知っているわ。海を挟んで向かいにあるアーロック王国のエドリック王子じゃない!!エドリック王子とアルフレッド殿下、私は同世代で、彼は、使者の仕事だと言い訳をしては、よくこの国の皇宮へ遊びにいらしていたから、恐らく私の顔も覚えているはず・・・。ということは、エドリック王子と幼馴染だというローラさんって、結構、位の高い貴族なのでは?)


 カレンは記憶の更に奥へと向かう。ローラらしき幼女が、両親と一緒に食事をしているシーンが出て来た。


「アウローラ、お肉はゆっくり噛みなさいね」


 ローラが、母親に優しく諭されている。必死に噛みながら、母親の方を見て、頷いている姿がとても愛らしい。父親も目を細めて、その様子を見ている。


「レイモンド様、今日は何時ごろにお帰りになられる予定ですか?」


「ルナ、今日は早く帰れそうだ。夕食も三人で取ろう」


 その言葉に二人が笑顔で頷く。何とも微笑ましい光景である。


(ローラさんのご家族は仲が良さそうねーって、あの方は、アーロック王国のフリッツ公爵閣下じゃない!!うーん、絶対に私がレダさんの身代わりをしているって、バレたらダメな人たちが、いっぱい出て来るーっ!!この依頼、私が首を突っ込んでも、大丈夫なのかしら・・・。だけど・・・、請け負ったからには、グダグダ言わずに取り組まないといけないわよね。邪念は禁物!!じゃあ、次は、エドリック王子の記憶を・・・)


 そこで、カレンは気付いた。エドリックの記憶を辿ったところで、それはローラとの記憶であり、エドリックの今現在の気持ちを推し量れるものでは無いと。


(ううう、今頃気付いてしまうなんて・・・。こういう時、偽占い師としての限界を感じるわね。それよりも、どうしたら、ローラさんを上手く納得させられるかしら・・・)


 カレンは、一先ず、エドリックの記憶を探ることは止めて、ローラと対話してみることにした。いつも、ここへ来るお客様のように、自ら答えを出してくれることに期待して・・・。


「お待たせしました。フリッツ公爵家のご令嬢アウローラさん。アーロック王国から、わざわざ足を運んでくださったのですね」


 この指摘に、ローラの手先がビクッと揺れたのをカレンは見逃さなかった。

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