第18話 17、カレンの予感

 本日は少し雲の多い天気だ。


(桜を愛でるには丁度よいくらいの花曇りだわ)


 カレンは窓の外を眺めている。先月末、突然現れたアルフレッドとの交流は、カレンの意識を『レダの家』から、外の世界へ向けさせる切っ掛けとなった。嫌なことに目を背けて逃げ込んだ『レダの家』というサンクチュアリ。この家にいれば、何も心配しなくていいし、安全なのは間違いない。


 しかし、シュライダー侯爵家の揉め事だと思っていたことが、この国の皇帝をも巻き込んだ、もっと大きくて深刻なものであると分かって来た。この状況で、果たして自分だけが、ここでぬくぬくと呑気に過ごしていても良いのだろうかという焦りのようなものが湧いてくる。


 かといって、何の情報も確信も無いままで、どこかへ無鉄砲に飛び出していくわけにもいかない。一先ず、カレンはいつも通りにやるべきことをして、粛々と過ごすしかないと、ため息を吐いた。


(さて、今日も私に出来ることをするしかないわね。んー、殿下は今夜も来るのかしら?そろそろ、ベッドでゆっくり寝たいわ。三日間連続で床はちょっと・・・)


――――コンコン、ドアをノックする音が室内へ響く。少し油断していたカレンは、慌てて声色を変える呪文を唱えながら、ドアへ向かった。


「おはよう、マーガレットさん」


「おはようさん!!レダ(カレン)」


 本日も朝から威勢の良いビストロ経営者のマーガレットがやって来た。カレンはドアを締めながら、マーガレットに話しかける。


「今日は花曇りだから、桜が美しいでしょうね」


 突然、マーガレットが立ち止まる。そして、フードを目深に被ったカレンをじっーと見詰めて来た。


(えっ?どうしたの??何故、そんなに見てくるの!?)


 マーガレットのいつもと違う態度に、カレンは戸惑う。


「あんた・・・。どうしたんだい!?」


「何か変でしたか?」


 カレンは冷静かつ素直に聞き返した。すると、マーガレットは首を左右に振る。


「いや、レダ(カレン)からそんな話をして来るなんて、驚くじゃないか!!まさか、あんたが桜の話をするなんてね、ハハハ」


「そんなに驚かれるとは、私も思っていませんでした。フフフ」


(おおっと、レダさんの設定をすっかり忘れてたわ!“占い以外の話はしないでください”って、キュイに言われていたのに・・・。昨夜の桜がきれいで、つい口が滑っちゃった!)


「では、こちらへどうぞ」


 心の焦りを表に出さないよう細心の注意を払って、カレンはマーガレットを水晶の置いてあるテーブルの方へ連れて行く。


「では、お話を」


「まあ、いつものお願いだけどね。きょうのお昼のランチメニューを占ってもらいに来たよ。だけどね、少し気になる話を聞いてね」


(あ!気になる話というフレーズ!!)


 マーガレットが、この“気になる話”という言葉を出した時は、何か新しい情報を得たというサインなのだ。カレンはどんな話が出てくるのだろうと耳を傾ける。


「今朝、市場で聞いた話なのだけどね。今後、香辛料、特にパプリカパウダーが手に入りづらくなるそうだよ」


「それって、パプリカチキンとか、グヤーシュスープを作るときに使うあの赤い香辛料ですよね?」


「ああ、そうだよ!やっぱり、今日のあんたは話が早いね。どうしたんだい?とうとう、あたしに心を開いてくれたのかね、ハハハ」


「どうですかね~、そうかもしれないですね。フフフ」


 カレンは笑って誤魔化す。


(マーガレットさんが豪快な人で良かった。このまま、笑って誤魔化したい!!)


「で、話を戻すとね。ほら、香辛料って東から商人たちが馬車で運んでくるだろう?」


「―――――そうなのですね」


(よし、いつもの調子に戻れたわ)


「ああ、そうなんだよ。それで、この国の隣のヴェルマ公国のもう一つ隣のイシュタル共和国と、その先にあるオルセント王国が険悪になって国境を塞いでしまったらしいんだ。当然、道が通れなくなったわけだから商品も入って来れないだろう?それで、商人たちは陸路は諦めて、慌てて航路を探し始めたんだが、運悪く大きな商船が昨日の朝に出航したばかりだったらしくてね。次の商船が入るのは十日後なんだって。朝からそりゃもう大騒ぎだよ。どうするんだろうね」


(なるほど、次の商船が来るまで荷物の見通しが立たないってことね・・・)


「だけど、十日後に商船へ乗れたとしてもオルセント王国か、はたまたその先の国から商人たちは再び商船で戻って来ないといけないわけだろう?そんなことをしていたら王都のパプリカパウダーは在庫が尽きてしまうだろうね」


「なるほど」


「あの色味は食欲をそそるからね。飲食店を経営してる奴らは困るだろうね」


「それなら、この辺りの飲食店の在庫が切れて来る頃に、パプリカパウダーを使ったメニューを出したら良さそうですね」


「!?レダ(カレン)、あんた賢いね!あたしは今日のメニューに使って、この話をお客さんにしようかと思っていたけど、確かに他の店が出せなくなってから出した方が目を惹くだろうね」


 マーガレットはテーブルから身を乗り出して、カレンに詰め寄って来る。カレンは無意識に後ろへ仰け反ってしまった。


「それで、今日市場ではどのような食材を(手に入れましたか)?」


「ああ、今日は質のいい子ヤギの肉と、新鮮なたまごを手に入れたよ」


「では、占いましょう」


「ああ、頼むよ」


 カレンは水晶に両手を翳す。


(昨日の子ヤギのローストは香ばしくて、柔らかくて、肉汁もじゅわーって出て来て、美味しかったなぁ・・・。あ、プディングも固めで、私好みだったわ・・・)


「マーガレットさん、タイムはありますか?」


「ああ、タイムはいつでも新鮮なのがあるよ。あー、なるほど!!いい肉だから、シンプルにローストするだけでも良いかもしれないね」


「ーーーーー美味しそうですね。あと、たまごはデザートにしてはいかがでしょう?」


「たまごを使ったデザート・・・。いろいろあるね~。シンプルにプディングが良いかもしれないね。時間も掛からないし」


「最高です!」


「ああ、いいメニューだ!レダ(カレン)、いつもありがとね。はい、これはお代だよ」


 メニューが決まると、マーガレットはいつも通りお代をテーブルに置き、さっさと立ち上がった。いつもはそのまま後ろ手を振って出て行くのだが、今日は立ち止まって、何か言いたげにしている。


「どうかしました?」


「いや、大したことじゃないけど、あんた何か心境の変化でもあったのかい?たった一日で、若返ったみたいだよ。出来れば明日も若いレダ(カレン)でいておくれ~。ガハハハハハハ」


 豪快な笑い声が店内に響き渡る。カレンはドキッとしてしまう。


(どうして急に私のことをレダさんっぽくないって、言い出しちゃうの!?もしかして、キュイが居ないからかな?んーん、でも昨日は大丈夫だったから、それは違うわよね?私、大丈夫なのかな。レダさんじゃないって、バレたりしないわよね?)


「ご希望にお応えできるのかは分かりませんが、明日もお待ちしていますね」


「ああ、よろしく!」


 心配をよそにマーガレットはアッサリと帰っていった。カレンはホッとして胸を撫でおろす。


 (本日は一人目から不穏な感じがする・・・)


 そんな、カレンの予感は見事に的中してしまうのだった。

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