第17話 16、アルフレッドの告白

 素敵な食事を終え、カレンは気分が上がっていた。世間と遮断された生活をすること半年、久しぶりに外の世界が気になっている。


(もう木々が芽吹いて、花も咲き乱れる季節になったのね。皇宮の庭園が懐かしいわ・・・)


 アルフレッドが用意してくれた菜の花色のテーブルクロスを思い返す。季節はいつの間にか春になっていた。


 窓辺から陽の光は入るものの、ヤドリギ横丁は、レンガ造りの建物が密集していて、人々が行き交う狭い通路には街路樹なんて一本も見当たらない。朝晩の区別は出来ても、季節を感じるのは難しい環境だ。


 そして、ビストロ経営をしているマーガレットからこの界隈は事件が多い地区だと、カレンはよく聞いていた。ただ“レダの家”に関しては、巷で『占い師レダは本当は魔法使いだ!ひどい目に会いたくなければ気を付けろ!』と、余り嬉しくない噂が流れているらしく、面倒な輩がここにくる可能性は低い。


 ということで、陛下や殿下がこの家にカレンがひとりになることを心配しても、当の本人はそんなに怖いとは思っていなかった。


(色々教えてくれるマーガレットさんは、人の出入りが多い場所にいるからかなり情報通なのよねー)


「カレン、何か飲むか?」


「いえ、今は大丈夫です。殿下、お先にお風呂へ入られます?シャワーしかありませんけど」


「ああ、借りる。バスルームは何処にある?」


「一階の廊下の突き当りの左側です。タオルなどは置いてあります。着替えはどうします?」


「警護しろって指令を受けてるから、このままでいい。ありがとう」


「いえ、昨日も拘束したままで寝てたでしょう、疲れていませんか?」


「大丈夫だ。寧ろ、昨夜はいつもより睡眠時間が長い」


 アルフレッドは苦笑している。カレンはふと気付いた。昨夜、アルフレッドはカレンのベッドで眠っていたということを・・・。


(どちらかというと、私の方が疲れていたってことか・・・)


「カレンこそ、今夜はゆっくりベッドで眠るといい」


「そうします。では行ってらっしゃい」


「ああ」


 アルフレッドは廊下へ出て行った。ふと、テーブルを見ると、きれいに片づけてある。


(あんなに沢山のお料理を持って来てくれるなんて思わなかった。久しぶりに美味しいご飯を沢山食べれて、嬉しかった!!)


 カレンは、アルフレッドのことを何でも知っていると思っていたのだが、彼がこれほど身の回りのことをテキパキとする人だとは知らなかった。


(もしかして、普段から身の回りのことを自分でしている?)


 実は鉄壁の皇宮がどういう体制なのかは、婚約者だったカレンにも明かされていない。同じ家門のみで引き継いでいくという使用人たちとは一体どういう感じなのだろう?


(今まであまり考えたこともなかったけど、殿下に聞いたら教えてくれるのかしら?だけど、機密だから言えないって断られる可能性も十分あるわね)


 幼少期に婚約者になってから、お妃教育を皇宮の一室で普通に受けてきた。様々な分野の専門講師が皇宮に集められ、アルフレッドと共に多くのことを学んだ。しかし、改めて考えると皇宮の体制や歴史などを深く知る機会はなかったように思う。


(あの可愛いケモ耳のことも帝国民には隠しているのよね。もしかして、使用人たちも獣人だったなんて・・・ね)


 カレンは可愛らしいうさぎや猫などを思い浮かべた。皇宮を動物たちが慌ただしく歩き回りながら仕事をしている様子を思い浮かべると楽しい気分になってくる。


(また殿下のお耳が出ている時に触らせてもらおうかな・・・)

 

 掌(てのひら)を握ったり開いたりしながら、妄想にふける。


「何をしてるんだ?」


 顔を上げるとアルフレッドが立っていた。頭の上にタオルを乗せている。前髪に水滴がついているのでこれから髪を拭くみたいだ。黒いローブは脱いで、白いシャツと黒い細身のパンツを履いている。足は裸足だった。


「はっ、裸足!?」


こんなにラフな姿のアルフレッドを見たことがなかったカレンは驚く。


「いや、風呂あがりにブーツを履くのは、何となく嫌だったんだ」


「確かに!!その気持ちはわかります!!それなら・・・、マットを敷きましょう。石の床だと裸足は冷えますよ」


 カレンは一度ダイニングルームを出て、二階の寝室に入ると、ベッドの上に掛けてあったパッチワークのカバーをはぎ取った。そして、それを両手で抱える。


「お待たせしました!!」


 大きな布の塊を持って現れたカレンに、今度はアルフレッドが驚いた。


「カレン、重いだろう。手伝うよ」


「いいえ、大丈夫です。後は床に敷くだけなので!!」


 カレンは布をバサッと床に広げた。アルフレッドも横に来て、端を引っ張って整えるのを手伝う。


「二人ですると、一瞬でしたね」


 床に跪いたままでアルフレッドの方を見ると、ちょうど目が合った。


「ありがとう、カレン。使わせてもらう」


「はい、どうぞ」


 アルフレッドは布の上に座ると、カレンを手招きした。


「カレンも横に座って」


 言われるがままにローファーを脱いで、カレンもアルフレッドの横に座る。


「後で片付けるから、見てて」


(ん?あとで片付けるって、何を!?)


 アルフレッドがパチンと指を鳴らす。すると部屋の明かりが消えた。月明りだけの室内はかなり暗い。次は右手を上に伸ばして何かを唱えている。


 ブワンと風を切るような音がした。次の瞬間、天井から桜の花びらが、ひらひらと舞い降りて来る。


「―――――す、凄い!!!キレイ・・・」


 カレンとアルフレッドを花びらが包み込む。その幻想的な風景に感動してしまったカレンの瞳からは、意図せず涙が溢れて来た。


「キレイだろう?」とカレンの方を見たアルフレッドは、彼女の眦にきらりと光る涙を見つけると直ぐ傍にあった布で、カレンの涙を拭った。


「殿下、これ・・・」


「ああ、そこにあったから」


「これは、ふきんですっ!」


 カレンの指摘を受け、ふきんを持った手を引っ込めるアルフレッド。カレンは怒るというよりも笑いが込み上げて来た。


「フフフフッ」


「すまない」


「いえ、全然大丈夫です。それよりも、この花びら・・・。素敵ですね」


「これは、皇宮の正面にある桜並木から拝借した」


「あの、これは魔法ですか?」


「ああ」


「殿下たち皇家の方々は強い魔力を持ち、様々な魔法を使えるという話は本当だったのですね!!」


 カレンが前のめりで聞いて来るので、アルフレッドは少し戸惑う。ここから先の話は国家機密のラインを超えてしまうからだ。


「そうとも言えるし、違うともいえる。これ以上は話せない」


「――――そうなのですね。分かりました」


 カレンも無理に聞き出すつもりは無かった。それは皇家が大きな秘密を抱えているということの一片を昨日知ってしまい、まだ混乱していたからである。


(殿下に獣の耳。しかも自分は魔狐って言うし・・・、それ以上の何かがあると言われても急には理解出来ないかもしれないし)


 レダという魔法使い、謎のある皇家、そして何故シュライダー侯爵家が狙われたのだろう。まだまだ秘密が多過ぎると、カレンはため息を吐くしかなかった。



―――――しばらく、桜を楽しんで、再び明かりをつけた時、悲劇が起きていることに気付く。


「殿下・・・」


「いや、思った以上に積もったな」


「魔法で何とかなりませんか?」


「そうしたいのは山々なのだが・・・すまない」


 まさかの“回収する魔法は出来ません”というアルフレッドの告白により、大量の花びらを真夜中に片付ける羽目に・・・。


――――気付けば、連日の夜更かしと肉体労働で体力の限界を迎えた二人は片づけが終わった後、そのまま床に倒れ込んで眠っていた。


 翌朝、先に目覚めたカレンは驚愕する。床に敷いた布の上に寝そべるアルフレッドのお腹を枕にして、大の字で寝ていた自分に・・・。


 そそくさと起き上がり、取り敢えずバスルームへ逃げた。


(お風呂にも入らず、殿下を枕にして寝てしまうなんて・・・恥ずかしすぎる!!)


 その後、カレンはシャワーを浴びてから朝ご飯の用意に取り掛かった。幸いアルフレッドが目覚めたのはその一時間ほど後のこと。カレンはドキドキしながら「おはようございます」と笑顔で挨拶する。その際、アルフレッドはいつも通りだった。カレンは心の中でガッツポーズをする。“大丈夫!バレていない!!”と。


(あんなに素敵な桜を見せてくれたのに、今朝の私は酷すぎたわ・・・。ごめんね、アル)


―――――皇宮に出掛けて行くアルフレッドを見送り、カレンは“レダの家”の開店準備を始めた。

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