第16話 15、白アスパラが好き?
窓の外から、月明かりが差し込む。今夜の『レダの家』は、いつもと違って、とても賑やかで・・・。それ自体は、別に嫌ではない。しかし、このメンバーは、一向に解散しそうな気配がないのである。カレンは少し嫌な予感がして、アルフレッドの袖を引く。
「ん、どうした?」
「ええっと、皆さんはいつ解散されるのでしょう?そろそろ、夕食も食べたいですし、明日の用意もしておきたいので・・・」
(まさか、全員帰らないなんて言わないわよね???)
「ああ、カレンの夕飯のことなら心配しなくていい。俺が皇宮からすぐに取って来てやる。少し待っていてくれ・・・」
(えっ、違う!?そうじゃないのー!!)
「いえ、あ、そういうことでは・・・」
アルフレッドはスッと踵を返して、足早に扉へ向かう。カレンは慌てて手を伸ばし、アルフレッドを掴もうとしたが間に合わず。そのまま、扉のカギも難無く開けて、アルフレッドは外へ出て行ってしまった。
「カレン、殿下は何処へ?」
シュライダー侯爵が尋ねる。
「私の夕飯を皇宮に取りに行くと言って・・・」
「アルの奴、気が利くではないか」
ニコラス陛下は腕を組んで堂々としている。先ほどまで弱っていたのが嘘のようだ。
「あのう、陛下とお父様は、この後どうされる予定なのでしょう?」
(ううっ、よく言った、私!!かなり勇気を振り絞った!!だって、このままだと、ここに居座られてしまいそうだもの。―――お二人が、この後のこともきちんと考えていらっしゃると良いのだけど・・・)
「ああ、私の身代わり人形はすでに消えているだろうからな。一度、様子を確認するために皇宮へ戻ろう。カール、お前はどうする?」
「そこに置かれた人形が、わたしの身代わりをしていたという話だったな。ならば、何食わぬ顔で屋敷へ戻るか・・・、それとも屋敷に帰らず何処かへ身を隠すか・・・。だが突然、姿を消したら疑われそうだな。皇宮で仕事が立て込んでいるということにでもした方がいいか・・・」
シュライダー侯爵は考えが纏まらないようだった。
「いやいや、先ず、そのまま屋敷へ帰るのは危険だから止めて置け、先ずは状況を確認した方がいいだろう」
「ああ、そうした方がいいだろうな。ニック、しばらく皇宮に滞在させてくれないか?」
「それは全然構わん。では、アルが戻り次第、我々は皇宮へ戻ろう。ところでカレン嬢、私たちが去ったら、一人になってしまうが大丈夫か。念のため、アルを残していこうか?レダが戻るまで、そなたはここに居ないといけないのだろう」
「ニック!」
「大丈夫だ、カール。アルはちゃんと弁えている。心配するようなことはない」
ふたりのやり取りはきっとアルフレッドの理性についてなのだろうと察しがついた。しかし、カレンは気付いていないフリをする。
(殿下、早く帰って来てー。居心地の悪い話題ーっ!!)
カレンの願いが通じたのか、コンコンとドアをノックする音がした。返事をしなくとも、アルフレッドは大きなバスケットを二つ重ねて両腕で抱えたまま器用にドアを開けて部屋へ入って来た。
(あ、カギを掛けるのを忘れてた!)
カレンは慌ててドアへ駆け寄るとしっかりとカギを掛けた。そして、アルフレッドの抱えているバスケットを一つ取ろうと手を伸ばす。
「大丈夫だ。このままダイニングに運ぶ」
アルフレッドはスタスタと勝手知ったる感じで、迷いなく廊下へと出て行こうとする。
「アル!ちょっと待て」
「何でしょうか?父上」
「私とカールは皇宮へ戻る。そして、帝国の現状把握を急ぐつもりだ。お前には、カレン嬢の夜間警護を言い渡す。くれぐれも変な気は起こすなよ。明日の朝、執務室へ来てくれ、情報のすり合わせをするぞ」
「変な気という言葉が少し気に食わないのですが・・・。了解しました」
「ああ、よろしく頼む」
「殿下、わたしからも・・・。娘をよろしくおねがいいたします」
シュライダー侯爵は胸に手を当て、礼の姿勢を取る。アルフレッドは少し嫌そうな表情を浮かべてこう言った。
「心配しなくても大丈夫です。カレンは俺にとっても大事な人なんです。おかしなことはしませんから」
「それを聞いて安心しました。では、また明日」
「では、私たちはもう行く。カレン嬢、しっかり戸締りをしておきなさい」
(あ、さっき私がカギを掛けるのを忘れていたことを、陛下は気付いていたのね・・・)
「はい、気を付けます」
ニコラス陛下とシュライダー侯爵は、気配を殺し慎重にドアから出て行った。
――――――
カギを掛け終えてダイニングに向かうと、アルフレッドがテーブルの上に食事を並べているところだった。皇宮から持って来ただけあって、色とりどりの食材が並んでいる。こんな食事はいつ以来だろう。カレンは感動のあまりその場で立ち尽くしてしまった。
「カレン、栄養のありそうなものを持って来た。無理せず食べられるものだけ食べてくれ」
「殿下・・・。ありがとうございます!!こんなに美味しそうなお食事は久しぶりでとっても嬉しいです!!」
「ああ、喜んでもらえたのなら良かった。さあ、座って食べよう」
「はい!いただきます」
カレンが腰掛けようとすると、アルフレッドが椅子を引いてくれた。
(こんな扱いを受けるなんて、いつ以来!?私ってば、ここの生活にすっかり馴染んでしまって、こんなマナーの一つも新鮮に感じてしまうわ)
ゆっくりと腰掛けると、テーブルには菜の花色のテーブルクロスが掛けてあり、その上には白くて大きなお皿が一枚とスープカップが一個、グラスとマグカップ、そしてピカピカに磨かれた銀のカトラリー類が、きれいに並べてあった。
(えっ、これ全部抱えて来たってこと!?)
「殿下、リネン類や食器までご持参されたのですか?」
「ああ、テーブルクロス一枚でも、気分転換になるだろう?ここは外から遮断された空間のようだから、少し季節を感じるものを持って来たかったんだ」
「お気遣いありがとうございます」
「残念ながら給仕する者までは連れて来られなかったから、食べたいものは自分で取ってくれ。右からシーフードのグリルが乗ったサラダ、子ヤギのロースト、白アスパラのスープ、スモークサーモンとクリームチーズのカナッペ、野菜のフリット、バケットとクロワッサンにはブルーベリーのジャムとバターを。デザートは、プディングとボンボンショコラが二種類。フルーツはぶどうとリンゴを持って来た。飲み物は冷やした紅茶と温かいコーヒーだ」
「ご、豪華過ぎる!!」
カレンが目を輝かせると、アルフレッドは嬉しそうに目元を緩めて柔らかく微笑んだ。
「カレン、少し瘦せただろう?俺のことで苦しめてしまったせめてものお詫びだ。遠慮なく食べてくれ」
「はい!殿下も一緒に食べましょう」
「ああ、そうだな」
アルフレッドは、嬉しそうに何を食べるのかを考えているカレンを見て、ホッとした。再開してから、ずっと薄い壁を作られているような感覚があったのだが、やっとその壁が取り払われ、いつものカレンに戻ったような気がしたからである。
カレンがこの一年、かなり辛い目にあっていたと知った時は、胸が張り裂けそうだった。それを知りもせず、何も出来なかった己の不甲斐なさは言葉にならない。
敵は何を目論んで、アルフレッドの愛する人を傷つけたのか?
考えるだけで体の中の血が沸き滾り、普段は押さえている魔狐の本能が己を突き破ってきそうだった。それに焦りを感じては抑えることを此処のところ何度も繰り返している。だが、それではダメだ。
向かいの席で美味しそうにスープを口に運んでいる愛らしいカレン。彼女をこれ以上、悲しませたくない。だからこそ、アルフレッドは本能や理性に負けて、カレンを理由に誰彼構わず殺戮してしまうようなことをしたくはない。『何事にも冷静に判断できる強い心を持て!』と、己に言い聞かせる。そして、何でもない顔をして、ちぎったパンを口へ入れた。
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