第15話 14、母と娘

 ニルス帝国の海岸線の左端にあるヴェルマ公国は、観光業に力を入れている小国である。風光明媚な岩山の大自然と海岸沿いに続くリゾート施設の他、各種の公営ギャンブル場を積極的に経営し、大公が莫大な利益を得ているというのは有名な話だ。


 しかし、お金のある所には悪い輩も集まって来る。あちらからすれば、世界一と名高いニルス帝国の海軍を手にしたいという野心があってもおかしくはないだろう。と、カレンは考えていたのだが、ニコラス陛下と父親であるシュライダー侯爵のやり取りを聞いていると、ヴェルマ公国との問題はそういうことではないらしい。


「その話からすると、父上(ニコラス陛下)が狙らわれていたと?」


「そうだ。アル、あの女は蛇のように首を絞めつけてくるような策略をいくつも張って、恐ろしいこと、恐ろしいこと・・・・」


 ニコラス陛下は両腕で自身の体を抱え込み身震いをしている。


(陛下、とても顔色が悪いわ。大公妃って、そんなに怖い人なの?)


「あのう、それでその方をどうやって退治・・・あっ、失言です。すみません!!え、えーっと、追い払ったのですか?」


「カレン、それはニックの婚約者を大公妃の手下が誘拐して殺害しようとしたのを、レダが阻止し鉄槌を下したのだ」


「誘拐の上、殺害!?そんなことをしたら国際問題になってしまうわ。大公妃は何を目論んでそんなことをしたの?」


「単純なことさ、ニックに自分の娘を娶らせようとしただけだ。以前、バッサリと断られたことにプライドを傷つけられたのだろう」


 怯えるニコラス陛下の代わりにシュライダー侯爵が詳しい話を聞かせてくれた。当時、アルフレッドの母親であるセレーネ皇后陛下は、まだニコラス王子(現皇帝)の婚約者という立場で、北のボレアス王国の第一王女として、将来嫁ぐニルス帝国へ留学していたのだという。


 そこへ、タイミングを合わせたかのように、ニコラス陛下の妃の座を狙うヴェルマ公国のリステル公女も短期留学でこの国へやって来た。


 その為、三人は帝国の学園で机を並べることに・・・。


 まず、婚約者同士のニコラス陛下とセレーネ王女が一緒へ過ごしているとリステル公女は遠慮なく割り込んだ。そして、リステル公女は取り巻きを作るのが上手かった。(後々、取り巻きには大公妃の息がかかっていたと判明)


 その結果、ニコラスが不在の時だけセレーネ王女は完全に孤立するような状況に追い込まれる。慣れない帝国暮らしに彼女は段々と疲れ果てて体調を壊した。


 ニコラス陛下はその現状を自身の影からの報告で初めて知ることになる。迅速に対応しようと動いたところで、セレーネ王女が誘拐された。命に危険があると感じたニコラス陛下は迷わず、友人レダへ元に駆け込んだ。


 レダは、ニコラスから誘拐事件の相談を受け、すぐに動き始める。そして、この一連の嫌がらせと誘拐の背後には、隣国の大公妃がいると突き止めた。彼女はニコラス陛下が止めるのも聞かず、単身でヴァルマ公国へ乗り込んで大公妃とその配下に大きな鉄槌を下した。その際、今後ニルス帝国には手を出さないという念書も忘れずに取って来たのだという。


「大きな鉄槌って・・・」


「カレン、その詳細は聞かない方がいいだろう。レダは容赦がない。それなりに制裁を加えて来たということだ」


(お父様、そんなに平然としていますけど、内容が怖いです・・・)


 レダは帝国に戻るなり、ヴァルマ公国での出来事をニコラス陛下へ報告した。大公妃は娘の初恋の相手であるニコラス陛下をどうしても手に入れたかったのだという。ただ、可愛い娘のため、それだけの理由で国を挙げて愚かな策略を張り巡らしたというのである。


 子を持たないレダは大公妃の気持ちが理解出来ないとしつつも、『いつか自分が娘を持った時魔力を存分に持ち、何でも叶えることが出来る己が、娘可愛さに大公妃と同じようなことをしてしまったらどうする?』と、ニコラス陛下へ笑いながら聞いたらしい。


 ニコラス陛下はレダに『そういう風に考えることが出来る君がそんなことをするはずがない』と断言し、将来、レダが子を持つ時には、自分も惜しみなく協力するから心配しなくていいと約束した。


「ニックは約束通り、レダがその数年後に産んだ娘に目を掛け、大魔女の血を引くその娘を皇家が責任を持って支えていくと決意した。そうだろう?ニック!」


「ああ、そうだ」


「それは・・・」


 アルフレッドは何か言い掛けたが止めた。


「あのう、レダさんには娘さんがいるのですか?」


 勇気を出して質問すると、全員は一斉にカレンの方を見た。


(な、なに?その表情!!!)


「カレン、レダの娘は魔法が使えるらしいぞ」


 アルフレッドは、カレンの頬を指でぷにぷにと押す。しかし、彼女は気に止めず、そのまま話し始めた。


「あら、そうなのですね!大魔法使いの血が入っているからってことですかね?レダさん、大魔法使いだったのかぁ~。やっぱり、ただの占い師じゃなかったのね!!」


 カレンは人形を人のように動かす魔法や食べても減らない食糧庫を思い浮かべ、純粋に感動していた。


 三人はカレンの察しの悪さに顔を見合わせて笑う。


 カレンは何がおかしいのかサッパリ分からず首を捻ったのだが、最終的に“お仕事のことかしら?”と軽く受け流したのだった。


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